恐怖による子どものコントロール 社会でのサポートが求められる体罰防止

音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第19回は体罰をテーマに、産業カウンセラーの視点から考察する

The Smithsに「The Headmaster Ritual」という曲がありますが、そこでは旧態依然とした学校や教師の姿勢・体罰が徹頭徹尾、痛烈に批判されていて"家に帰りたい、こんなところにいたくない"と歌われています。日本では、学校教育法第11条に体罰の禁止が明示されていて、2020年4月からは改正児童虐待防止法が施行されます。それには家庭内の親による体罰禁止も盛り込まれています。



2018年、カナダの研究者たちが「88カ国の調査を踏まえた体罰禁止と若者の暴力の関係」という論文を発表しました。これは、経済的に所得の低い国から高い国まで、11歳から25歳の若者約40万人を対象に行なわれた調査です。そして「家庭と学校の両方で体罰を禁じる法律がある」「学校で体罰を禁じる法律がある」「体罰を禁じる法律がない」の3つに分け、過去12ヶ月間に暴力を振るったことがあるかを調べました。すると、法律があればあるほど暴力が減っていくこと、そしてそれは国の経済力とは関係がなく、国が貧しくても体罰を禁じている国は暴力性が低く、豊かな国でも体罰を容認している国では暴力性が高い傾向があるということがわかったのです。ちなみに、特に男性の暴力が少なかったのは1位カンボジア、2位ミャンマー、3位マラウイ、女性では1位コスタリカ、2位タジキスタン、3位中国、という結果でした。この調査には日本が含まれていないのですが、法律によって体罰を禁止することには暴力性を抑える効果があるようです。

また、16万927名の子どもたちの、過去50年間の75の研究を使用したメタ分析では、お尻を叩くという軽い体罰も、「低い規範の内面化」「攻撃性」「反社会的行動」「外在化問題行動」「内在化問題行動」「心の健康問題」「否定的な親子関係」「認知能力障害」「低い自己肯定感」「親からの身体的虐待のリスク」「大人になってからの反社会的行動」「大人になってからの心の健康問題」「大人になってからの叩くことへの肯定的な態度」という有害な結果と関連することが明らかにされました。

これらだけでなく、体罰が、子どもや大人、そして社会にとって有害であるという科学的な証拠はかなりの数存在し、250以上の研究で関連性が論証されています。一方で、 体罰のメリットを立証している研究はありません。厚生労働省が作成した「愛の鞭ゼロ作戦」というリーフレットでは「一見体罰や暴言には効果があるように見えますが、恐怖により子どもをコントロールしているだけ」と断言し、厳しい体罰によって脳の前頭前野(社会生活に極めて重要な部位)が減少し、言葉の暴力によって聴覚野が変形してしまうと警告しています。

しかし「しつけ・教育のためには体罰は必要だ」と考える人はまだまだ多いようです。そのような人の多くは、自分たちも親等から体罰を受けた経験がある、「虐待の世代間連鎖」に陥っている、体罰は一種の洗脳である、と精神科医の本田秀夫氏は指摘しています。体罰を繰り返し受けて育った子どもは、大人になって「自分がここまで成長できたのは体罰のおかげだ」と信じ込んでしまうことがあり、それを否定されると、自分だけがつらい仕打ちを受けた現実に直面しなければならなくなるため、そうした後ろめたい感情を押し殺して正当化してしまうのです。また、体罰を行なってしまう側に、そうした認識の問題だけでなく、環境的にストレスを抱えやすくなっていることが原因の場合もあり、体罰の防止には社会全体でのサポートが必要でもあります。

体罰と音楽が関連した話としては、2014年に映画『セッション』が公開された際や、2017年のジャズトランぺッターの日野皓正氏のビンタ騒動などの際に、様々な意見が交わされたのも記憶に新しいところです。ここでも多くの「体罰肯定論」がありました。しかし、「暴力はだめだ。が、しかし~」と逆説の接続詞をつけて語ってはならないと私は思います。それは「戦争はだめだ、が、しかし~」「人種差別はだめだ。が、しかし~」「いじめはだめだ、が、しかし〜」でも同じだと思います。特に音楽は、以前この連載でも取り上げましたが、公民権運動のときのように「それまで公然と行なわれていた間違った常識」に対してNoと言ってきた歴史もあります。その反対に、単なる現状肯定や過去に培われた固定観念に固執することは、文化の衰退に繋がってしまうのではないでしょうか? 現実的にどう対処するかを考えることは当然大切なことですが、「体罰=暴力には意味がない」と気付いた以上、「が、しかし~」ではなく「暴力はだめだ。だから、どうすればいいのか?」と問うことからはじめるべきです。世界で最初に体罰禁止を法定化したスウェーデンでも、長い時間をかけて、社会全体で認識を共有し、体罰によらない育児・教育を推進してきました。私たちも、この4月の法の施行をきっかけにして、一歩ずつ前進していければと思います。



【参照】
・「体罰禁止」に眉を顰める日本人が知らないこと〜世界88カ国の調査でわかった事実PRESIDENT Online2019/12/23
 https://president.jp/articles/-/31482

・子どもすこやかサポートネット
 肯定的な子育て・教育・支援の効果についての科学的根拠(エビデンス)
https://www.kodomosukoyaka.net/pdf/201709-evidence.pdf#page=3

・ ドクター本田のにじいろ子育て
・ <144>不要な体罰はらむ危険 2019年6月26日 山梨日日新聞電子版
 https://www.sannichi.co.jp/article/2019/06/26/00354974

・愛の鞭ゼロ作戦 厚生労働省
http://sukoyaka21.jp/ainomuchizero


<書籍情報>


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/