人が自ら「自由」を放棄してしまう可能性 今必要なこととは?

音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第20回は全体主義に向かう人々の心理をテーマに、産業カウンセラーの視点から考察する。

COVID-19(新型コロナウイルス)の感染拡大に伴い、日本でも緊急事態宣言が発令されました。それによって、これまでよりも一層、行動や生活に制限が生じます。感染拡大を少しでも食い止めるためには、そうした制限は致し方ないことでもあり、皆が協力すべきことも多いでしょう。その一方で、いかなることがあっても「個人の尊厳」が毀損されたり、「内面の自由」が制限されたりしてはならない、ということも忘れてはいけません。eastern youthに、まさに「ソンゲントジユウ」という曲がありますが、「生存の実感を誰かの手に委ねてはいけない」と、非常に力強いメッセージを感じます。



ところで、この「自由」については、実は難しい問題があります。エリック・ホッファーというアメリカの哲学者がいます。彼は一般的なイメージの哲学者とは違った経歴の持ち主で、とても面白い人なので、興味を持たれた方は調べてみることをおすすめしますが、その彼は様々な「大衆運動」(キリスト教、愛国主義、ナチス、共産主義etc)に人がなぜ身を投じるのか、ということについて分析をしました。そして彼は、大衆運動に参加する人々は「自分が自分であることに耐え切れなくなり、個人としての自分から逃走しようとする人である」と指摘したのです。以下は彼の著書『大衆運動』からの引用です。

~自由は、欲求不満を軽減する反面、少なくともそれと同程度に欲求不満をいっそう重くする。選択の自由は、失敗した場合の非難をことごとく個人に荷わせる。(中略)個人の責任から逃れるために、つまり熱烈な若いナチス党員の言葉でいえば、「自由から自由になるために」大衆運動に参加するのである。(中略)実は彼らは、責任から自由になるため、ナチ運動に参加したのではなかったろうか。(エリック・ホッファー『大衆運動』)

そして、集団に融合された個人は、自分も他人も「個の人間」としては考えなくなり「自分は○○人だ」「自分は○○教徒だ」と、所属集団を主張するようになるといいます。「個人の責任から逃れるため」という視点に注目です。現代の私たちも、やたらと「個人の責任」を重くさせられていることが増えているように思えます。

もうひとり、エーリッヒ・フロムという心理学者も、この「自由」についての問題を提起しています。彼は著書『自由からの逃走』の中で、ドイツ人がなぜ自由を棄てて、ナチズムに走ったのか考察しました。そこでの主張をごく簡単に説明してみます。

かつての封建制や絶対王政などから解放されて、近代人は自由を得ましたが、同時に旧来の束縛とともにあった一種の安定感が失われ、それによって孤独と無力感がつきまとうようにもなりました。そこから逃れるために、大衆は自由を棄てて、新しい束縛と権威へ逃避し、それに服従するようになります。当時のドイツ人は、同じような構図の中でマゾヒズム的に新しい服従先としてナチスを求め、サディズム的にユダヤ人などを標的にすることで安定を求めたのです。また、自由には「〜からの自由」と「〜への自由」があり、前者は何かの束縛、あるいは絆からの自由とも言えますが、それは前述したように、新しい束縛と服従につながることがあり、後者のような自発的・積極的・創造的な自由が重要になります。

個人の責任が大きくなり、孤立していくことで、人は自ら「自由」を放棄してしまう可能性があります。それはときに、ナチスに代表されるような恐ろしい社会にまで発展してしまいます。現在の状況でも、似通っているところがあるかもしれません。緊急事態宣言が発令された今だからこそ、社会として個人の責任の増大と孤立化を避けることが大切です。また、先述のホッファーは次のようにも言っています。

「驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。自分自身にすることを他人に対して行う。われわれは自分自身を憎むとき、他人も憎む。自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである」

「自分を犠牲にするとき、他人を犠牲にしがち」というのは、とても鋭い指摘だと思います。私たちは、このような状況だからこそ、できるだけ自分自身を犠牲にすることがないように、ときには声を上げていくことも必要なのだと思います。


<書籍情報>


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
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