100%再生可能なキッチンを生み出すバルクッチーネの哲学

世界に名だたるラグジュアリーキッチンメーカーの名をあげよと言われれば、そのほとんとがドイツとイタリアのブランドになる。それは自動車の世界も同じ。そして魅力的なデザインのプロダクトをつくることに長けているのは、イタリアなのもまた然りだ。1980年、イタリアのポルデノーネという田舎町に、「バルクッチーネ(ValCucine=渓谷のキッチン)」と名付けられたキッチンメーカーが誕生した。創業者は地元出身の4人のメンバー。そのなかで現在に至るまで”デザイン”を統括する人物が、ガブリエル・チェンタッソだ。


創業者の一人でありデザイナーでもあるガブリエル・チェンタッソ。バルクッチーネが本社を置くイタリア・ポルデノーネ出身。豊かな自然に囲まれたこの地で幼少の頃からあくなき探求心と自然界からのインスピレーションを大切にする感性を育み、斬新で独創的でありながらも、安らぎとぬくもりを感じさせるデザインを生み出す。




ガブリエル・チェンタッソのデザインの源泉は自然界にある。鳥の羽ばたきに着想をえたAerius(アエリウス)と名付けられた壁面ユニットの扉は、大きくて重く故障のリスクの増える複雑な構造を避け、テコの原理によって駆動する。約3mにも及ぶサイズのガラスの扉が驚くほど軽く開き、そして接触音をたてることなく、ふわりと閉まる。



”デザイン”というと、とかく表層的な、装飾的な話になりがちだが、本来的な意味はそうではない。近年、ビジネスの世界においては「Design Thinking(デザイン思考)」という言葉が使われたりもするが、デザインしたものの実現に向けて、必要な思考や手法をめぐらせ課題を解決していく、製造業においては設計や生産技術をも内包したものの考え方ということになる。

チェンタッソは高校卒業後、地場産業として盛んな家具づくりの工場で職工として働いていた。地元の仲間に声をかけられたことをきっかけに創業メンバーとして加入。手先は器用で画力はあったがデザイナーとしては素人だった。持ち前の好奇心によって、キッチンはもとより建築物に至るまでの設計、デザイン、生産技術などをすべて独学で学び、いまではキッチンの枠を超え、バルクッチーネの本社ビルをはじめ、町の教会や橋に至るまでの設計を手掛けている。地元ではその奇才ぶりに、本人も敬愛するレオナルド・ダ・ヴィンチの再来とも言われているという。


バルクッチーネは、1980年イタリア・ポルデノーネで創業されたキッチンメーカー。創業時から現在に至るまでガブリエル・チェンタッソが設計、デザインを手掛ける。カラーステンレスを使用した本社ビルの設計、デザインも同氏によるもの。従業員数は約200名、本社機能や工場などもこの地に集約されている。現在、世界55カ国で販売されている。



チェンタッソの凄さはその飽くなき好奇心にある。幼少の頃から人間や科学、芸術、技術などさまざまなものに興味を抱き、中学生時代にはドストエフスキーを読破。イタリアの芸術家、ミケランジェロやジョット、ダ・ヴィンチの影響をうけ、絵を模写することで光と影の陰影について多くを学んだ。驚くことに谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」も読んだという。まだ電灯がなかった時代に人間の営みと自然とが一体化した、日本人の美的感覚について書かれたものだが、それはまさにチェンタッソの哲学とも相通じるものだ。

チェンタッソの哲学を以下に列挙する。

・美しさを追い求め続ける
・人間が幸福に生活する
・人は自然との調和により幸福で満たされる(自然素材の使用、自然物の触覚の活用)
・幸福でありつづけるための環境資源を減らさない(森林再生を狙う生産システム)
・幸福な生活に不可欠な人間工学を重んじる(人間工学を重んじた革新的な設計)
・美しいものをつくる職人の仕事を創出する(伝統工芸を取り入れたデザイン)

そして、これを具現化すべく、1つ1つ課題をクリアしていく。

1986年に世界で初めて、外からは見えないフレーム部分に軽くて高剛性で、リサイクル可能なアルミニウムを使用したキッチン「アルテマティカ」を発表する。1997年には人間工学に基づきキッチンの前方により使い勝手を重視したスペースを設けた「ロジカシステム」を開発。翌年には、キッチンに使用する木材を植林によって自ら調達し、また原生林保護などの活動を行うため非営利法人のバイオフォレスト協会を設立した。

2006年には、強化ガラス製造の進化に伴い、5mm厚の薄くて軽いガラス製のドアを実現。アルミニウムとガラスのみでつくられた世界初の100%リサイクル可能なキッチンを生み出した。その後はイタリア全土の伝統工芸を後世に受け継ぐべく、木工や石細工、象嵌、モザイクタイルなどの職人の技術をキッチンへと積極的に取り込んでいる。



2006年、Invitrum(インヴィトラム)の名で発表されたガラスドアの誕生によって、世界初の100%リサイクル可能なキッチンが実現。アルミフレームとガラス面材は簡易に分別が可能な強力テープによって接着。ビスに至るまでリサイクル可能なアルミ材を使用する。また、1998年にバルクッチーネは天然資源と生物多様性の回復および保全に積極的に貢献するために非営利法人のバイオフォレスト協会を設立。”環境に影響を及ぼすことのない唯一の工場は、木である”という理念のもと、面材などに用いる木を植林によって賄い、また原生林を保護する活動なども行っている。



あらゆる側面でサステイナブルであることを目指し、イタリア国内のバルクッチーネでは、廃棄されることになった自社商品を回収し、再生可能な資材へとリサイクルまでを行う循環型ビジネスをすでに実現している。チェンタッソはかつて、「We have a dream a waste free world.(夢は、廃棄のない世界)」を目標に掲げ、そしていま「We made a dream come true.(バルクッチーネは夢をかなえた)」と語っている。

日本においてバルクッチーネは、業界関係者のみぞ知る存在だった。東京・南青山に日本で唯一のショールーム「バルクッチーネ東京」ができたのは数年前の2018年のこと。現在、世界で55カ国あるディーラーで、55番目にできたというから日本は最後発の市場なのだ。
 

Artematica(アルテマティカ)は、1986年に誕生した、世界で初めてアルミ製フレームを用いたシリーズ。厚さ5mmと非常に薄く、軽量化された強化ガラスの扉面材を使用することによってドアヒンジへの負担を軽減するなど、美しさと高耐久性を兼ね備えている。


バルクッチーネのキッチンの天板や扉に使用される代表的な素材は強化ガラス。表面をブラスト加工することでマット仕上げにしたり、また柄を組み合わせるなどそのバリエーションの数は300通り以上にも及ぶ。またガラス以外にもウォールナットなどの木材や、天然石材、ステンレスやチタンなどの金属を選ぶこともできる。


バルクッチーネが目指すものは、人と自然との調和。キッチンカウンターに用いられた木材は手がふれた際の感覚を重視し、特殊加工により無垢の肌触りがいかされている。木材内部の道管にも加工を施すことで、無垢材のように見える木の天板は水分や汚れを吸収せず気軽に使える。

Genius Loci(ジーニアスロッチ)は、”大地の神様”の意。アルテマティカをベースに、天板の下に引き出しを設けた上級シリーズ。言われなければそれとわからない秘密の引き出しのようなデザインで、扉の表面にはさまざまな素材、仕上げなどを選択することができる。手前の作業台にかかるブリッジはキッチンとダイニングサイドを、開放感を失うことなく、軽やかにしきる役割を果たすもの。内部にはLEDを備えており光のカーテンが、キッチンへ立つ人への癒やしや心地よさをもたらす。


ブリッジはUSBや電源タップ、さらには調理器具を吊るすためのレールの役割もはたし、配置を自在に変えることができるなど実用性にもすぐれる。バルクッチーネのキッチンは、木材、石材、金属加工など、16世紀のルネサンス建築にみられるようなデザインを随所にとりこんでいる。イタリア各地に受け継がれている伝統工芸を後世に受け継いでいきたいというガブリエル・チェンタッソの思想の現れでもある。



これほどのキッチンが、日本ではほとんど知られず輸入されることもなかったのはなぜか。日本独自の住宅事情やキッチンへの理解度、高級キッチン市場のキャパシティ、さらには日本の規制に適合するための対応など、輸入業者がおいそれと手を出すことができる代物ではなかったのだ。そこで手をあげたのが、システムキッチンの専業メーカーであるクリナップだった。

現在、バルクッチーネ東京のマーケティングダイレクターを務める鈴木秀夫氏はかつて約20年ほど、クリナップ製品の開発に従事していた人物だ。その頃からバルクッチーネの存在は知っていたと話す。

「海外の展示会などで、バルクッチーネのブースを見るたび憧れていました。創業からの哲学を貫き、それをとことんカタチにしていく設計力がすごい。日本ではコストがかけられないのはもちろんですが、そもそもそれを実現しようという発想力がない。表面上のデザインなんていくらでも真似できます。現にこれまでも日本のメーカーがバルクッチーネの真似をしてきた例はあります。でも表からは見えない細部の設計の美しさまでは、真似しろと言われてもできるものではありません。例えばキッチンのワークトップは面積も大きく、使用済のものは産業廃棄物になってしまう。それをどうすれば解決できるのか設計の段階から考え抜いている。バルクッチーネの世界中のショールームには、ワークトップと扉とフレームと、その内部構造をみせるためにカットモデルが置いてあります。そんなキッチンメーカー、世界でここだけだと思いますね」

そして、鈴木氏は日本にできるだけ根源的な、バルクッチーネのキッチンがもつ魅力を広めていきたいと話す。
「バルクッチーネが目指しているものは、”多様性の調和”です。チェンタッソはデザインの源は自然界にある、雪の結晶や葉脈や虫の羽、日本のタタミなどをクローズアップしたり、身の回りのものを観察することからアイデアを生みだしているといいます。そうしたデザインや熟練された職人技や、サステイナブルな仕組みなど、そのすべてが調和しているものが一番美しい、といつも話しています」

バルクッチーネのロゴマークにある4つの花弁も、自然界に存在する4つの要素(火、水、土、空気)の完全な調和を表現したものという。

バルクッチーネのキッチンがユニークなのは、これほどまでに人間と自然との調和やサステイナブルであることを目指しながら、自然主義一辺倒なのではなく、革新的な技術や進化した素材なども積極的に受け入れていくフレキシブルさがある点だ。そして、ものすごくモダンなものに仕上がっている。30有余年をかけガブリエル・チェンタッソのデザイン思考を結実させたものなのだ。とにかく自分の目で見て、手で触れてみるといい。自動車愛好家なら、きっと好きにならずにはいられないと思う。


文:藤野太一 Words:Taichi FUJINO