【読めたら立派な埼玉県人】読めそうで読めない埼玉県内の難読地名

国内旅行をすると、なかなか読めない地名に出合うことがありますよね。

東京からのアクセス抜群な埼玉は、快晴日数・日本一で、青空が美しく自然豊かなエリアです。

江戸時代の面影が残る小江戸・川越や、パワースポットとして知られる三峰神社、絵本「ムーミン」をテーマにした「ムーミンバレーパーク」、秩父市街地を一望できる羊山公園の「芝桜の丘」など、観光スポットやレジャー施設が多くあります。

そんな埼玉は、都道府県で最も「市」が多いというのをご存じでしょうか。数多くある市の名称の中には、難読地名もいくつかあるんです。

難読地名の読み方とともに、そのエリアの特徴についてご紹介していく当連載。今回は、埼玉にある3つの難読地名をピックアップしました。皆さんは一体いくつ読めますか。

幸手市

幸手市は、関東平野のほぼ中央、埼玉県北東部に位置しています。市の東部は千葉県野田市、北部は茨城県五霞町と接しています。

↓その答えは??

読み「さってし」

日光御成街道と日光街道(奥州街道)の合流点に位置し、宿場町として栄えてきました。市内には、徳川将軍が日光東照宮へ墓参する際に立ち寄ったとされる聖福寺や明治天皇が行幸した際に宿泊した行在所跡など歴史ある史跡が残っています。

幸手の地名は、この地に日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征に際し「薩手が島」に上陸、田宮の雷電神社に農神を祀ったと言い伝えられ、その薩手(さって)に由来しているといわれています。

幸手市といえば、埼玉の県営公園でもある幸手権現堂堤が観光スポットとして人気です。初春の水仙にはじまり、桜に菜の花、初夏の紫陽花や秋の曼珠沙華など四季折々の花を楽しむことができます。
とりわけ1,000本ものソメイヨシノが咲き誇る淡いピンクのトンネルと菜の花の黄色い絨毯の景観は、ため息の出るような美しさ。桜まつりの期間中は、約100店舗もの露店や様々なイベントを楽しむことができるので、多くの花見客で賑わっています。

行田市

埼玉県北部に位置する行田市は、利根川と荒川の恵みを受け、自然災害の少ない、気候に恵まれた住みやすい地域です。

↓その答えは??

読み「ぎょうだし」

行田市大字埼玉(さきたま)は、『万葉集』に「さきたまの津」という記述があり、『風土記』にも「武蔵国埼玉郡」とあるように、「埼玉県」の発祥の地として知られています。

行田市の歴史を繙くと、室町時代に豪族・成田顕泰氏を中心とする武士団の本拠地として「忍城(おしじょう)」が築城され、勢力を拡大しました。忍城は「関東七名城」のひとつで、難攻不落の城として有名でした。戦国時代、豊臣秀吉と小田原北条氏の戦い(小田原の役)で石田三成らによる水攻めを受けますが、耐え抜いた逸話から「浮き城」と称されます。

その後、徳川家康の持ち城になり、以後、松平氏~阿部氏が城主となって忍藩10万石の城下町として栄えました。

下級武士の内職として足袋の生産がはじまり、一大産地にまで発展。今では「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」として日本遺産に認定され、行田足袋は「経済産業大臣指定伝統的工芸品」に指定されています。

そんな歴史ある行田市は、子育て支援も充実。東京都心部まで電車で約60分圏内、さいたま市まで約30分圏内にあり、現在では通勤・通学にも便利な街となっています。

朝霞市

埼玉県南部に位置する朝霞市は、武蔵野の面影が残った地域です。

↓その答えは??

読み「あさかし」

江戸時代には、「膝折宿」という川越街道の宿場町として栄えました。現在は、JR武蔵野線と東武東上線の2つの路線が通っており、都心へのアクセスも便利です。

市内を流れる黒目川は、桜の名所としても知られ、2011年に「土木学会デザイン賞」の優秀賞を受賞しました。

東京五輪では、埼玉県にてオリンピック4競技(バスケットボール、サッカー、ゴルフ、射撃)、パラリンピック1競技(射撃)の実施が決定しています。そのうち、朝霞市にある陸上自衛隊朝霞訓練場が射撃競技会場となっています。

地名の由来は、膝折村の町制施行にあたって、当時、東京府世田谷区駒沢にあった東京ゴルフ倶楽部の移転を機に、ゴルフ俱楽部の名誉会長で皇族であった朝香宮鳩彦王にちなんで「朝霞町」と改名されました(「朝香」という宮号をそのまま使用するのは畏れ多いため、一字変えて「朝霞」に)。

現在、40もの市が存在する埼玉県。ほかにもどんな市があるのかチェックしてみるのも面白いですよ。

それでは次回の難読地名コラムもどうぞお楽しみに!

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執筆者:諸戸 佑美