映画「his」に主演した宮沢氷魚さん

 モデルで俳優の宮沢氷魚(ひお)さんの初主演映画「his」(今泉力哉監督)が、1月24日に公開された。宮沢さんといえば、思い浮かぶのは2019年に放送されたドラマ「偽装不倫」(日本テレビ系)でのカメラマン、伴野丈役だ。そこで、今回の映画についてはもとより、「偽装不倫」に出演したことでの環境の変化や、理想とする俳優像、さらに10年後の自分について聞いた。

 ◇母も「すごく楽しんでくれました」

 映画は、宮沢さん演じる井川迅(しゅん)の前に、8年前に別れた恋人で、藤原季節さん演じる日比野渚が、6歳になる娘・空(外村紗玖良ちゃん)を連れて現れることで動き出す。撮影が行われたのは、2019年3月から4月にかけて。つまり、「偽装不倫」より先に撮られた。

 改めて「偽装不倫」での自身のブレークをどう受け止めているかと尋ねると、宮沢さんは「ブレークなんでしょうか。インスタのフォロワー数が増えたとか、人に声を掛けられるようになったとかはありますけど……」と戸惑いつつ、「他の人のことならすごく分かるんです。例えば、横浜流星くんがブレークしたとか。でも、自分のことになると本当に分からなくて。皆さんに、ありがたいことに『去年はすごかったね』と言われるんですけど……」と実感が湧いていない様子だ。

 宮沢さんの出演作を「毎回見てくれる」という家族にも変化はなく、「そこで変に変わられても気持ち悪いですし」と苦笑する。母は今回の「his」を試写で見て、「すごく面白かったと言ってくれた」という。宮沢さん自身は「キスシーンを親に見られるのもなあ……」と若干、抵抗があったようだが、「すごく楽しんでくれました」とうれしそうに語る。

 ◇自分のイメージで演じることができた

 その「his」の試写で、主人公の井川迅(しゅん)を演じている自分を初めて見たという宮沢さん。「不思議でした。もちろん出ているのは自分なんですけど、別の作品を見ている感覚というか。まだ、その1回しか見ていないんですけど、そのときの印象が斬新かつ新鮮で、その感覚は今でも忘れられません」と語る。

 今泉監督からは、意見や手直しが入ったりはしたが、「ほぼ、自分のイメージで迅を演じることができました」と自身の演技に満足している。迅のイメージ作りに「引っ張られ過ぎず、あくまで参考として見た」のは、「ブロークバック・マウンテン」(2005年)や「ブエノスアイレス」(1997年)といった同性愛をテーマにした映画から得たのは、「美しいところだけではなく、つらいところだったり、容赦ない差別であったり、そういう醜いところも忠実に描いていたと僕は思います。そういう偏見や生きづらさは今回の『his』とリンクしています」と説明する。

 同性愛を、一つの題材にしている今作。迅を演じたことで、「まったく偏見がないといったらうそになるかもしれませんけど、そういった友達が周りにたくさんいたので、僕にとっては普通のことでした。そういった意味では作品をやる前と後では変わらないです」と話す。その一方で、「同性愛者にもいろんなタイプがいることであったり、日本の法律が現段階でLGBTQの対応がなっていないことであったり、そういう知識は増えました」と真摯(しんし)に語る。

 ◇モデルの仕事は「ベース」

 宮沢さんは2015年、21歳で「MEN’S NON-NO(メンズノンノ)」(集英社)の専属モデルとしてデビューし、2017年放送のドラマ「コウノドリ」(TBS系)で俳優としてデビューした。今はモデルと俳優、二つのフィールドで活躍している。宮沢さんにとってモデルの仕事は、いわば「ベース」。芝居の現場が続くと「自分の成長って意外と気づかない」そうで、「いっぱいいっぱいになっているし、周りにはもっとうまい人がたくさんいるし、自分がどれくらいの力を蓄えているのか分からなくなるんです」と打ち明ける。

 そんな中でモデルの仕事に戻ると、立ち姿や振る舞いに違いが現れ、「お芝居の現場で得た力が、確実にモデルの現場でも生かされている」ことを感じ、「自分がどれだけ成長しているかを確かめることができる」のだという。翻ってそれは、「モデルという仕事の奥の深さを改めて実感する」ことにもつながるという。

 一方、俳優としては、「偽装不倫」をはじめとするドラマ、2018年の舞台「豊饒の海」、そして今回の映画「his」と、ドラマ、映画、舞台とまんべんなくこなしている印象を受ける。

 「(俳優としての)スキルはまだまだですし、これからというところなので、芝居をする場がある限りはやっていきたいと思っています。1年の間にノルマがあるわけではないので、そのとき一番いいと思った作品に出るだけです。それが、本当にありがたいことに2年間続いているので、これからも出続けられるように頑張りたいです」と前向きに語る。

 ◇10年後は…

 そんな宮沢さんに10年後、どうなっていたいかと尋ねると、少し考えてから、「この仕事ができていればいいですね。いつ、何があるか分からないですし、10年後は35歳なので、いろいろと環境が変わっているかもしれないですし」と答えた。それでも「芝居は続けていたいです」と意欲を示し、「男性の35歳って渋くなり始めるころですよね。渋い男性になりたいと思っているので、渋さを追求している時期ではないでしょうか」と推測する。

 理想とする俳優に、「今まで阿部寛さんと言っていましたが、それは変わりません」とした上で、大森南朋さんの名も挙げた。「大森さんとは『コウノドリ』でご一緒しました。『アウトレイジ』(2017年)にも出ていらっしゃって、そのイメージからご本人も怖い方なのかなと思っていたらすごく優しくて」と出会いを振り返る。

 なんでも大森さんは、やはり「コウノドリ」で共演した坂口健太郎さんと宮沢さんを、撮影が終わると飲みに誘い、いろんな話を聞かせてくれたという。「現場でもすごく優しくしてくれました。若手にとって、ベテランの方から歩み寄ってくれるのはすごくうれしいんです。僕たちからでは行きづらいところもありますから」と大森さんに感謝する。

 ならば10年後、宮沢さんも若手を飲みに誘うような俳優になっていたいところだが……。「そうなりたいですね。僕から歩み寄っていけるような俳優になって、35歳になったら、(若手に)飲みに行こうと言いたいですね」と笑顔を見せた。

 ◇観客の心に「残ってくれると信じている」

 今回の「his」を宮沢さんは、「きっかけにすぎない」と考えている。「この映画が公開されて、今すぐに日本の現状が変わるかというと、多分変わらないし、(同性愛者にとって)住みやすい環境になるかといったら、すぐにはならないかもしれない。でも確実に、見た人の頭のどこか、心のどこかにこの作品が残ってくれると信じています。自分の周りにいるかもしれない同性愛者や、そういう方々がいるんだと理解してもらえれば、僕たちがこの映画を作った意味があるのではないかと思います」と力強く語る。

 そして、映画ラストの俯瞰(ふかん)映像が「この映画のすべてを物語っている」ともいう。その場面で、自転車に乗った渚の娘・空が、演技ではなく、「本当に転んでしまった」のだそうだ。その直後の迅、渚、そして渚の妻であり空の母の玲奈(松本若菜さん)がとった行動は、すべて「自然に出たもの」だという。宮沢さんいわく、その「すごくすてき」な光景を、ぜひ劇場のスクリーンで確かめてほしい。