「TEZUKA2020」の新作マンガお披露目イベントの様子。

AI技術と人間の力で、手塚治虫に挑むプロジェクト「TEZUKA2020」の新作マンガお披露目イベントが、本日2月26日に東京・講談社にて行われた。

「TEZUKA2020」は、「もしも、今、手塚治虫さんが生きていたら、どんな未来を漫画に描くだろう?」という疑問からスタートしたプロジェクト。手塚作品を学習したAI技術が生成したプロットやキャラクターをインスピレーションソースに、クリエイター陣が制作し完成させたのが「ぱいどん」だ。本作は2030年の東京を舞台にホームレスの哲学者が事件を解決していく物語で、明日2月27日発売のモーニング13号(講談社)に掲載される。

この日のイベントには、本プロジェクトメンバーである手塚プロダクション取締役の手塚眞、慶應義塾大学理工学部教授の栗原聡、キオクシア株式会社執行役員技術統括責任者の百冨正樹、キオクシア株式会社SSD事業部cSSD技術部参事の国松敦が登壇。またゲストとして、ちばてつや、矢部太郎(カラテカ)が参加し、プロジェクトがどのように進められてきたのかなどについてトークを繰り広げた。

手塚は「今回、『手塚治虫の新作をAIで描けないか』という話をいただいて、素敵な話だなと。大変意味のある研究だと思いました。それと同時に実現には10年以上はかかるだろうと覚悟していましたので、まさかこんなに早くお披露目できるとは。まるで手塚治虫のマンガのようです(笑)」と挨拶。また百冨は「手塚プロダクションを始めとする皆様に多大な協力をいただきました。この場をお借りして感謝を申し上げます。AIを活用して生み出された『ぱいどん』が雑誌に掲載されるということに興奮しております」と、お披露目を迎えたことの喜びを語った。

ストーリーとキャラクターという2つの視点で制作を進めてきたという本プロジェクト。ストーリー制作について、栗原は「僕らが担当したのはあらすじ、プロットです。ストーリーの種を生み出すチャレンジをしてきました。物語には起承転結や序破急といった大きな流れがあると思いますが、僕らは物語は13の構成に分けて考えました」と説明。さらに「さまざまな手塚作品を読み込んで文字データに落とし込み、そこから13の構造と、キャラクターの属性や情報に分解する。手塚先生が作ってきた過去の属性にマッチングするパーツが見えてきますので、僕らが作りたいと思う主人公設定や物語設定といった基本的な素材からプロットを作り出しました」と解説した。

この作業を行う上で必要だったのは、手塚作品の選別だ。手塚は「ご存知の通り、手塚治虫は42年間にわたり700作品以上残してます。年代によっても特徴がありますし、子供向け、女性向け、成人男性向けなどなどさまざまなタイプを描いている。これを全部データ化するのは幅が広くなりすぎてまとまらないだろうと懸念があり、70年代を中心に絞り込みました。70年代は最も連載を抱えて大変だった時代であり、豊かなマンガがたくさん生まれた時代ですので」と明かした。また2018年に第22回手塚治虫文化賞の短編賞を受賞しているゲストの矢部は、AIが書いたプロットについて「大変勉強になるなと思いますね。理解できないところもありますけど、手塚先生のプロットもきっと我々に理解できないものだったんじゃないかな」とコメントした。

またキャラクターのビジュアルを作る作業では、まず手塚作品に登場するさまざまなキャラクターのイラストを読み込み、AIに学習させることからスタートしたという。しかしこのやり方はうまくいかなかったと明かす栗原。「マンガって、真正面からキレイに顔を描いている絵があまりないんです。だからイラストから顔を学習させるには厳しい状況でした。そこで転移学習という、人間の顔を学習した人工知能がゼロから生成した顔データを転用するやり方を試したのですが、これがうまくいったんです」と続けた。そうして完成したぱいどんというキャラクターについて、手塚は「この顔を見たとき、なぜか惹かれるものがあった。ちょっと憂いを帯びた目つきに興味を持ったんです。彼にはなにか隠しているものがあるなと」と、ぱいどんに決めた理由を述べた。

またAI技術を使ったマンガ制作について、ちばが「僕にも経験がありますが、まだ自分が何を描いていいかわからないようなとき、才能がある若いマンガ家が描き始めるいいきっかけになるんじゃないかなと」と語ると、手塚も同意し「今回は手塚治虫のマンガを蘇らせるというテーマでしたが、ちば先生がおっしゃったような教育や育成にも役立つと思います。10年も経てば、スマホの中でちょちょちょっと押したらマンガができてそれを友達に送る、そんな時代が来るかもしれません。これからマンガやクリエイティブなものに関わっていく若い人たちにも意義のある発表になったのでは」と述べた。

最後、閉会の挨拶としてモーニングの編集長・三浦敏宏が登場。「最初はお断りしたんですが、栗原先生に『AIというのは、やればやるほど人間ってすごいって思うばかりなんですよ』という話を伺って、これはアトムを作ったときの天馬博士の苦悩と似ているなと感じました」とコメント。「もしかして、先生が生きてらしたら面白がっていたんじゃないかなと。日本のマンガは、世界一だと言える数少ない日本文化だと思います。世界のトップだからこそ、挑戦し続けないといけない。その一環が今回のプロジェクトだと考え、掲載する決定をしました」と話し、この日のイベントを締めくくった。