34年かけてポルシェ911を再生させた人物がチューニングにのめり込んでいくまで

これは、34年をかけ「疲れ果てた」姿からサーキットマシンへと進化したポルシェ911の続きです。

初期型911Sレジストリーは、文字通り初期型911S の所有者履歴を記録する活動を行っていた。立ち上げメンバーだったカップルが抜けることになり、8人の有志が立ち上がった。8人はそれぞれが得意とすることを初期型911Sレジストリーで役割分担し、ジョンはカメラマンを務めることになった。ヒストリックカーインベントで面白いポルシェを見つけると、写真撮影と取材をするのがジョンの役割だった。そして、取材で出会う人々からチューニングのインスピレーションやアドバイスを受ける機会に恵まれ、おのずとチューニングにのめり込んでいった。

すべての写真を見る

「クルマに慣れ、私の腕も少し上達し、タイヤの性能も日進月歩で向上していくと、やがてトーションバーの強度不足を感じるようになりました。特にリバーサイド・レースウェイの6番コーナーでは、イン側フロントタイヤがリフトするようになったのです。そもそもは縁石に乗り上げても走れるようなセッティングだったのですが、フロントを24 m m から26mmへ、リアを26mmから30mmへと太くし、スタビライザーも強化してみました。すると二つの結果が出ました。案の定、縁石に乗り上げられなくなったのと、ラップタイムの向上でした」
 
チューニングを施し結果がついてくると、さらにチューニングの深みにはまってしまうのは致し方ない。ライフルの命中精度を上げるために用いられる低温加工と同じものをブレーキディスクに採用し、トーションバーは単に太くしただけでなくエレファントレーシング製ブッシュを組み合わせた。スタビライザーには、調整可能なスプリングプレートを組み合わせ、理想の荷重移動を追求。ルックスにも気を使い、履いているタイヤこそ違えどサーキット走行専用ホイールも、公道走行のホイールも同じ7×15インチを装着する。


 
エンジンをオーバーホールしなければならなくなった際は、絶好のチャンス到来とばかりに2.2ℓ用の高圧縮型ピストンとシリンダーをキープしながら、2.4リッター用のクランクシャフトに入れ替えた。昨今、サーキットでも騒音規制が求められるなか、存在感を残しながらも爆音過ぎないエグゾーストシステムを特注。これにより最高出力は少なく見積もっても220bhpに達しているという。
 
高回転域を多用するサーキット走行は過酷で、機械式燃料噴射装置のオイルシールをブローしてしまうことがある。そこでジョンはエンジン左側のカムカバーにオイルのドレインラインを追加し、オイルクーラーは近年のマツダ車のものに交換。また、コーナリング中におけるオイルの偏りを防ぐバッフルプレート付き10リッタータンクを装着した。


 
34年間の月日が流れると、レースの安全基準も変わっていく。911Sの内装にはオリジナルの部品はほとんど残っていない。FIA基準を満たしたロールケージ、シートやハーネスは真新しく、カーステレオが収まっていた場所にはスイッチパネルが配されている。ワイパーのステー部分のひとつは電源のキルスイッチになり、かつてアンテナが収まっていた場所は自動消火器のスイッチへと変更されている。
 
ジョンの911Sはサーキットでこそほぼ無傷だったが、公道では追突事故に遭遇した。けがもなく前向きだったジョンは、これを好機と捉えて剥離塗装を敢行。5カ月を要したが、現在でも15年前に再塗装したとは思えない美しさが保たれている。リアに装着しているRSダックテールは、20 年前に150ドルで購入したという。それ以外のパーツはレースに必要なものを揃えていった結果であり、特段"レースマシンらしく"仕上げたのではない。



カーナンバーのデカールも剥がすのが面倒でそのままにしておいたら、いつの間にかこのクルマのアイデンティティと化した。ダッシュボードに自身の名前が貼ってあるのは動画編集の際、インカー動画の素材が誰の車両から撮影されたものか識別しやすくするためのもの。このクルマはサーキットを走るためにコツコツ、チューニングが施された車両で伊達ではない。ただ、最近はサーキットからは縁遠くなったと漏らす。

「8 年くらい前から急激に状況が変わりました。911の価値が高騰し始めたのと、私が年を重ねたせいかライバルたちの走りがアグレッシブに感じられるようなってきました。いつしかサーキット走行への情熱もトーンダウンしてきたことは否めません」
 
だが、ときおりタイムトライアルには参戦しているし、街中で911Sに乗ることを楽しんでいるという。かつて、ただの古いスポーツカーだった911Sかもしれないが、34 年の歳月をかけてアメリカでは伝説的なレースマシンとしてその存在が知られるようになった。もちろん、ジョン自身もポルシェチューニングの"生き字引"として、アメリカで彼の存在を知らないものはいない。