グライムスが明かす、自身の素顔と超越したヴィジョン「カオスこそが私のブランド」

「GRIMES Live From the Future」と名付けられた、米ローリングストーン初となるデジタル版カバーストーリーを完全翻訳。先頃リリースされた『Miss Anthropocene』でも話題を集めた彼女が、生い立ちやカルチャーへの好奇心、イーロン・マスクとの交際、ミュージシャンを超越した将来像などを語った約15000字の超ロングインタビュー。

木曜の午後1時45分、起きたばかりのクレア・バウチャーは寝覚めの悪さを感じていた。妊娠26週目に入り、黒のマーベル・コミックのTシャツに覆われたお腹は大きく膨らんでいる。昨夜彼女は、お腹の中の赤ちゃんが逆子の状態であり、「肝臓に足が触れるのをはっきりと感じた」という。

現在31歳のバウチャーは、20歳の時に思いつきでグライムスと名乗り始めた。パフォーマンスのみならず、作曲からエンジニアリングまでを自身で手がける彼女は2010年以来、今世紀屈指の近未来的でカテゴライズ不可能なインディーポップを生み出し続けている。彼女は最近、オフステージでは「c」と名乗っている。古い友人たちには馴染み深いその愛称を使い始めた理由は、クレアという名前をもともとあまり気に入っていなかったこと、それが光速を示す記号であること、響きがSFのスーパーヒーローっぽいこと、そして何よりただ気が向いたからだという。彼女はレッテルに対して人一倍敏感だ。「歌手って言われるのが嫌いなの」彼女はそう話す。「すごく不十分な感じがするから」

この投稿をInstagramで見る Rolling Stone(@rollingstone)がシェアした投稿 - 2020年 3月月5日午前5時06分PST グライムス 2020年2月12日、カリフォルニア州ロサンゼルスで撮影
Photographed and directed by Charlotte Rutherford for Rolling Stone. Produced by Luke Miley at LMC Worldwide. Set design by Natalie Falt at Lalaland Artists. Tailoring by Kimberly Mackin. Hair by Chanel Croker for DNS. Makeup by Natasha Severino at Forward Artists. Nails by Vanessa McCullough. Styling by Brett Alan Nelson for The Only Agency. Dress by Balmain. Crown by Chris Habana. Shoes by Puppets & Puppets. Bracelet and ring by Lynn Ban.(Photo by Charlotte Rutherford)

典型的な夜型人間である彼女は、毎日ディナーの時間くらいまではダラダラと過ごし、朝9時頃に就寝して夕方5時頃に起きるパターンが多いという。「妊娠が発覚した時、まともな時間帯に寝る習慣をつけようと努力したんだけど、逆にすごく調子が悪くなっちゃったの」彼女はそう話す。毎日の運動や、医師から推奨された栄養食シリアルの摂取など、彼女はできるだけ健康的な生活を送ろうと努力しているが、夜型の生活習慣は維持しており、母親になってそれが変わってしまわないことを願っているという。「私の子供もきっと夜型人間になるわ」彼女はそう話す。「現時点でそうだもの! 日中はじっとしてて、夜になると動き出すの」

子供が生まれれば嫌が応にも朝方の生活を強いられることを指摘すると、彼女は呻くようなため息をついた。「もうなるがままよ」彼女は自分を励ますようにそう言った。「私は人生とキャリアを棒に振ろうとしてるのかもね!」彼女は大声で笑った。

「裕福な家庭における問題児」のようなLAでの暮らし

彼女は現在、ロサンゼルスにある有名ホテル系列の煌びやかなキッチンを備えたゲストハウスにいる。周辺に立ち並ぶその建物すべてを所有するのは、彼女と2年にわたって交際を続けているテスラの創設者イーロン・マスクだ。彼女はお腹の子供の父親が彼であることを認めている。2人は現在、その家からは見えないが近くにあるという別のゲストハウスで同棲している。マーベルのTシャツの下に着たペイズリー柄のタートルネックの袖からタトゥーをのぞかせている彼女が、裕福な家庭における問題児のようにどこか浮いてしまっていることは否定できない。

首元には2つのシルバーのネックレスが光っている。片方にはコンセントのミニチュアが、もう片方にはシガレットホルダーの模型がぶら下がっている。「タバコは吸わないの」彼女はそう話す。「でも妊婦がシガレットホルダーのアクセを身につけるっていうのが、何だか挑発的な行為に思えるの」。スウェットパンツを履いている彼女は、単に無駄だからという理由で妊婦用の服は買わないことにしている。柔らかいデニム生地でできている足元のブーツは、自分をタトゥイーンの住人のように見せてくれるところが気に入っているという。

彼女はウォークインクローゼット内に作っていた、iMacと数点の楽器だけという極めてコンパクトなスタジオの移動を終えたばかりだった。先日リリースされた5枚目のアルバム『Miss Anthropocene』の大半を作ったその小さなスタジオは、当時彼女が妊娠初期のつわりに悩まされていたことを理由に、あえてベッドの近くに設けられていた。筆者の訪問をいい機会だと捉えた彼女は、昨夜全ての機材を上階の寝室に移動させた。



艶のある濃い木目の階段を上り、彼女は紅茶の入ったカップを手に取った。ベッド上のターガリエン家のブランケット(『ゲーム・オブ・スローンズ』のファイナルシーズンについて彼女は独自の見解を持っているが、世間の評価についてはアンフェアだと感じているという)など、その寝室は彼女らしさに満ちている。コーンのシグネチャーモデルの7弦ギター(彼女はニューメタルに目がない)や、『Miss Anthropocene』のハイライト「Idoru」で使われているデジタルのメロトロン、そしてGoogleが製作した実験的AIシンセだという真四角の金属の物体など、壁際には様々な楽器が設置されている。安物の折りたたみ机の上に置かれたコンピューターの両脇には、レディ・ガガとの仕事で知られるプロデューサーBloodPopと最近物々交換したハイエンドのスピーカーがある。

その向かいにある窓からは、風に揺れる木々や広大なゴルフコース、そしてその向こうに広がるロサンゼルスの街並みという、まさに10億ドルの眺めというべき景色が広がっている。差し込む太陽の光に目を細め、クローゼットとは雲泥の差の豪華な部屋を見渡しながら、彼女は肩をすくめてこう言った。「世間ではこういうのを恵まれてるっていうんだろうね」

変幻自在な音楽のインスピレーション源

cと名乗る彼女は、地球上で最もオンラインでの生息に適した生物のひとつだ。早口であまり言葉を区切らない彼女の話し方は、まるで2倍速のポッドキャストのようだ。キーの高い快活な笑い声を上げる時も、その傾向は変わらない。彼女はかつて興奮剤を常用していたというが、当時の彼女の会話ペースを想像すると空恐ろしくなる(彼女が舌足らず気味であることは事実だが、彼女はそれを利点へと昇華させている。歌う際にシビランスが発生しないため、マイクへのダメージを抑えることができる)。

人工知能がアート(および人間社会におけるあらゆる物事)を手がけるようになるという未来像は、彼女の胸を高鳴らせる。シンセサイザーはもちろんのこと、ヴァーチャルリアリティからヘアカラーまで、彼女は人工的なもの全般に強い関心を持っている。現在の彼女の髪は根元が黒く、毛先に向かうにつれてブロンドへと変化していき、トップはピンク、ポニーテールはオレンジに染まっている。さらに彼女は、理解しがたいことだが、Uberのドライバーたちが好みそうな化学物質たっぷりの芳香剤の香りが好きだという。アコースティックギターの音色が印象的な「Delete Forever」(異形のカントリーというべき雰囲気は、2015年作「California」に通じるところがある)はアルバム中最もオーガニックな曲だと思われがちだが、実はそうではない。「笑っちゃうんだけど、実はあれってサンプル集に入ってたやつを切り貼りして作ってるのよね」。それはもはやリアルを超えたフェイクだ。

アニメやボリウッド、古いスーパーヒーローもののコミックまで、多様なカルチャーを貪欲に飲み込んでいく彼女は、まるでアート制作に特化したAIだ。彼女との会話は、『ポートランディア』のスケッチ「Did you read it?」のようになることもある。「Lady Leshurrって知ってる? 『Culture』シリーズは読んでる? 『スタートレック:ディスカバリー』のクリンゴン人のレイプのくだりには興奮しなかった? Max Tegmarkの『Life 3.0.』っていう本の冒頭は読んだ方がいいよ」。彼女は人から何かを勧めてもらうのも好きで、ダンカン・ジョーンズについて筆者と議論した後、『月に囚われた男』と『ミッション:8ミニッツ』を映画とテレビ番組のウォッチリストに加えていた。


Photographed and directed by Charlotte Rutherford for Rolling Stone. Dress by Iris Van Herpen. Jewelry by Lynn Ban.

超現実的であったり攻撃的だったり、時には蛍光色のハイパーポップであったりと、変幻自在な彼女の音楽のインスピレーション源は多様そのものだ。トゥール、スマッシング・パンプキンズ、ナイン・インチ・ネイルズ等のロックバンドから、イギリスのエレクトロニックミュージック界の奇才ブリアルやコクトー・ツインズ、果てはマライア・キャリーまで、時代もジャンルもまさにごった煮だ(当日は触れなかったものの、弟のマック・バウチャーに勧められてマリリン・マンソンにハマった時期もあったという)。昨年彼女がストリーミングサービスで最も頻繁に聴いたアーティストは、Doja Catとシンセの魔術師ヴァンゲリスだったという。彼女の体には数多くのタトゥーが刻まれているが、「Beautiful」という言葉はリンダ・ペリーが手がけたクリスティーナ・アギレラの曲へのトリビュートだ。また彼女は、テイラー・スウィフトの作品に関する知識について絶対の自信を持っている。cは見過ごされがちなスマッシング・パンプキンズのシンセポップアルバム『Adore』が大好きであり、以前は自分のことを「隠れロッカー」とみなしていた。彼女はビリー・コーガンの人柄にとても惹かれるという。「彼って支離滅裂だよね」彼女はそう話す。「私と一緒」

「インターネットの申し子」が向き合う批判

中学に上がった頃から、インターネットは彼女の友になった。今では罪悪感を覚えているが、ネット上で嫌いな教師を中傷したこともあったという。2000年代初頭には様々な音楽ブログがもてはやされていたが、グライムスはその恩恵を受けた最後の世代のアーティストの1人だ。彼女の初期の作品を取り上げたのは、Gorilla vs. BearとCokemachineglowだった。後に彼女は自身のTumblrで、各メディアやWikipediaに掲載された内容の誤りを徹底的に正すようになった。当時はどうかしていたと認めつつ、彼女は笑ってこう言った。「ちょっとナイーブ過ぎた」

自身のアンビバレントなAIへの思い入れとは対照的に、ストリーミングプラットフォームのおすすめ曲選出アルゴリズムは、彼女の曲をどう扱うべきか分かっていない。だがそれは人間も同じのようだ。「私の曲の大半はプレイリストに適さないから」彼女はそう話す。「それって大いに問題よね。ロックでもないしポップでもない、カテゴライズ不可能ってことだから」。彼女が好む長尺でドラマチックなイントロも障害となっている。「冒頭の40秒間に歌が入らなかったら、その曲は飛ばされちゃうの」。彼女は次のプロジェクトで、趣向の異なる2つの作品を同時に発表することを検討している。ひとつは『Miss Anthropocene』における数少ないコラボレーション作のひとつである「Violence」のような盛り上がる曲で統一したもの、もうひとつは彼女が他のヴォーカリストたちに提供した曲を集めたものにしたいという。


Photographed and directed by Charlotte Rutherford for Rolling Stone

彼女がツイートしたRokos Basilisk(残虐な人工知能についての思考実験)に絡んだ極めて具体的で聡明なジョークに感銘を受け、イーロン・マスクがメッセージを送ったことが2人の交際のきっかけだという通説は事実だという。彼との交際が自身のイメージにどれほどの影響をもたらすかについて、彼女はまったく予想できていなかった。その特異なキャラクターにも支えられたサブカル界隈での人気とは裏腹に、メジャーなラジオ局で流れるヒット曲を持たない彼女にとって、グライムスの曲を聴いたことがない一般層の人々からの反響は特に思いがけないものだったという。当時彼女は、パフォーマンスと制作だけでなくエンジニアリングまでを自らこなすという事実を認めようとしない、世間の性差別的意見を無視するだけの余裕を身につけたばかりであり、その状態に満足感を覚えていた。

「まるで信じてもらえないんだけど」そう前置きして彼女は続ける。「世間が大騒ぎするなんて、私は考えもしなかったの。腹を立ててるわけじゃなくて、そんな大事だなんて思ってなかったってこと。彼との交際に関する今年の報道だけで、私がこれまで積み上げてきたもののイメージは一変したと思う」

インターネットの世界は向き合えば向き合うほど、その実態がぼやけていく。マスクとの交際が報じられた直後から、ネット上の一部のファンは嫌悪感を露わにし、あるユーザーは「今すぐイーロンと別れろ」とツイートした。「以前の私は超が付くほどの左派だった」cはそう話す。「今でもある意味そうだけど、それが彼のイメージとあまりにかけ離れ過ぎてた。世間の怒りの根源はそれだと思う」共和党(および民主党)に巨額の政治資金を寄付しているテック業界の億万長者との交際について、世間から偽善行為だと見なされることはもはや必然だった。

彼女は心の底から、マスクが正しいことをしていると信じている。また彼女は、次期大統領にバーニー・サンダースが選出されることを望んでいる。「今はすごく不安定な時代だと思う」彼女はそう話す。「何が正しくて何が間違ってるかをはっきりさせることで、世間の人々は安心を得てる。社会は変化を起こすための大きな争いの最中にあって、人々は自分が正しいと思う側につかないといけない。そういう中で、微妙なラインっていうのが受け入れられにくいことは理解できるの」

「私は自分のイメージを一貫させることが苦手なの」

自身が経験したことをエゴの死と呼ぶ彼女は、世間からの批判に心を乱されることはなくなったという。「予定が4つか5つキャンセルされたわ」彼女はそう話す。「辛いときもあるけど、だからこそより楽しめるっていうのも事実なの。私は『期待に応える』っていうことにすごく執着していたけど、他人を失望させることに解放感さえ感じたの」彼女はそう言って、いつも以上にハイトーンな笑い声を上げた。「今の自分ならもっと超越したアートが作れる、そう感じてるの」

彼女に対する批判の波はほぼ収まったようだが、『Miss Anthropocene』へのポジティブな反響がその一因であることは間違いない。またファンですら気付いていないような、独特のユーモアのセンスも無関係ではないはずだ。「世間は私がすごくシリアスだと信じてる」彼女はそう話す。「どうしてだか分かんないんだけど」。大きなヒントは新作の曲群のタイトルだ。アルバムは気候変動やオピオイドなど、現代社会を蝕む病を司る神々という仰々しいコンセプトに基づいている一方で、同作にはジャック・カービーの『New Gods』へのオマージュがいくつか見られる。「Darkseid」はダークだが、実はそのタイトルは両眼から死の光線を放つ悪役の名前だ。(「私のアートはジャック・カービーに大きく影響されてる」音楽を作り始める前はヴィジュアルアーティストだったcはそう話す。「彼のヘヴィな明暗法と黒のライン、それにあの独特で奇妙なドットパターンが大好きなの」)



去年の7月後半、彼女はInstagramでいかにも馬鹿げたウェルネスルーティンを公開した。アディダスとスポンサーシップ契約を結んだ後、彼女は同社のトレーニング習慣に関するQ&Aに対し、「窮乏タンクの中で2〜4時間過ごす」、赤外線サウナでもあるスタジオでの作業、そしてとりわけ突拍子もない「眼球の表面のフィルムを剥がし、オレンジ色の超柔軟ポリマーと交換する手術を受ける」など、フェイクの回答をInstagramに投稿した。その投稿は様々なメディアで取り上げられたが(「イーロン・マスクの彼女グライムス、突飛な眼球手術について明かす!」)、その多くは彼女の投稿を真に受けているように思われた。

実はそのマニフェストの文面を書いたのは、彼女のクリエイティブパートナーとして作品のヴィジュアル面(音楽にはノータッチ)に大きく寄与している弟のマックだ。「私がその手術を考案したことになっちゃってるの!」そう話す彼女は笑いを止められない。「今の世間はこんなにもあっさりと騙されちゃうんだなって。何が本当なのか誰も分かってないの」そのいたずらを特に愉快に思った理由について、彼女はこう話す。「だって明らかにジョークなのに、それが私のネガティブなイメージと結びつけられちゃうんだもの」

彼女はこう付け加えた。「私は自分のイメージを一貫させることが苦手なの。っていうか、カオスこそが私のブランドなのかも」

グライムスを名乗るまで「鉄砲玉みたいな子供だった」

彼女はどのような道のりを歩んできたのだろうか? バンクーバーで暮らす政府弁護人の母親と会計士から起業家へと転身した父親の間に生まれた彼女は、幼い頃から2人の兄弟(後に2人の腹違いの兄弟が加わる)にライバル心をむき出しにしていたという。「2人をやっつけたいっていう思いが募って、ポケモンのビデオゲームの達人になったの」彼女はそう話す。「陸上をやってたのも、2人より早く走れるようになりたかったから」

宇宙空間やSF的ファンタジーへの傾倒は、彼女とマックがまだ5〜6歳の頃に『デューン 砂の惑星』や『ロード・オブ・ザ・リング』を読み聞かせていた父親の影響が大きいという。一方でDIY精神や冒険心、そしてエキセントリックな一面は、子供の頃に家出して貨物列車に飛び乗って以来森で暮らしていたという祖父譲りだ。大学生の頃に彼女が祖父を訪ねた時、彼はホームレスたちを雇って家をリフォームしていた。夜中に彼女が襲われないように、彼はある策を講じた。「ピストルを渡されて、貨物コンテナに閉じ込められたの」彼女はそう話す(マックはコンテナではなく小屋だったと主張しているが、それ以外は事実だと話している)。

幼少期に通ったミッションスクールの居心地は決して良くなかったが、彼女が本当に辛い思いをしたのは10代の頃だった。「笑えるんだけど、私はものすごーく鬱だった」彼女はそう話す。「今思えば、鉄砲玉みたいな子供だった。理由はわからないけど。体のあちこちに傷をつけてたんだけど、それは悲しかったからじゃなくて、体にいい感じの傷跡を残すことが好きだったの。狂ってるわよね。お腹の子供も自分と同じくらいクレイジーになるんじゃないかって思うと、正直不安で仕方ないの。だって私、自分が不死だと思ってるのよ。ライトを点けずに高速道路を爆走したりするし。『あー気持ちいい』なんて言いながらね」

両親は彼女が12歳くらいの頃に離婚したが、cは自分の性格がその出来事に影響されているとは考えていない。真夜中に2階にあった寝室の窓から抜け出し、地上に向かって飛び降りたりしていたことについて彼女は、いたずらというよりもスリルを欲していたと話す。1歳6ヶ月年下の弟マックはまだ10歳に満たなかった頃、クレアとその友達のゴスなスタイルにショックを受けたという。「髪を染めてピアスを開けて、Sharpieで絵やら文字やらを書いた手作りのトレンチコートを着てた。母さんは彼女たちのためにクッキーを焼いてたよ」

しかしその後経験した辛い時期のことを、彼女は映画『サーティーン あの頃欲しかった愛のこと』になぞらえる。「とにかくトラブルが絶えなかった」cはそう話す。「絶望的でトラウマになるような出来事もあった。当時親しかった友達の中には、もうこの世にいない人もたくさんいるの」法を犯したということは認めつつも、彼女は詳細については語ろうとしない。その理由として彼女は、両親にショックを与えたくないこと、申請中のアメリカ永住権の取得に影響する可能性があること、そしてボーイフレンドのイメージを悪化させたくないことを挙げた。「人を殺したことはないわ」彼女は真顔でそう語った。


Photographed and directed by Charlotte Rutherford for Rolling Stone. Dress by Iris Van Her Pen. Jewelry by Lynn Ban.

道を外れかかった彼女だったが、その後モントリオールにある名門大学マギル大学に入学する(「別にそんなに難しいことじゃなかった」彼女は肩をすくめてそう話した)。選択した音響心理学の一貫で、彼女は音楽制作ソフトLogicの使い方を学んだ。当時の彼女の音楽的バックグラウンドといえば、9歳の頃に散々な思いをしながら1年間続けたバイオリンのレッスンくらいだった。しかし同ソフトの使い方を覚えた彼女は、アニマル・コレクティブのループの使い方を耳にした時に、頭の中で何かがはじけるのを感じたという。帰宅するやいなや、彼女は断片的だった曲のアイディアの数々を繋いでいった。そうこうするうちに、彼女はグライムスと名乗るようになる。それ以降世に送り出してきた楽曲の洗練ぶりからは考えにくいことだが、彼女は今でも音楽理論の基本さえ理解しておらず、魅力的なエフェクト音と折り重なる楽器類も、自分ではほとんど弾けないという。

「ギターを毎日練習したりしたくないの」彼女はそう話す。「すごく時間を取られちゃうし、あまりクリエイティブなことだとは思えないから」。音楽制作ソフトの使い方を覚え、一音ずつ録ったギターやバイオリンのサウンドを切り貼りする技術を身につける方がずっと有意義だと、彼女は自信に満ちた口調で話す。「私は今後さらに進化して、用途が拡大していくスキルを学びたいの」

プロデューサーとしての制作風景

翌日の午後、ロサンゼルスの逆側にある別の家に滞在していたcは、キッチンのカウンターに腰掛けて足を組み、タトゥーの入った左手で膨らんだお腹に触れている。昨日と同じスウェットパンツを履いている彼女は、ひだのついた紫のトップスについて「中世のスラッシュ系サイバーヴァイブス」と形容する。ブロンドウッドで統一された床や壁、たっぷりと差し込む太陽の光、様々な本(『The Art of Overwatch』 『Something Deeply Hidden: Quantum Worlds and the Emergence of Spacetime』 『Modern Poker Theory』、Thomas Piketty著『Capital』等)に彩られたこの家は彼女の創作活動の拠点であり、アルバムのクレジットにはMedia Empire HQと記されている。リビングにあるテーブルの下には酷使に耐えうるゲーム用コンピューターの数々が並んでおり、紫色の光と不快な熱を放ちながら、「Delete Forever」のミュージックビデオに使われるコンピューターアニメーションを1分1フレームのペースでレンダリングしている。その映像では宇宙空間をバックに、ある惑星の女王に扮した彼女が玉座に腰掛けている(その玉座が80年代に一世を風靡したアニメ/漫画『AKIRA』へのオマージュであることは明らかだ)。



姉に負けず劣らず知的かつおしゃべりであり、ハンサムでSoylentとスポーツをこよなく愛すマックは、「Delete Forever」のMVを含め、グライムスの作品におけるテクニカル面を支える友人のNeil Hansenと並んで座り、コンピュータのディスプレイを見つめている。「世界が炎に包まれる中で、cが宮殿で宝石を数えるっていうのが当初のコンセプトだった」姉のピンク色のギターの隣にある回転椅子に座り、バスケットボールを弄んでいるマックはそう話す。彼らは妖精たちが死滅するシーンの追加を検討しつつも結局見送ったが、それは決してMVの平均視聴時間が12秒であるというデータが理由ではない。宇宙の玉座についた彼女が世界の終わりを見届けるという、cの人生観を部分的に反映しているシナリオを描いたロングショットに限定する、それが彼らの出した結論だった。

妊婦向けのスナック菓子を探してキッチンの棚をひっかきまわした後、彼女はアニメーションの進行具合をチェックした。「これマジでイイよね」彼女は玉座の背後に広がる天体を見つめながらそう言った。「月がすごくクール。でもひとつ余分かな?」

部屋の逆側にあるソファの上に身を投げ出すと、彼女はラップトップを手にし、アルバムの最後を飾るバラード「Idoru」のリリックビデオの編集作業を始めた。スタジオの端には、ウィリアム・ギブスンによる同名の小説が置いてある。友人に改めて勧められて同書を読破した彼女は、「I Adore You」というシンプルなタイトルが付けられていた同曲の曲名を変更した。(数週間後、そのタイトルの所以を知ったファンたちの間で同書が広まり始めると、あるユーザーはその本がギブスンの娘であるClaireに捧げられたものであるという事実を指摘した。ギブスンは娘の名前がClaireというだけで、グライムスとは何の関係もないと明言し、cはこうツイートした「奇妙な偶然よね」)



その時点では50パーセント程度の仕上がりだと思われたそのビデオは、芸者風ルックで歌うグライムスの姿をメインにしつつ、時折アニメやCGの映像が挿入される。彼女はその場で、桜吹雪を模したエフェクトでそれらの映像に整合性を持たせるというアイディアを考えついた。MacBookを操作して数分のうちにそのアイディアを形にすると、一連の映像は見事にインテグレートし、ビデオの完成像がはっきりと浮かび上がった。

「ありきたりなサイクルにはもう満足できない」

彼女はこんな風に自分の手で何かを生み出すことを楽しむ一方で、もうそのやり方に固執する必要はないと感じている。音楽制作においても、今後はより積極的に外部プロデューサーとコラボレートしていくつもりだという。「自分が優れたプロデューサーだってことを、何が何でも世間に認めさせてやりたかった」これまでに度々そう発言している彼女は、一流プロデューサーと言われる男性たちにライバル心を抱いていたが、中でもとりわけ意識している人物がいた。「バカバカしいんだけどね」彼女はそう話す。「ディプロとビーフをやっちゃったの。とにかくあいつを負かしてやりたいんだ」(その理由について彼女はこう話す。「(2012年に)一緒にツアーを回ったんだけど、死ぬほど嫌な奴だった」)


Photographed and directed by Charlotte Rutherford for Rolling Stone. Dress by Valentino. Earring and rings by Lynn Ban.

彼女はグライムスを、単なるミュージシャン以上のものにしたいと考えている。「彼女の世界観はファッション、ビューティ、ゲーム、アート、そして音楽で構成されている」長くcを支え続けたLauren Valenciaが昨年7月に逝去して以来、彼女のマネージャーを務めているDaouda Leonardはそう話す。「彼女はその世界観を具現化しようとしているし、そのための能力を持っている」

そのアイディアのひとつは、「デジタルの世界における衣類をデザインし、ゲーマーたちが着用する『皮膚』として販売する」というものだ。「馬鹿げてるかもだけどね」cは笑ってそう話す。「頭おかしいって言われても仕方ないと思うもの」。また彼女とマックは現在、彼が「強烈な空想上の生物」と形容する何かが登場する架空の世界の構築に取り組んでいる。マックによると映画化を視野に入れているが、まずはコミックとして発表するつもりだという。

彼女は妊娠期間中におけるプロモーションにおいて、ヴィジュアルを伴う必要があるものに使用するWar Nymphというアバターを考案している。多数抱えているアイディアの中には、人工知能が解析したグライムスの動作を同アバターにマッピングするという案がある。「将来的に実現しうる、無数の意識が同時に働いてる状況っていうのにすごく憧れるの」いかにも彼女らしいトーンでcはそう話す。「ただ曲を発表して、宣伝して、ライブをやって、MVを作るっていう、ありきたりなサイクルにはもう満足できないから。音楽プロジェクトとしてのグライムスは若さありきだったけど、私はそこから一歩先に進もうとしているの」。古い曲を演奏することについて、彼女はこう話している。「ベイビーボイスで歌うことに違和感を覚えてる。だってあの曲を作ったのは、精神的に未熟な若者だったんだから」

イーロン・マスクとの交際がもたらしたもの

「Idoru」は堂々たるラブソングであり、その熱い想いは今も薄れていないが、実は同曲はマスク以前の元カレについて歌ったものだ。一方で「So Heavy I Fell Through the Earth」は、現在の彼女の心情を明確に反映している。「妊娠についての曲なの」彼女はそう話す。「妊娠は素晴らしいことだけど、悲劇的な側面もあると思う。女性にとってそれは、自分の肉体と自由を犠牲にするものだから。その代償は計り知れないし、それを経験するのは人口の半分を占める女性だけ。だから私にとって……」同室にいる弟の耳を気にして、彼女は声を潜めてこう続けた。「避妊なしのセックスっていうのは、ものすごく覚悟のいることだったの。妊娠している今、私は自分の力を犠牲にしてる。降参したと言ってもいい。これまでずっと、私はこういう状況を避けることを強く意識してきた。何かのために自分を犠牲にするなんて絶対に嫌だった私にとって、それは途方もない努力を要することだったの」

彼女がその努力を惜しまなかった理由はただひとつだ。「私は彼のことを、本当に心から愛しているの」彼女はそう話す。「だから迷いは少しもなかった」また彼女はマスクと出会ったことで、10代の頃のトラウマを乗り越えられると感じていた。「彼は私に馬鹿げた考えを放棄させるのがすごく上手いの」彼女はそう話す。「彼と出会って、私は以前よりも自分の内面をコントロールできるようになった」


Photographed and directed by Charlotte Rutherford for Rolling Stone

彼女は2018年にアジーリア・バンクスのアルバム制作に参加する予定だったが、それは精神的に成長した彼女を試すかのような騒動に発展した。バンクスがマスクの所有する家のひとつでcの帰宅を待っていた時のことを片っ端からInstagramに投稿したことをきっかけに、マスクはSECから提訴されてしまう。cはそのことについて多くを語ろうとせず、ただこう言った。「悲しくて陰鬱な出来事だった。彼女を許すことにしたけど、それはすごく難しいことだった」。その出来事に、彼女はひどく取り乱したという。「気が狂いそうになってた」彼女はそう話す。「私のせいで、自分が大切にしているものや人々が悲惨な状況に追い込まれてしまったって、自分を責めずにはいられなかった」。彼女をなだめようと目の前で指を鳴らしたマスクの動きを真似て、cはこう話す。「彼にこう言われたの。『しっかりしろ。君はこれから戦わなきゃいけないんだぞ』」

出産を控えた彼女が、世界で最もリッチで影響力のある人物の1人のパートナーとして、今後さらに世間の注目を浴びることは間違いない。「カオスに進んで身を投じた、クレイジーなインディミュージシャンってわけ」彼女はそう話す。「クレイジーな仲間たちとどんなにクレイジーなことをしても、前はバッシングなんてなかったんだけどね」

シリコンバレーの有力者と共にめざす未来

彼女はマスクの試みが世界を変えるだけでなく、世界を救うかもしれないと信じている。石油の消費にノーを突きつけるテスラ、宇宙旅行を身近なものにしようとするスペースX、そして脳の修復という難題に挑戦するNeuralink。また彼女は、アルバムの大きなテーマでもある気候変動という脅威に、彼が歯止めをかけることができると信じている。「私は持続可能エネルギーの熱狂的信者で、何もかもを電気に置き換えれば人類は地球以外でも暮らせるようになると信じてる」彼女はそう話す。「今の地球は問題を山ほど抱えているけど、政府にそれを解決する能力はない。私のボーイフレンドは、目に見える形でその課題に取り組んでる。それは誰にも否定できない」

cは男女の給与格差について、今も懸念を抱いている。「彼と付き合い始める前から、私はその問題について何度も発言してきた。世間が私と彼の交際をよく思わない理由のひとつはそれだと思う」彼女はそう話す。しかし彼女は、マスクがヨットを買い集めるような人物ではないと主張する。「彼は何もかもを、世界をよくするための研究開発に注ぎ込んでる。毎朝夜明けと同時に起きて、ものすごく遅くまで働いて、休暇も全然取ろうとしない。彼は自分のエネルギーと財産の全てを、世界をより良い場所にするための努力に費やしてる。他のことには目をつむれるくらい、私は彼がしていることを尊敬してる。それが自分の信条と矛盾しているとは思わないわ」

彼女はさらに続ける。「彼が目指しているものと、バーニー(・サンダース)が目指しているものは似てると思う。環境問題への取り組みや、苦しんでいる人々に手を差し伸べるっていう点においてね。貧富の差を縮めることも、億万長者の数を減らすことも大切だけど、その2つは似て非なるものだと私は思う」

この投稿をInstagramで見る Rolling Stone(@rollingstone)がシェアした投稿 - 2020年 3月月5日午前10時35分PST
マスクの財産が人類にとって必要なプロジェクトに費やされていると信じている彼女は、それを自身の活動には一切使わないことに決めている。「グライムスの投資主はグライムスだけ」彼女はそう話す。「テスラのような企業のお金を、私の馬鹿げたアートに使うわけにはいかない。言いたいことを言って、やりたいことをやりつつ、経済面は彼氏頼みだなんて説得力のかけらもないし」。わずかな沈黙の後、彼女はこう言った。「子供の世話には使ってもいいと思うけどね」

いずれにせよ、世界を動かすシリコンバレーの有力者との交際が、彼女の可能性を押し広げることにつながったのは確かだ。「私が経験したことの一部だけでも知ったら」小さな声でそう前置きしつつ、彼女はこう言った。「あなたもきっと『やってみよう』って気になると思う。事態はきっと良くなるし、どんな問題にも解決の道はある、そんな風に思えるはず」。それは自身のキャリアについても言えることだという。「目標を高く持ちたいの」彼女はそう話し、再びその手でお腹に触れた。「たとえ失敗したとしても、やらなかった場合よりは高い場所に行けるはず。私は失敗を恐れたりしないの」

彼女は笑ってこう言った。「恥をかくのも怖くないしね」

Additional credits:Photographers Assistants: Kevin Coffey & Lance WilliamsDigital Technician: Buddy BleckleyPost-production Supervisor: Felix GeenVFX Artists: Metapoint.xyz & Felix Geen3D Assistant: Maximiliane GalgenmaierAssistant Director: Emily Mathason



グライムス
『Miss Anthropocene』
発売中

01. So Heavy I Fell Through the Earth
02. Darkseid (with 潘PAN)
03. Delete Forever
04. Violence (with i_o)
05. 4ÆM
06. New Gods
07. My Name is Dark
08. Youll miss me when Im not around
09. Before the fever
10. IDORU
11. We Appreciate Power (with HANA) *Bonus Track for Japan

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10676