東プレが3月5日に発表した、高性能キーボード「REALFORCE」の名前を冠した有線ゲーミングマウス「REALFORCE MOUSE」。3月19日に発売し、店頭予想価格は18,000円~20,000円前後(税込)とかなり高級な部類なのだが、このREALFORCE MOUSE、シンプルな形とボタン、そしてワイヤード――と、一見すると、至って普通のマウスに見える。

  • REALFORCE MOUSE。一見、至って普通のマウスだ

このREALFORCE MOUSEには、REALFORCEキーボードでも採用している静電容量無接点方式のスイッチが使われている。静電容量無接点方式は、物理的な接点を持たず、内部パーツの静電容量の変化によってオン/オフを切り替える特殊なスイッチで、その特徴は、軽くてなめらかな押し心地だ。このスイッチを、マウスに内蔵したという。

REALFORCEキーボードといえば、キーボード界でも高性能キーボードとして知られている。そもそもREALFORCキーボード自体も、キーボードの中では高級といえる1万円台半ば~2万円超えの価格帯で販売されている。

19年間キーボードを作ってきた東プレが、なぜマウスを開発したのか。そして1万円を超える価格の理由はどこにあるのか。REALFORCE MOUSEの開発者、東プレ 電子機器部 技術部の浅野護さんと三ツ森大葵(だいき)さんに聞いた。

  • 東プレ 電子機器部 技術部の浅野護さん(左)、三ツ森大葵(だいき)さん(右)。浅野さんは「REALFORCE」キーボードの初期モデルを手がけた人物で、REALFORCEキーボードの生みの親と呼ばれている

――静電容量スイッチは、キーボードではかなり広がってきた印象がありますが、マウスでの採用は初の試みじゃないでしょうか。

浅野さん:REALFORCE MOUSEの開発を始めたのは3年以上前になります。単純に、東プレはキーボードを扱っているので、入力装置としてマウスがあってもよいと考えたこと。そして、社内の営業部隊から「欲しい」という声があったことが、開発のきっかけになりました。将来的にも、入力デバイスを広くやりたい、という思惑もあってですね(笑)。

ユーザーからも「作らないのか」という声が上がっていました。そこで静電容量の電極を使って、スイッチを小さくできないかな、という話から、 開発がスタートしました。

  • 左右クリックボタンに新開発の静電容量スイッチが使われている

スイッチは静電容量無接点方式以外にも、例えば光学式スイッチも試作したけれど、やっぱり東プレといえば静電容量だから(笑)。

私個人はこだわらなかったですが、会社としては「やはり東プレなら静電容量だろう」ということで、開発の大前提として、静電容量スイッチを使う、というものがありましたね。逆に言えば 、スイッチありきで始まって、そこからマウス全体を設計していきました。静電容量スイッチのマウスは、この世にまだないんじゃないでしょうか。

※光学式スイッチ……主に赤外線が途切れたかどうかで入力を検知する方式。物理的な接点を持たない。

※静電容量スイッチ……静電容量の変化を読み取って入力を検知する方式。物理的な接点を持たない。

――光学式スイッチ版も検討していたのですね。

浅野さん:光学式スイッチのときは、金属の板バネを使っていましたが、静電容量スイッチと同じく、「東プレのキーボードに似た感触」を意識した押し心地を再現しようとしていました。

  • 浅野さん。REALFORCE MOUSEの開発にあたっては社内のゲームユーザーにも協力を仰いだという

今のマウススイッチはオムロンさんの板バネ式スイッチが大きなシェアを占めていて、ここ数年は、各メーカーが似た感触のオリジナルスイッチを作ることも多く、基本的なスイッチ特性は同じ。静音スイッチはまた別ですが。

REALFORCE MOUSEの静電容量スイッチは、東プレがゼロから完全に自社開発したものです。その意味でも、これは特別だよ、と強くいえるところです。

――開発に3年以上かかった、というのはこのスイッチの部分ですか。

浅野さん:厳しい言い方だなあ(笑)。正直なところ、マウスの開発は我々、素人だったので、スイッチの部分は手慣れていましたが、マウスとしてまとめ上げるところに時間がかかりました。

最初は、世の中の流れに合わせて、高機能のゲーミングマウスを作ろうとしたんですね。でも途中で、やっぱり「ゲーム目的じゃないほうがいいんじゃないか」という意見も出てきた。結果、腱鞘炎対策のような、手首に合わせた角度を付けて、高さがある形も検討したりして。開発の立場としては、まあ、迷走期間もあったんです。

最終的には、REALFORCE MOUSEはゲーミングマウスのカテゴリに収まった。でも、普通の用途にも使える設計です。これはあくまでも「ゲーミングに対応したREALFORCEマウス」。REALFORCEを継承しているところがポイントです。

ゲーミングと普通のマウスの違いはLEDの飾りやボタン数などいろいろですが、性能はゲーミングだけど、派手な装飾はいらない。このスイッチだから欲しい、という人にも添えるように、このデザインにしました。

――マウス用静電容量スイッチの開発自体はスムーズだったのですね。

浅野さん:話せる苦労と話せない苦労がありますね(笑)。キーボードに近い感触を再現するのに苦労した、ということにしておきましょう。

静電容量スイッチを使うこと自体は、そんなに大変じゃなかったですね。実用化するまでには苦労しましたが、静電容量スイッチで行く、というのは、さっきも言った通り早い段階で決まった。サイズを小さくして、どこを最適な静電容量の変化とするのか、荷重をどうするかなどの調整が大変でした。

  • REALFORCE MOUSEの左右クリックに仕込まれた静電容量スイッチ。REALFORCEキーボードのスイッチを彷彿させる

小型化は、それなりに苦労しましたね。キーボードと違ってストロークが短いので。キーボードはストロークが4ミリぐらいですが、REALFORCE MOUSEのスイッチは1ミリ弱(0.9mm)に設定しました。なおかつ、キーボードのREALFORCEに打鍵が似ているね、と思わせるような調整に苦労しました。

ストロークはいろいろ検証しました。REALFORCEにフィーリングを似せるには、やっぱり長いストロークが必要なんですよ。でも、ゲーミング用途ならそんなに長くもできない。その感覚はモニターして、最適と思われるところに設定しました。

スイッチの仕組み自体は、「静電容量無接点方式」という意味ではキーボードと同じですが、内部パーツの形が違います。あまり深くは言えませんが(笑)。キーボードのようにバネは入っていません。別のものが入っていて、その静電容量の変化を読み取ってスイッチにしています。

なので軽いタッチとかチャタリングがないとか、(物理接点がないので)スイッチの耐久性が高いとか、そういった特徴も受け継いでいます。

――荷重特性は、ゲーミングを意識した設定にしたのでしょうか。

浅野さん:むしろ逆で、REALFORCEキーボードのような荷重特性をベースに、ゲーミングでも使えるように調整した、という感じです。あくまでもREALFORCEが基準です。

REALFORCEキーボードが世に出たのは19年前(2001年7月)で、それまで柔らかいタッチのキーボードはほとんどありませんでした。当時はIBMのバックリングスプリング式が、「キーボードとはこうあるべきだ」という指標になっていたんですね。ガチャガチャと、荷重が強くてうるさくて、でも押した手応えはしっかりある。

それに比べてREALFORCEのタッチはぐにょぐにょして気持ち悪いと言われていました。もう押したんだか押してないんだかわかんないねって言われつつ今に至る……いや、今どう言われているかわからないですが(笑)。

  • 浅野さんはREALFORCEキーボードの初期モデルを手がけたあと、別の部署に移動。19年を経て、マウス開発のためにカムバックした

少なくとも当時、皆が皆、REALFORCEをいいねと言ったわけじゃない。でも、一部の人は好きでいてくれて、今につながっている。こういうことが、マウスでもあるんじゃないかと思うんですよ。キーボードと同じように。

IBMのキーボードとREALFORCEはだいぶタッチが違う。IBMが好きな人たちを否定するわけではまったくなくて、それが好きな人は当然いるでしょう。でも一方で、こういう柔らかいタッチが好きな人もいると。少なくとも今の段階では、マウスの場合は選択肢がないんですよね。その選択肢のひとつとして、REALFORCE MOUSEもいいねって。まあ、使った人が100%そう思ってくれればいいですけども(笑)、何パーセントかでも「いいね」と感じてくれる人がいれば、それは商品として価値があるんじゃないかと考えています。

――マウスはシンプルな形を詰めていったからこの形に?

浅野さん:これ言っていいのかな(笑)。私が開発を始めて、どういうデザインがいいのかなと考えたときに、個人的に一番好きだったマウスを参考にしています。まあ素人がオリジナルを初めて作って、結果どうなるかというのは担当者としては予想できたので。

――その「お気に入りのマウス」はどこが良かったんですか。

浅野さん:扱いやすさ、持ちやすさ。形ですね。ただ今回のREALFORCE MOUSEは、ゲーミングマウスとしてはやや小さめに作りました。社内でいろいろな人に試作機を見せて、大きさはどう、って聞いたのですが、それぞれ大きさはいいんだけどこの角度が違うとか、俺はもっと大きいほうがいいとか、私は持ち方がこうだから小さいほうがいいとか、もう十人十色。なので今回は私に合ったサイズ感です。

形はもう、シンプルにしました。キーボードは手の置き方が完結してるんですが、マウスは持ち方も人それぞれなので、どうしても「万人受け」が難しいところはあります。REALFORCEキーボードももともとシンプルで、配列も標準のものを使っている。余談ですけど、キーボードは本当は配列もいじりたかったんですよ。でもいろんな人に聞いてみると、標準の配列がいいと。

  • 結果として、REALFORCE MOUSEはシンプルな形に収まった

――ホイールは何かこだわりがありますか。

浅野さん:ホイールはですね、静音性や大きさはこだわりました。パーツ自体は自社開発で、いわゆる“遊び”は少なく設計しています。

  • ホイールの機構。回した手応えはしっかりはあるが音は静か

――ケーブルも一見、普通の細いケーブルに見えます。

浅野さん:ケーブルは、なるべく細いものを探しました。中に使っているバラ線の被覆はフッ素樹脂で強度が高いものです。そのおかげで、細い割に引っ張りや断線にも強く、使いやすいんじゃないかと思います。

よく見かける布製の編み込みケーブルも検討はしたのですが、止めました。フッ素樹脂ケーブルは、材質という意味でロボットケーブルにも使われているので、信頼性が決め手でした。これもゲーミングマウスとしては珍しい特徴です。

※ロボットケーブル…産業用ロボットや精密機械などの配線に使われるケーブル

  • REALFORCE MOUSEのケーブル。長さは約1.8mで、REALFORCEキーボードのものより細い(ケーブル径2.8mm)。これも一見すると普通のケーブルに見える

――本体は83gと軽い部類に入りますが、軽くした理由は?

浅野さん:軽さは確かに意識しました。とはいえ、強度を確保するためにリブを立てたりして、中身はすごく複雑な構造なんです。ケースを開けた中にもう一個構造物(内カバー)があって、側面は2色成型で。重くなる要素がありつつも軽くしました。

  • REALFORCE MOUSEの外カバー裏。マウスとしては珍しく厚みが各部で異なり、リブも細かく立っている

  • 外カバーを外した状態

――ユーティリティについて聞かせてください。

三ツ森さん:REALFORCE MOUSEにもユーティリティを用意していて、3月19日の発売タイミングで、REALFORCEキーボードのユーティリティを更新する形で提供します。使用感も今までと同じで、基本的には一目でどこを設定すればいいかわかる、見やすく簡潔な表示を意識しました。

  • ユーティリティを担当したのは三ツ森さん。とにかく見てわかりやすい、シンプルなUIを意識したという

5ボタンそれぞれの機能割り当てのほか、本体のLED色設定や、既定のマクロ設定などが行えます。マクロは、今後ユーザー側でカスタムできる機能を追加する予定です。

本体のLEDは7色から選択できます。DPIは標準で400 / 800 / 1600 / 3200を切り替えられ、それぞれ好みの数字を打ち込んだり、スライドバーを調整したりして、100単位で変更できます。また、1600と3200の2つだけ使いたい、という場合に、ボタンでの切り替 え数を4段階から2段 階へ変更することも出来ます。リフトオフディスタンス機能については、HighとLowの2段階で設定することが出来ます。

リフトオフディスタンス…マウスを持ち上げたとき底面のセンサーが反応しなくなる距離

設定内容は本体のほか、PC側には名前を付けて複数保存できるので、例えばFPSやアクションなどのゲームジャンル、もしくはゲームタイトルごとに設定を変えて保存しておく、といった活用も便利だと思います。

また、半角全角を切り替える機能も社内から声があって搭載しました(笑)。よく漢字を打とうとして、英語やアルファベットがパッと入ってしまうことがありますが、それを事前にマウス上のボタンで指定できるというものです。

ユーティリティは現状、Windows版のみの提供ですが、将来的にはmacOSへの対応も予定しています。マウス自体は、デフォルト設定にはなりますがMacでも使えます。

  • REALFORCE MOUSEのユーティリティ。画面下部にある、使用デバイス選択画面からREALFORCE MOUSEを選んでキーボードと切り替える

  • 各ボタンの機能を好みに設定できる。写真から割り当てられるほか、右上のプルダウンからも割り当て可能

  • DPI設定は4設定を切り替えて使える。標準では400 / 800 / 1600 / 3200の4つだが、各数値を100単位で変更できる

  • 本体上部のインジケーターとロゴはLED色を7色から設定できる。輝度の調整のほか、消灯の設定も可能

――ズバリ価格の理由はどこになるのでしょうか。

浅野さん:REALFORCE MOUSEは組み立て作業者が一つ一つ手作りする状態で、日本で少量生産する形なので、そこでどうしても高くなってしまいます。完全国内生産ですね。あとは部品もいいものを使っていますし、中ケースの構造も複雑にリブを立てて、丈夫に作ってます。

マウスは今ほとんど中国で作られていて、国内生産することはまずないので、センサー(PixArt PMW3360)を入手するだけでも大変でした。全然相手にしてくれませんでしたよね(笑)。大量購入していろいろなマウスに転用するわけじゃなくて、1機種だけなので、必要な数を伝えたら「その数じゃ売れない」と。パーツの調達は茨の道でしたね……。

PixArt PMW3360……ゲーミングマウスや設計・デザイン用途などで多く使われるマウス用光学センサー。

  • センサーはPixArt PMW3360。右下にはレポートレートを3段階(125Hz / 500Hz / 1000Hz)で切り替えられるスイッチがある

――ワイヤレスにするかの議論もあったかと思いますが。

浅野さん:ありました。いまどき有線というのもね。ワイヤレスも同時に出そうという意見もあったんですが、設計がけっこう変わるんですよ。バッテリの有無で重量も大きく変わるし、ゲームといえば有線だよね、という声が大きかったんです。あと、REALFORCEキーボードでもまだ有線モデルしかないので(笑)。

ワイヤレスも検討はしましたけれど 、まずはこれで一回製品を作ってみようと。是か非か、世に問おうじゃないかと。

いずれにしても我々はマウスを開発したことがないものですから。我々も初めてですし、世の中としても、このタッチのマウスは初めてだと思うんですよ。だからこのタッチが好きな人がいるとわかったら、ワイヤレスの開発も検討します。それはもう作りますよ。

  • 接続は有線(USB 2.0)。取り回しのしやすさを考え、根本が少し上向きに設計されている

――REALFORCE MOUSEをどういうユーザーに使ってほしいですか。

浅野さん:触ったら最初は変な感じがするかもしれませんが、まずはしばらく、ある程度の期間で使ってみてほしいです。みんながREALFORCE MOUSEを好きになるとは言いませんけれども、キーボードの経験を踏まえると、最初ちょっと触っただけで毛嫌いされるのは悲しいので。

マウスは、キーボードに比べて種類が多いじゃないですか。100人に聞くと100人それぞれの好みがある。決してスイッチだけで決まる製品じゃなくて、やれ形だ色だと、好みがいろいろある。そうすると、ますます皆に広くすすめられるものではないんですが、タッチはこれが好きで、トータル的にも使いやすいなと言ってくれる人が、キーボードのように少しでもいるとうれしいですね(笑)。

――ありがとうございました。

  • REALFORCE MOUSEをやさしく見つめる浅野さん

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試用機を実際に触ると、普段筆者が仕事をするのに使っているREALFORCEキーボードの柔らかいタッチがそのままマウスに移ってきた感覚が味わえた。あの“スコスコ感”だ。マウスのクリックボタンといえば、例えばオムロン製のマイクロスイッチなどは、押すとカチッという音がして、しっかりした反発があるものだが、REALFORCE MOUSEはまったく違う。なんというか、とても不思議な押し心地なのだ。不思議で、妙にクセになる。ぜひ、できればじっくり使ってみて、“是か非か”確かめてみてほしい。