16気筒エンジン搭載マシンの奇跡│ニュルブルクリンク・サーキットとポルシェの歴史 第二弾

ニュルブルクリンクの北コース、ノルドシュライフェを抜きにサーキットの歴史を語ることはできない。神のように崇拝されながらも、時に「悪魔」とも呼ばれ、様々な顔で人々を翻弄してきた。1927年6月18日に開設された伝説のコースの歴史を振り返ろう。第二弾。

奇跡のレーシングカーの誕生
カルーセルコーナーに33度の勾配がつけられた。ドイツ・グランプリは、来るベルリンオリンピックの存在があったため、インドのホッケー選手団やルーマニアの馬術団をはじめとしたオリンピックの選手団なども訪れた。加えて、3万人の観光客がクルマでちょっとしたラリー気分がてら、そして23の特別列車でアイフェル地方へ向かったのだ。

最終的にレースには22万人の観客が集まった。レースはメルセデスとアウトウニオンが接戦を繰り広げ、アウトウニオン・タイプCが伝説を創り上げた。最後はベルント・ローゼマイヤーがチームドライバーのハンス・シュトゥックに勝利したのだった。この勝利もまた、フェルディナンド・ポルシェにとっての成功を意味していた。なぜならば、このレーシングカーフェルディナント・ポルシェが設計を担当し、最高出力520psを誇る16気筒エンジンを搭載していたためだ。最高速度は320km/hにまで達し、3つ目のグランプリ・レーシングカー(タイプ C)として進化を遂げている。後に、この奇跡のレーシングカーはモータースポーツのヒストリーにおいて30以上の世界記録を残すこととなる。


日付:1936年7月26日
勝者:ベルント・ローゼマイヤー
車輛:アウトウニオン・タイプ C
距離:22周(1周 22.810km)(北コース)
優勝マシーンの平均速度:131.65km/h