新型コロナウイルスの感染者が世界でもっとも多い米国(2020年5月22日時点)。米食品医薬品局(FDA)は感染予防の対策の1つとして、需要急増で供給が追い付かないハンドサニタイザー(いわゆる手指の除菌用アルコール)の製造に対する一時的な規制緩和に関するガイドラインを2020年3月下旬に発表し、多くの人や企業がハンドサニタイザーの生産を行うことを可能とした。

自社消費分のハンドサニタイザーを社内で製造

こうした動きを受け、ハンドサニタイザーの供給が本当に必要な医療分野への流通を少しでも増やそうと、自社消費分のハンドサニタイザーを自前で用意しようという動きを見せる企業も出てきた。米国に本社を構える分析機器大手のアジレント・テクノロジーもそうした企業の1社だ。

米国に拠点を構える企業の多くが、従業員の大半を在宅勤務としており、アジレントの従業員も基本的には在宅勤務となっているが、分析機器などの製造を行う工場は在宅勤務で、という訳にはいかない。そのため、従業員の安全を第一に掲げる同社としては、そうした工場での分析機器の製造に携わる従業員の安全を確保するための対策として、検温や作業時・休憩時などのソーシャルディスタンスの実施といった取り組みとともに、ハンドサニタイザーの活用も感染予防の一環として進めていた。

規制が緩和された2020年3月末、4月頭の米国では、ハンドサニタイザーがまさに飛ぶように売れており、十分な在庫を維持できない小売店も多かった。そうした状況を踏まえ、同社は自分たちが供給がひっ迫しているハンドサニタイザーを入手してしまうことで、本当に必要としている医療現場に届かないこととなり、社会に迷惑をかける可能性があると判断。自社での使用分を社内で製造することを決定したという。

  • ハンドサニタイザー

    アジレントが自社の工場などで使用するために製造したハンドサニタイザー。ラベルの表記などはFDAの定めた基準に沿ったものとなっているという (提供:アジレント)

社内消費分の製造は欧州にも拡大

もともと化学を事業基盤としてきた会社であり、ハンドサニタイザーも作ろうと思えば技術的には可能な下地を有していた背景から、規制緩和がアナウンスされた直後より実現に向けた検討を開始。製造に際しての社内の安全確保が可能であること、実施できれば医療関係者への負担の軽減につながること、社内に製造に必要な化学に関するノウハウがあること、設備的にも製造に問題がないこと、などを確認したうえで、製造の実施を決定したという。

実際に同社の動きは素早く、3月下旬の規制緩和から1週間ほど後の4月2日にはカリフォルニアの工場にて最初のハンドサニタイザーが生産され、米国内の各工場への提供が開始されたという。

その後、欧州でも似たような動きが広がり、オランダの同社工場での製造を開始し、オランダのほか、ドイツ、フランスの同社工場に供給を進めているという。

製法についてはFDAが認めているものを使用しており、同社ではIPA(イソプロピルアルコール)をベースとした75%濃度のものを、要件を満たした梱包やラベリングなどを施して製造しているという。

  • ハンドサニタイザー

    別タイプのハンドサニタイザー。やはりラベルはFDAの定めた基準に沿ったものとなっているという (提供:アジレント)

品質担保に自社の分析機器を活用

また、ハンドサニタイザーの製造に際しての不純物など測定に自社のガスクロマトグラフを活用しているとのことで、求められる品質の担保も十分なものを実現したという。

ちなみに、日本では大規模な工場がないこと、大半の従業員が在宅勤務をしていること、ならびに法律の問題などがあることから、2020年5月22日時点でハンドサニタイザーを製造する予定はないという。また、この取り組みはあくまで社内の消費分を賄うためのものであり、製造されたハンドサニタイザーを外販する予定もないとしており、米国や欧州でも市場に十分な量のハンドサニタイザーが供給されるようになれば、自社での製造については取りやめる予定であるとしている。

日本におけるアルコール消毒液の入手状況はどうなる?

なお、経済産業省は5月22日付で、消毒等用アルコールの転売禁止を盛り込んだ「国民生活安定緊急措置法施行令の一部を改正する政令」を公布、2020年5月26日より施行することを発表した。また、消費者庁は5月19日付で、韓国から輸入された手指用洗浄ジェルに含まれているアルコール濃度が71%配合とされているにも関わらず、実際は大幅に下回る割合しか含まれていなかったとして、景品表示法に違反する行為があったことを発表している。国民生活安定緊急措置法施行令の改正に関する資料では緊急事態宣言の解除に伴い、営業を再開する店舗などにおいてアルコール消毒製品への需要が拡大していくとの見方が示されており、医薬品メーカーをはじめ各社が増産が継続して進めているものの、多くの人が容易に入手できる状況になるにはまだしばらくの時間がかかりそうである。