フェンシング・千田健太「太田雄貴のおかげで火が点いた」オリンピックの銀メダル獲得に至るまで

フェンシング・千田健太さん



荒川静香と高橋尚子がパーソナリティを務め、東京海上日動がお送りするTOKYO FMの番組「MY OLYMPIC」。かつての名選手から将来有望なオリンピック代表選手のタマゴまで、さまざまなアスリートの輝きをお届けしています。5月1日(金)、4日(月・祝)~8日(金)、11日(月)~15日(金)、18日(月)~22日(金)、25日(月)~29日(金)の放送では、フェンシング元日本代表の千田健太(ちだ・けんた)さんが登場しました。



◆太田雄貴は“雲の上の存在”
2012年ロンドンオリンピックのフェンシング男子フルーレ団体で銀メダルを獲得した千田さんが、フェンシングと出会ったのは13歳のとき。小中とサッカーに夢中だったものの、「自分より上手い選手がたくさんいたので、ちょっと将来難しそうだなと思って……いろいろ探していたら、近くにフェンシングの教室があるのを見つけて、軽い気持ちで始めた」と振り返ります。

もともと、フェンシングが盛んな宮城県気仙沼市出身だったことも運が味方し、「フェンシングを始めやすい環境に適していた」と千田さん。中学ではサッカー部に所属しながら、週に2回フェンシングの教室に通うように。そこで出会った指導者が、とてもユニークで面白い人だったことをきっかけに「どんどんフェンシングが好きになっていった」と言います。

もともとはサッカー少年だった千田さんは、足腰が強く、走るのが速かったため「構えたときに重心が低くてステップもけっこう速く動けた」そう。そんな自身の強みを「マイナースポーツに活かすことができた」と話します。

その後、気仙沼高校に進学し、フェンシング部に入部。「部員は、全部で5人くらいでそんなに強い学校ではなかったんですけど、監督や仲間に恵まれた。練習時間を増やして、どんどん強くなっていった」と振り返ります。

その努力が実を結び、高校2年のときに東北大会の個人で優勝。そして、高校3年のときに出場したインターハイでも順調に勝ち進み、個人の準決勝で立ちはだかったのは、太田雄貴さんでした。

当時、太田さんといえば高校1、2年とインターハイ2連覇中(本大会で、3連覇を達成)で、高校2年のときにすでに日本代表入りしていたほど。そんな彼との実力差は歴然で、「モンスター級の強さでした。惨敗でしたね(苦笑)」と話します。

個人では準決勝で敗れたものの、団体では決勝の舞台へ駒を進めます。しかし、またも千田さんの大きな壁となったのは、太田さん率いる平安高校。善戦しましたが、惜しくも敗れて準優勝となります。この悔しい結果に、当初、高校でフェンシングを辞めるつもりでいましたが、「最後の最後に負けてしまったこともあって、不完全燃焼の気持ちがぬぐい切れず、大学でもチャレンジしてみよう」と心境に変化が。

高校では雲の上の存在だった太田さんについて、千田さんはこう語ります。

「いま思うと、彼がいたおかげで火が点いて、どんどんレベルが上がってオリンピックに一緒にいけたというのは、やはり存在が大きかったのかなと思いますね」

◆努力で掴みとった日本代表&五輪出場
高校を卒業し、スポーツ推薦で中央大学に進学。気持ちも新たに「大学でフェンシングをやり切って終わろうと思っていたので、夢中になってやった。練習の虫となって毎日練習して、人の2倍はずっと剣を握っていた」と千田さん。そんな日々の積み重ねは、大学2年のときに関東の学生大会で優勝という結果をもたらします。以降、国際大会でも結果を残し始め、2006年春に日本代表入り。

当時のフェンシング日本代表は、2004年アテネオリンピックでメダル獲得ができず、2008年北京オリンピックでは、是が非でも“メダル獲得を!”と、公益社団法人日本フェンシング協会が大きな改革を打ち出したとき。

メダル獲得の可能性の高い種目である男女フルーレに集中して強化するべく、選手8人が招集され、2007年の春から“500日合宿”を実施。ウクライナから来日したオレグコーチによる指導のもと、「朝から晩まで、毎日練習しっぱなしでした……」と振り返ります。

オレグコーチは年齢的に若く、「コーチとしての実績をつけたいという野心むき出しで指導をしてもらった。練習方法と文化の違いもありますし、いろいろと意見をぶつけ合いながらやってきた」。

そして、多くの人の期待を背負い、一丸となって臨んだ2008年北京オリンピック。千田さんが出場する男子フルーレ個人の前日、同郷で9歳上の先輩、菅原智恵子さんが、女子フルーレ個人に出場し、日本人選手としては過去最高成績(当時)となる7位入賞を果たしました。

そんな、尊敬する先輩の戦う姿に、「すごくしびれました。菅原さんの気迫を肌で感じました」と触発されたそう。そして、自身はと言うと「前日の夜は緊張し過ぎて全然眠れなかったですね(苦笑)。4年間ずっと練習してきたことが、たった1日で全部決まってしまうので……本当に1時間寝たか寝ていないかくらい」と打ち明けます。

オリンピックの舞台ならではの緊張感に包まれるなかで迎えた試合当日。2回戦でぶつかったドイツの選手は「同い年で過去の対戦成績は2勝2敗だったんですよ。“いけるかな”と思っていたけど負けてしまって……すごく悔しかったのを覚えています」と胸中を明かします。

一方、同じ日本代表メンバーの太田さんは、男子フルーレ個人で銀メダルの快挙を成し遂げました。そんな彼の戦いぶりに、「苦手な選手を上手く攻略して勝っていく姿を間近で見て、2回目のオリンピックということで調子を合わせてきているし、対策もしてきているし、前回のアテネオリンピックで相当悔しい思いをしたんだろうなと感じました」と舌を巻きます。

初のオリンピックは2回戦敗退に終わり、「オリンピックで上位にいく選手って、やっぱりちゃんと準備してきているんですよね。オリンピックだけに目を向けて、しっかりと1発勝負の対策をしてきている。その準備が足りなかった……オリンピックで勝つことって、すごく大事なんだと感じましたね」と悔しさをにじませます。

◆北京大会での挫折がもたらした心境の変化
そんな大舞台を経験し、「“本気でメダルを目指さないと獲れない”と身をもって感じたので、“金メダルだけを目指して頑張ろう”と気持ちを切り替えた。自分自身の足りないところをどんどん補うように、体づくりから技術面、対戦する相手の分析も入念にやりました」と一念発起。

そして、4年後に迎えた2012年ロンドンオリンピックの男子フルーレ団体で、念願の銀メダルを獲得。選手一人ひとりの実力を高めたことはもちろん、マッチアップまで想定し、対戦相手の分析やシミュレーションを入念に重ねたことで、掴み取れたそう。

準々決勝で対戦した中国は、ロンドン大会の前年とさらにその前の年に、2年連続で世界チャンピオンとなっていた強敵。「その中国を倒すのも“難しいだろう”と言われていましたし、準決勝で対戦した世界ランキング3位のドイツも、全然勝てるような相手じゃなかった。上手く攻略できて、その2つに勝てたのはかなり大きかったです」と振り返っていました。

次回6月1日(月)の放送をradikoタイムフリーでチェック!

<番組概要>
番組名:MY OLYMPIC
放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国38局ネット
放送日時:TOKYO FMは毎週月~金曜6:55~7:00(JFN各局の放送時間は番組Webサイトでご確認ください)
パーソナリティ:荒川静香、高橋尚子
番組Webサイト:https://www.jfn.co.jp/myolympic/