大手の老舗和菓子店に勤務し修業を積んだのちに、独立して東京都大田区に「wagashi asobi」をオープンさせた稲葉基大さんと浅野理生さん。番外編では、和菓子の会社に勤務していたサラリーマン時代と独立してからの両方の視点から、和菓子職人のリアルな働き方について語っていただきました。

■こだわりは、人とのつながりを大切にすること

―― 仕事中にこだわっていることはありますか?
 
稲葉:良い材料にこだわるというのは当たり前のことなのですが、本当に良い素材にたどりつくことが、なかなか難しいものです。良い素材を使わせていただくために、人と人とのつながりを大切にしています。

現在、wagasi asobiで使っている抹茶の粉は、幼稚園時代の同級生のお父さんがお茶のお店をされていたので、相談して手に入れたものです。ちょうどご家族が、抹茶で有名な愛知県西尾でお茶を作っていたので、その抹茶を送っていただくことになりました。

浅野:本当に損得勘定ではなく気持ちのつながりとか、楽しい時間を一緒に過ごしたご縁とか、そういったリアルな人と人との関係に、独立してから助けられている気がします。損得勘定で判断すると、ミスが起こりかねません。意思疎通がうまくいかないと、なかなかいい結果にはつながりませんね。
 
 
―― 働くときに気を付けていることはありますか?

浅野:和菓子づくりで使う材料をしっかり選ぶことはもちろんですが、自分自身で食べるものも、気を付けて選ぶようになりました。体調管理も大切なので、添加物が入っているものは、極力選ばないようにしています。

稲葉:なるべくおいしいものを食べるようにしています。「一流のもの」を食べるお客さまの目線や味覚を知ることが大事と考えているからです。自分自身が、トレンドの味を知らないと、お客さまを喜ばせることもできないからです。

■和菓子職人もいろいろな人と交流して自ら発信を

―― 和菓子業界の「あるある」なことはありますか?

稲葉:一般的に和菓子職人の仕事は、朝が早いんです。始発で出勤して、夕方4時~5時には帰るというような生活です。また、お盆と年末年始は繁忙期なので、休むのが難しいかもしれません。すると、世の中の人との生活リズムがズレてしまいます。若いときは、家族や友だちと、時間を合わせにくいと感じることがあるかもしれませんね。


―― 和菓子業界で働いている人は、どんな人が多いですか?

浅野:洋菓子の業界に比べると、内向的な人が多い気がします。繊細な部分を持っている人が多いのでしょうか。

稲葉:これは、私としても少し悔しいと感じている部分なのですが、和菓子という世界に閉じこもることなく、いろいろ発信してもいいのではないかと思っています。いろいろ発信しているパティシエは人気がありますよね。パティシエになりたいという人は多いのに、和菓子職人は目指す人も減っているように思います。自分が職業としてやってきたことが過小評価されているようにも感じています。同じ気持ちの職人さんは多いのではないでしょうか。

和菓子の会社に勤めていたとき、ニューヨークのお店に異動になりました。海外で和菓子を作りながら、いろいろなことを経験して、和菓子はまだまだ伸びしろがあると感じました。もっとおもしろいことができるという自信もありました。

帰国後、アーティストなどの方々と古民家を借りて、お茶会イベントを開催しました。いろいろなことをアピールされていて、多くの人たちと関わり、アピールすることの大切さを感じました。職人は良いものを作っておしまいではなく、外へ発信する力も必要だと思いました。


―― 一般の人に言うと驚かれる業界の常識はありますか?

稲葉:和菓子は歴史がとても長いので、道具の名前は面白いですよ。ようかんを流す入れ物は「船(ふね)」と呼びます。あんこをかき混ぜる大きなしゃもじは「エンマ」、泡立て器のことは「ホタテ」と言う人もいます。

浅野:関西と関東のお店によっても、少し違いはあるのかもしれませんね。また、数の数え方も、独特かもしれません。らくがんを作る木型の数え方は「一丁(いっちょう)」です。ようかんは、「一棹(ひとさお)」と数えます。

■和菓子もアイデア次第でさらにおもしろくなる!

―― この業界にいるからこそ知ったことはありますか?

稲葉:和菓子の道具は、値が張るものが多いです。木型も、銅の鍋も、和菓子専用のものを注文すると、開業する初期費用に大きく影響するくらいの価格です。

浅野:しかし、和菓子をつくるのだから、この道具を絶対に使わなくてはならないという決まりはありません。アイデア次第で柔軟に対応できると思います。

例えば、らくがんをつくる木型は、チョコレート用の型でも代用できます。実際に作ってみたら、スタイリッシュな模様のらくがんができあがって、商品の型としてそのまま採用しました。ようかんもパウンドケーキ用の型が使えるなと思い利用しています。今では他のお店もまねして使っているところもあります。そういうアイデアを気に入って、お店にお菓子を買いに来てくださるお客さまもいらっしゃるので、おもしろいですね。

―― 今後の目標を教えてください。

浅野:前向きな「現状維持」が目標です。現状維持は怠けているように聞こえるかもしれませんが、実はすごく難しいと思っています。誰もが知るような世界的に有名なブランドや百貨店とのビジネスができることもうれしいですが、この商店街の奥まった入りにくいお店まで、買いに来てくださるお客さま、一人一人とのつながりは、それこそ「奇跡」だと思っています。だから、毎日、地道にようかんとらくがんをつくって、また買いに来てもらえるように、明るいご挨拶を交わしながらお見送りをすることを続けたいと思っています。そういう意味での前向きな現状維持を続けていきたいです。

稲葉:私は、先輩たちに導かれてここまで来ることができました。これからは、社会貢献もしてきたいと思っています。前の世代に恩返しをする、次の世代に役に立てることをしたいです。若いころは、自分の技術や夢をかなえることが仕事だと思っていたのですが、最近、誰かのためになることが自分のためになると気付きました。自分だけ良ければいいのではなく、その先に、喜びあえる誰かがいてくれたほうが、仕事は楽しいですね。
 
 
本当に好きなことを仕事に選び、伝統の枠にとらわれることなく自由に働くお二人の様子が印象的でした。和菓子店に就職して技を磨く職人さんと、独立して自分のお店を持つ職人さんでは、同じ和菓子職人という職業でも立ち位置が大きく変わりそうです。和菓子職人になりたいと思っている人は、いろいろなお店を見て、自分にあった和菓子職人のスタイルを探してみてはいかがでしょうか。
 
 
【profile】wagashi asobi 稲葉基大、浅野理生