未解決事件から誤認逮捕まで、2010年代の「犯罪ドキュメンタリー」を象徴する5つの事件

2010年代は、犯罪ドキュメンタリーに対する世間一般の関心が沸点に達し、執着へと変わった10年だった。無実の罪を着せられたケースから、冤罪であってほしいと願いたくなるような心優しき殺人犯まで、ドキュメンタリーであれ、ポッドキャストであれ、書籍であれ、人間の闇に切り込むものに皆が魅了された。

だがこの10年、犯罪事件をどう解釈するか――そして事件の当事者たちが自分自身をどう理解しているか――という点でターニングポイントとなる出来事がいくつかあった。以下、過去10年の事件簿の中から、特に突出した5件を挙げてみよう。

その1
2011年:ウェスト・メンフィス3が釈放

2010年代序盤、ロックスターと殺人容疑者が顔を揃えた。ウェスト・メンフィス3と呼ばれた3人組が、無実の罪で20年間服役した後に釈放されたのだ。3人はメンフィスでエディ・ヴェダー主催のパーティで釈放を祝い、ディキシー・チックスのナタリー・メインズら著名人も駆け付けた。

10代だったダミアン・エコールズ、ジェシー・ミスケリー・ジュニア、ジェイソン・ボールドウィンの3人は、1993年、アーカンソーの小川で死体となって発見された8歳のカブスカウトの男児3人の殺害で有罪となった。検察は、悪魔崇拝の儀式のために殺されたと断定。正当性に疑問が残る12時間の尋問で、精神障害を抱えていたミスケリーが殺人を自供した。一方検察側は、3人がいかがわしい嗜好を持っていた証拠として、メタリカなどのバンドの大ファンだったことを挙げた。ウィッカ(魔女術)に関心を寄せていたこともある――そのため主犯格と見なされた――エコールズには死刑判決が言い渡され、他の2人は終身刑に科せられた。

3人の裁判は90年代に起きた”悪魔的儀式虐待問題の格好の餌食となったが、1996年にHBOで放映された『Paradise Lost: The Child Murders at Robin Hood Hills(原題)』をきっかけに、彼らの無実があらためて取り沙汰された。この作品は、殺人に関するドキュメンタリーや書籍の走りのひとつ。製作者のジョー・バーリンジャー氏とブルース・シノフスキー氏は身の毛もよだつこの事件を公平な視点で描こうとしたが、3人が本当に犯人なのかという点には疑問を抱かざるを得なかった。



「製作にあたり、僕たちは観客を陪審のように扱うよう心がけました」と、放映20年目にあたってバーリンジャー氏はこう述べている。「全ての疑問に答えを提示するのではありません。自分の考え方を他人に納得させるには、こうした公平なやり方で、観客に判断をゆだねるのが一番です。映画には(エコールズの)有罪に疑問を抱かせる場面が多数登場します……映像を見ていただければ、彼らが公正な裁判を受けられなかった、あるいは彼らが無実に違いないという結論に誰もが達するはずです。製作側としても、他の作品よりずっと力強く、説得力のある体験ですよ……感動的で、非常に意欲が湧きました」


特に怒りを露わにしたミュージシャンたち

3人の音楽の嗜好が殺人の引き金になったという説に、ミュージシャンたちは特に激しくいきり立った。『Paradise Lost』は本編にメタリカの楽曲を使用し、ラーズ・ウルリッヒはローリングストーン誌にこう語った。「それが俺たちにできるせめてものことだった。彼らは社会の規範から外れたアウトサイダーだったんだ。彼らの気持ちが痛いほどよくわかるよ。俺たちみんながそうさ」

パティ・スミス、ヘンリー・ロリンズ、トム・ウェイツ、オジー・オズボーンらも3人を支援した。ロリンズはチャリティーコンサートを企画したり、2002年にはイギー・ポップとレミー・キルミスターと組んで、コラボレーションアルバム『Rise Above:24 Black Flag Songs to Benefit the West Memphis Three』をリリースした。

「裁判はあまりにひどいものだった」と、ロリンズはローリングストーン誌に語った。「気がつけば明け方3時30分に、ダミアンのことを考えていることがよくあった。ひょっとしたら自分だったかもしれないんだ。彼と同じレコードを持っていたし、俺も不満を抱えたティーンエイジャーだったからね」 。さらにロリンズは2005年までに、DNA検査の資金として10万ドルの募金をかき集めた(明らかに3人を殺人と結びつけるDNAの証拠はなかった――ロイター通信によると、DNAは3つの身元不不明者のものと一致した)。

2010年になる頃には、ジョニー・デップなどさらに大勢のミュージシャンや有名人が活動に加わった。メインズとヴェダーは、スミスやデップと共にリトル・ロックのチャリティコンサートでヘッドライナーを務める一方、ヴェダーは2人の弁護士スティーヴン・ブラガ氏と共に働きかけ、事件の再捜査を求めた。

新たなDNAの証拠が見つかる中、3人の弁護チームは2011年、全員が司法取引に応じることを条件に3人の釈放を勝ち取った――その代わり3人は無罪を主張しつつも、有罪を認めなくてはならなかった。

「決して完全勝利ではありません」と、当時エコールズはこう述べた。「ですが少なくとも、ある部分では踏ん切りをつけることができました。この先、新しい証拠を持ち出すこともできるし、これまで同様に調査を続けることもできる。汚名を晴らすことだってできます。唯一の違いは、刑務所に閉じ込められた状態ではなく、刑務所の外でそれができるということだけです」
3人の釈放は間違いなく、犯罪ドキュメンタリーの次の10年の方向性を定めた――しかるべき組織がいれば、冤罪で有罪となった人々にも希望の道が残っているのだと。映画製作者や著名人、活動家らはみな、次のウェスト・メンフィス3探しに奔走した。運悪く間違った場所にたまたま居合わせたがために、無実の罪を着せられたごく普通の人々を。


その2
2014年:『Serial』

いろいろな意味で、ウェスト・メンフィス3のような事件への関心からアドナン・ムサード・サイアード――2014年にブレイクしたポッドキャスト『Serial(原題)』の主人公――への関心が芽生えた。尤も、サイアードは現在も有罪のまま、刑務所で服役中だ。1999年、当時10代だったサイアードは元恋人のヘイ・ミン・リーさんを殺したとして有罪となった。だが本人は今も無実を主張している。

全12話のポッドキャストで、司会を務めるサラ・ケーニヒ氏とジュリー・スナイダー氏の2人はリーさん絞殺の引き金となった出来事とサイアードの関与を徹底調査。それがきっかけで2014年、再び事件は注目を浴びるようになった。特に、2人はエイジア・マクレーンという目撃者に取材している。彼女はリーさんが殺された時間帯にサイアードを高校の図書館で見かけたと主張したが、ポッドキャストによると、サイアードの公判では事情聴取を受けていなかった。さらにポッドキャストは、最初の弁護士クリスティーナ・グティエレス氏の力量も疑問視した。同氏は2004年に他界している。

『Serial』が武器としたストーリーテリングの手法、つまりリアルタイムで調査の途中経過を報告するという手法は、これ以降標準となった。関係者が新たな手掛かりに遭遇したり、どこからともなく目撃者が浮上したりするため、リスナーは毎週木曜朝にエピソードが更新されて初めて、調査の進展を知るのだ。

語り口穏やかで、感情の起伏も激しくないサイアードにも固定ファンがついていた――釈放を訴えるTシャツやChange.orgでの署名活動、彼の苦境に関する数えきれない記事。ポッドキャストにより事件への関心が十分高まったため、サイアードの新たな弁護団は再審理を申し立てた――申し立ての根拠として、グティエレス氏がマクレーン氏を証言台に立たせなかったゆえに、有能な弁護人を立てる権利が奪われた、と述べた。

2016年、事件にいくつか進展が見られた。メリーランド州の裁判所は再審を命じ、メリーランド州特別控訴裁判所もこの裁定を支持した。ところが2019年3月、控訴裁判所は裁定を撤回。同年11月、メリーランド州最高裁判所はこの判断を支持した。

サイアードの弁護士ジャスティン・ブラウン氏曰く、戦いを諦めたわけではないという。「これまで2つの裁判所が再審は妥当だと言っていたのに、メリーランド州の最高裁がそれを覆した。開いた口が塞がりませんね」と、同氏は公共ラジオ放送NPRに語った。サイアードの運命はさておき、彼の物語のおかげで――ケーニヒらの想像力豊かなストーリーテリングの手法も併せて――ポッドキャストに犯罪ドキュメンタリーというジャンルが確立するに至ったのだ。


その3
2015年:『殺人者への道』

去る10月、キム・カーダシアン・ウェストによって話題となったのが、Orange Crushとジョン・シナとキャットウーマンをこよなく愛するウィスコンシン州の30歳、男性ブレンダン・ダシーだ――彼は17歳の時に、殺人と性的暴行で有罪判決を受けた。ウェストはウィスコンシン州のトニー・エヴァーズ州知事に手書きのメモをリツイートした。メモにはダシー本人が自分のお気に入りを列挙した上で、恩赦を求めていた。「エヴァーズ州知事、どうかこの手紙を読んでください」と、リアリティ番組のスターはエヴァーズ州知事――そして6220万人のフォロワーに訴えた。

殺人者とセレブの奇妙な取り合わせを生んだのは、2015年のNetflixシリーズ『殺人者への道』。全米1900万人の視聴者が安楽椅子探偵へと化した、犯罪ドキュメンタリー番組だ。



『殺人者への道』は、有罪判決を受けた殺人犯スティーヴン・エイヴリーとブレンダン・ダシーを中心に展開する。エイヴリーは無実の罪で20年間服役した後――テレサ・ハルバックさん殺害で有罪となり、結局塀の中へ逆戻りした。ハルバックさんは自動車専門誌Auto Trader Magazineのカメラマンで、エイヴリーが所有していたビンテージカーの撮影に訪れていた。

エイヴリーの甥であるダシーは、ハルバックさんを襲う叔父に手を貸したとして有罪となった。2シーズンで構成された番組はやや一方的な見方に偏っており、エイヴリーとダシーは卑劣な地元警察の犠牲者として描かれていた。2010年中頃、警察に対する世間の批判が徐々に高まり、視聴者は警察を悪者だと決めてかかろうとしていた。

とはいえ、エイヴリーと彼の仲間は必ずしもドキュメンタリーがほのめかすような悲劇の人物ではない。USAトゥデイ誌によれば、ドキュメンタリーにはエイヴリーの罪を示すいくつかの細かい点が抜け落ちていた。まず、ハルバックさんの車にはエイヴリーの汗が付着していた。ハルバックさんはかねてよりエイヴリーが怖いと上司に語っていたにも関わらず、エイヴリーはハルバックさんが彼の愛車の写真を撮影するよう強く言っていた。さらに彼の自宅付近から、ハルバックさんの所持品が発見された。そして必死の努力にも関わらず、エイヴリーは一度ならず再審請求を却下されている。

ダシーに関しては、事情はやや怪しげだ。自供当時彼は10代――同年代の若者よりもやや精神年齢が低かった。多くの人々が、彼は警察にハルバックさん殺害を幇助したと自供させられたのだと考えた。CNNによると、彼はのちに自供を撤回し、2つの連邦裁判所は釈放または再審を提示した。だが結局裁定は覆され、最高裁判所も審理再開を却下した。


その4
2016年:『アマンダ・ノックス』

タブロイド紙の犠牲者から一転、非営利団体イノセンス・プロジェクトの代弁者へ。アマンダ・ノックスの物語は犯罪に固執する我々のダークな一面に鋭いメスを入れた。釈放後、濡れ衣を着せられた人々のために活動したいと思った彼女の熱意は、自分の言い分を主張する新たな方法を編み出した。

2016年のNetflixのドキュメンタリー『アマンダ・ノックス』で描かれている通り、ノックスのルームメイトだったメレディス・カーチャーさんは2007年、イタリア留学中に殺害された。ノックスは恋人のラッファエレ・ソレチトと共に殺人で有罪となり、4年近くイタリアの刑務所に服役した後、2011年に釈放された。再審が行われ(その間ノックスはアメリカ在留が認められた)、2015年に無罪が確定。知人のルディ・ゲーデが真犯人として有罪判決を受け、懲役16年で現在服役中だ。



ジェニファー・レヴィンさん同様――1986年の”プレッピー殺人事件”の被害者――実際にノックスは誰も殺してなどいないにも関わらず、外見と性に奔放な振る舞いゆえに悪者扱いされ、くだらないMySpaceのユーザー名を茶化して”フォクシー・ノクシー”というニックネームで呼ばれた。「あの子は左右別々の靴下を履いちゃうくらい、ちょっと頭が悪いのよ」と、友人のマディソン・パクストンは2011年にローリングストーン誌に語っている。「私だったら、彼女を表現するのにセクシーって言葉は使わないわ」 。『アマンダ・ノックス』では殺人事件そのものよりも、メディアでのノックスの描かれ方に恐怖が潜んでいる。

マスコミでの扱われ方にも関わらず、無罪放免となったノックスはあえて世間の目から逃れることをせず、代わりにイノセント・プロジェクトと一緒に活動する道を選んだ。「信じていただけないかもしれませんが、弁護士さんが大勢いる部屋にいるとすごく安心するんです」と、2017年に行われたウェストサイド弁護士会のセミナーで彼女は言った。「確証バイアスやフェイクニュース、エコーチャンバー現象に世間の目が向けられるようになる以前は、これらは私たちの問題でした。刑事司法制度に携わる皆さんのような方々と、私のような当事者しか問題に思っていなかったのです」


その5
2018年:『Ill Be Gone in the Dark』

故ミシェル・マクナマラ氏の2018年の著書『Ill Be Gone in the Dark(原題)』は、犯罪ドキュメンタリーブームを次の段階に導いた。安楽椅子探偵が指揮を執り、ある程度まで迷宮入りしていた事件を解決するようになったのだ。

マクナマラ氏は、彼女がゴールデン・ステイト・キラーと呼ぶ暴力的な犯罪者の裁判にのめり込んでいた。この男は1974年から1986年にかけて、カリフォルニア州で少なくとも12件の殺人と50件の強姦、100件の強盗を働いたと見られていた。

マクナマラ氏は何年もかけてこの犯罪者について調べ上げ、いくつも記事を執筆し、そしてついに1冊の本を書き上げた。この本は数々の犯罪について徹底的に、それでいて不思議なほど美しく描写している。2016年、本の完成を前に彼女はこの世を去ると、アシスタントだった捜査報道ジャーナリストのビリー・ジェンセン氏と夫のパットン・オズワルト氏が本を上梓した。

本が出版されてからわずか数カ月後、一連の殺人事件の容疑者が逮捕された。カリフォルニア州出身の74歳の元警官、ジョセフ・ジェームズ・ディアンジェロだ(彼は無罪を主張している)。元刑事のポール・ホールズ氏は90年代以来ずっとゴールデン・ステイト・キラーの足取りを追ってきたが、科学捜査の新技術――すなわち、DNAデータベースからで殺人犯の近親者と思しき人々を検索し、系図学の技術を応用してDNAが一致しそうな人物を突き止める――のおかげで、警察と共に容疑者を捕らえることができた。

逮捕の後、ホールズ氏とジェンセン氏はタッグを組んで『The Murder Squad』というポッドキャストを立ち上げ、マクナマラ氏の遺志を引き継ぎ、鋭い視点を持ったリスナーの助けを借りながら未解決事件の解明に挑んでいる。「僕は一般市民が……過去の未解決殺人や暴力事件、行方不明者などの解明のお役に立てると心から信じています」と、ジェンセン氏は自著『Chase Darkness(原題)』の中で述べている。

他にも――1992年に学校教師を殺害したDJから、1988年に8歳女児を殺めた殺人犯に至るまで――DNAや系図学を犯罪捜査に応用して容疑者を特定し、有罪に持ち込んだ事件は多々ある(あまりに頻繁に使われるようになったので、司法省は警察の使用を制限する新たな規定を策定しなければならなかったほどだ)。

マクナマラ氏の『Ill Be Gone in the Dark』の出版により、安楽椅子探偵が事件解決に一役買えることが示された。だが本の出版以降、何よりも大きな功績となったのは彼女の直感――インターネット上のDNAデータベースがときに迷宮入り事件の解決を可能にするという、彼女の直感かもしれない。