2016年4月に発生した熊本地震では、名城として名高く、熊本県民から崇敬の念を集める「熊本城」も大きな被害を受けた。そんな熊本城では、2019年10月5日から「特別公開」が始まっている。今回は、復旧作業が急ピッチで進む熊本城の勇姿をレポートする。

  • 熊本城

    多くの人の支援により、徐々に雄大な姿を取り戻しつつある熊本城(2019年11月撮影)

城づくりの名人・加藤清正が築城! 難攻不落の熊本城

戦国の世で名を馳せ、城づくりについては名人の誉れ高い加藤清正が手掛けた熊本城。約98万平方メートル、周囲約5.3キロに及ぶ広大な城郭内には、大小の天守を始め、櫓49、櫓門18、城門29を備える。城攻めを命じられたら躊躇せずにはいられない堅牢な作りだ。

熊本城の大きな特徴として挙げられるのが、“武者返し”とも呼ばれる石垣だ。下は緩やかな作りで、一見すると簡単に登れそうだが、上に向かうほどに反り返る独特な形状となっている。そのため、武士はもちろん、身軽な忍者でさえも登ることは困難であったという。

  • 熊本城

    熊本城を難攻不落としている大きな理由が石垣だ。『SASUKE』のそり立つ壁っぽい?

そんな熊本城だが、1877年に起こった西郷隆盛らによる武力蜂起「西南戦争」の直前には、天守と本丸御殿を含む多くの建物が焼失した。1960年に天守を鉄筋コンクリート造りで再建した際には、明治初期に撮られた写真を基に、瓦1枚に至るまで忠実な外観復元を施したのだという。一方で、難を逃れた「宇土櫓」や「東竹之丸」などの櫓群や石垣は築城当時のままの姿をとどめており、国の重要文化財や特別史跡に指定されている。

復旧途中の熊本城を散策

現在、熊本城では、地震以来約3年半ぶりに一部で公開が再開(原則として日曜・祝日のみ)している。「熊本城 特別公開」以外にも復興見学ルートが設定されていたので、散策してきた。

  • 熊本城

    1周約60分の復興見学ルート。見学ポイントは全部で22カ所

スタート地点は、御幸橋の手前にある清正像とした。ここから御幸橋を渡ると、城内へと続く「櫨方(はぜかた)門」や「御幸坂」に出るが、来訪時は通行止めだったので、桜の馬場城彩苑を抜けて「未申(ひつじさる)櫓」を目指す。

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    熊本城を守護するかのように甲冑と長烏帽子姿で鎮座する清正像。熊本の礎を築いた偉人として今なお熊本県民に愛されている

途中、「飯田丸五階櫓」を過ぎて階段を登ると、「未申櫓」に到着した。未申の名の通り、西出丸の南西角にある3階建ての櫓だ。

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    明治時代に一度解体されたが、2003年に木造で復元された

「未申櫓」を後にして先に進むと、「西大手櫓門」と「元太鼓櫓」に到着。熊本地震で石垣が崩落したため、建物と石垣は改修されており、本来の姿からは景色が一変していた。

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    崩落の跡が痛々しい「元太鼓櫓」の石垣

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    熊本城には、備前堀のような「水堀」と「空堀」の2つの堀が存在する。「西大手櫓門」前から左手に見える堀は、今でこそ水が溜まっているものの、江戸時代に描かれた絵図では“から堀”の表記が確認できるのだとか

現在は通路のようになっている「西大手櫓門」の先にあるのが「戌井(いぬい)櫓」だ。1875年には陸軍により一度は撤去されたが、1975年に石垣、2003年に「戌井櫓」と堀を復元したそうだ。しかし現在は、熊本地震によって石垣は歪んでおり、崩落も至るところで散見される。早期の復旧を願わずにはいられない。

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  • 角度を変えて見てみると、至るところで石垣が崩落しており、地震の凄まじさを感じる

現在進行形で復旧が進む熊本城の様子をお伝えする今回のレポート。後編では、城の顔ともいえる天守に加え、熊本城を一望できる絶景スポットを紹介する。

著者情報:安藤康之(アンドウ・ヤスユキ)

フリーライター/フォトグラファー。編集プロダクション、出版社勤務を経て2018年よりフリーでの活動を開始。クルマやバイク、競馬やグルメなどジャンルを問わず活動中。twitter:@andYSYK。