マイルス・デイヴィスと車│1972年に起きたランボルギーニ・ミウラでの事故

モダンジャズの帝王とも呼ばれる、アメリカ出身のジャズトランペット奏者 マイルス・デイヴィスは車マニアとしても知られていた。彼自身が創る音楽が、クール・ジャズやヒップホップ・ジャズ、エレクトリック・ジャズ、モダン・ジャズなど多彩だったように、車の趣向もランボルギーニ、フェラーリ、メルセデスベンツ、ジャガーというように様々であった。

その中でも特に、ライムグリーンのランボルギーニ・ミウラを気に入っていたそう。ある日、そのミウラで両脚を骨折する事故を起こしたときのストーリーを紹介しよう。いかに彼が車を愛していたのか分かるだろう。

マイルス・デイヴィスが、ミウラで時速100kmを出して走っていたときに直角で曲がろうとしたところ、ターンがうまくいかず、標識に激突しグリーンの破片が飛び散った。レザーパンツを履いていたが、骨が見えるほどの傷を負い、ひどい出血もしていた。デイヴィスが居眠り運転をしていたために事故が起きたという話しもあるが、助手席にいた人物の証言によれば眠っていなかったという。

事故が起き、脚から血を流すデイヴィスが発した第一声は、”車は完璧に壊れてしまったか?”という言葉だった。それに対し、同乗者が"壊れてるよ"と返したところ、"見に行かなきゃ"と急いで外に飛び出そうとしたのだ。そこで、脚が折れているからとにかく止血をするようにシャツを渡したそう。



この1972年に起きた事故によってマイルスは手術を重ねることになり、後遺症に苦しんだという。その後も様々な要因が重なり、体調は悪くなっていく一方だった。1975年には音楽活動を続けられる状況ではなくなり、彼のキャリアに約6年間の空白期間ができる。世間で様々な噂が飛び交う中で、1981年に突如復活を遂げたのだ。その後も音楽活動を続け、人々の記憶に素晴らしい演奏を刻み、1991年に65歳でこの世を去った。

事故に遭ったランボルギーニはといえば、もちろん廃車となったが、"ランボルギーニなしには生きれない"とすぐに別のランボルギーニを購入したというのだから、その情熱には驚かされる。この事故なしには生まれなかった曲の数々が存在するに違いないことを考えると、ミウラとデイヴィスは運命でつながれていたのだと思える。