市民科学の事例について、これまで未来館の科学コミュニケーターがいくつかご紹介してきました(マイクロプラスチック、マルハナバチ、雪の結晶、銀河の分類 *URLは文末)。

今回は特に、生き物の分布やその変化について市民の力で継続的に調べる取り組みに注目します。市民によってどのような取り組みがなされているのでしょうか。この分野にご精通の小堀洋美氏にお話を伺いました。

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axeiz ©123RF

1.市民による生き物調査の事例

小堀氏は、生き物の現状を把握するためにその地域に住む市民が提供する長期的なデータはとても重要であるといいます。そして、最近はインターネットやスマートフォンを活用することで、容易に市民が参加できるようになり、集まる情報も飛躍的に大きくなってきていると、この取り組みのさらなる発展に期待を寄せています。

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小堀洋美 氏

一般社団法人 生物多様性アカデミー 代表理事

東京都市大学 特別教授

国内外で取り組まれている具体的な事例をいくつかご紹介いただきました1)。まずは、長い歴史をもち大規模におこなわれている米英の事例を紹介します。

■ Nature's Calendar(英国)

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出典:WOODLAND TRUST Nature's Calendar HP 2)

植物、鳥、蝶、カエルなど指定された生物について、植物の開花や渡り鳥の飛来など、身近な自然に起こる季節変化のサインを市民が記録して報告する活動です。市民は近くの公園や自宅の庭、いつもの散歩道などふだん自分が訪れる環境を対象範囲として、記録写真をとり、位置情報とともに専用のサイトに投稿して記録します。この活動の起源は1736年に遡り、200年を超える長期間の観察記録をつくっていくことができます。集まったデータは世界中の研究者が利用可能で、温暖化などの気候変動が自然界にもたらす影響をさぐることなどに活用されます。

■eBird(米国)

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出典:eBird HP 3)

世界中のバードウォッチャーからの報告を統合して公開することで、研究や環境保全、教育に生かそうという取り組みです。鳥を観測した市民が、専用サイトに写真や鳴き声と位置情報を提供します。毎月500万件の観察報告があり、これまでに90以上の論文にこの活動で集まった記録が活用されているそうです。アメリカのみならず世界中の報告があり、その結果が公開されています。日本での観察例を投稿して、参加することもできます。

続いて日本での取り組み事例をご紹介。歴史ある活動もあります。

■ウミガメ調査

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出典:NPO法人日本ウミガメ協議会 HP 4)

日本では、沖縄の八重山諸島から福島県までのおもに太平洋側にウミガメの産卵地が点在しています。それぞれの地域で個人や団体が独自に産卵の痕跡調査を続けてきました。産卵回数や上陸回数などの観測は、カメの個体群の大きさの推定や変動パターンの理解に役立てられます。特に徳島県の日和佐と蒲生田における調査は1950年代にはじまり、世界でも最も長く継続されている調査です。

■タンポポ調査

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出典:タンポポ調査実行委員会 5)

タンポポの種類を調べることで身近な環境に目を向けてその現状を知ろうと1975年に大阪で呼びかけられて以来、全国各地で環境について知ろうとする市民参加の「タンポポ調査」が続けられてきました。結果は報告書にまとめられ,各地域による外来種・在来種・雑種の分布状況の違いなどが明らかになりました。2020年の3月から新たに野外調査を行うようです。

■環境省「モニタリンサイト1000」

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出典:環境省「モニタリングサイト1000」 6)

環境省によるこのプロジェクトでは、森林、里山、湖沼、砂浜などをフィールドに全国1000ヶ所程度のモニタリングサイトを設置し、環境や生き物に関する基礎的な情報を長期にわたって収集継続しています。日本列島の多様な生態系の現状とその変化を調べることで、自然環境の質的・量的な劣化を早期に把握しようというもので、調査の担い手として、専門家とともに多くの市民が参加しています。例えば関東地方のモニタリングサイトはこちら。

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調査の結果をHP上で詳しく確認できます。今年の11月に取りまとめられた全国の「里地調査(2008年~2017年)」の結果からは、里地に生息する生き物の数が急速に減っていることがわかり、その減少率はおよそ、ノウサギ:6%/年、オオムラサキ:16%/年、ミヤマカラスアゲハ:31%と、里地の自然が劣化している現状がわかりました。

ご紹介した3つの事例の他にも、生き物を調査する魅力的な市民科学が日本で行われています。例えば、京都では古くから桜の満開日が記録されており、その期間はなんと1200年間以上。この記録は、世界で最も長く続けられているもののひとつであり、過去から現在にいたる気候の変動を理解する貴重な資料となっています。自分のつけた記録が、100年後や1000年後に、気候変動を知る手掛かりに使われるかもと思うと、なんだかわくわくしてきますね。

2.市民活動で蓄積されたデータが新たな知見につながることも

市民の活動で集まった生き物の分布やその変化に関するデータは、どのように研究に活かされるのでしょうか。ここでは、小堀氏自身が取り組んだ研究7)をご紹介します。

小堀氏は、市民活動による野鳥の観察記録から、都市部の気温上昇が渡り鳥にもたらす影響を明らかにしました。

横浜市自然観察の森では、市の職員と日本野鳥の会の会員を中心とした市民による野鳥観察が行われ、毎日どんな鳥が来ているか記録をしています。その始まりは1986年、20年以上の観察記録が蓄積されていました。小堀氏は1986年~2008年(23年間)の記録を活用し、越冬のために横浜へ毎年やってくる6種の渡り鳥に着目して、気温の変化と越冬期間の関係を調べました。

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小堀氏が注目した6種の渡り鳥

その結果、1986年からの23年間で、6種の渡り鳥が横浜を訪れる時期は約9日遅れ、横浜を離れる時期は約21日早まり、結果として、横浜に滞在する期間が約1か月短くなっていることが明らかになりました。そしてこの変化は、23年間で約0.9℃上昇していた横浜の平均気温と関係があることも分かりました。つまり、気温が上がったことで、渡り鳥は越冬地である横浜に長く滞在する必要がなくなっていることがうかがえます。


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渡り鳥が横浜に滞在する日数と横浜市の平均気温の変化(23年間)

出典:Hiromi Kobori et al.(2016)に掲載の図を改変

さらに、北海道と福岡でも類似の調査を行ったところ、横浜と同様の結果が得られたそうです。このような、温暖化による渡り鳥の影響を調べた研究はアジアでは少なく、特に、越冬するためにその地を訪れる鳥を対象としたデータがなかったので貴重な成果となりました。

この成果について小堀氏は、市民活動で蓄積されたデータの重要性をあげています。23年間もの長期にわたり蓄積された野鳥の観察データは少なく世界的にとても貴重であり、このデータを研究者だけで集めることはとても難しいといいます。そして、今回の野鳥の観察データの他にも、全国には市民活動により集められた生き物に関する様々なデータがあるはずで、それらが埋もれることなく、研究成果として活用されることが期待されるといいます。

3.誰もが気軽に生き物の分布を報告できる仕組みも

情報技術が進んだ今、もっと気軽に、自分が発見した生き物の記録を報告し世界中で共有できる仕組みとして「iNaturalist」8)の紹介が小堀氏からありました。参加者はスマホなどで撮影した生き物の写真と位置情報をサイト上で報告するだけ。世界中のあらゆる地点で報告された野生生物の発見情報をマップ上で閲覧することができます。なお、参加者は自分が撮影した生物の種名がわからなくても大丈夫で、画像をもとにAIが候補の種名を提示してくれます。また、各参加者から投稿された画像と種名の報告は、他の複数の参加者(有志のキュレーターなど)によって確認され、より正確に種名が同定されていきます。

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出典 iNaturalist HP

iNaturalistは2008年に米国で大学院生が開発したものが世界中に広まり、2019年12月時点で、約110万人が参加、約3000万件の観察記録が寄せられているそうです。集まったデータの質の保証として、まず、AIを用いて投稿記録の中で野生動植物でない画像や位置情報がないデータなどを削除します。さらに、2/3以上のキュレーターメンバーが同意したものは、研究用グレードと認定されまる。特にこの研究用グレードのデータはオープンソースデータとして研究などにも活用され、「GBIF(地球規模生物多様性情報機構)」9)という世界の生物多様性情報を共有する国際的なプロジェクトのデータにも登録されるそうです。

科学コミュニケーターの宗像もこのサイトを利用してみました。実は夏場になると未来館周辺の植え込みから「ムシャ ムシャ...」という音が聞こえることがあります。なんだろうと思っていましたが、ある日よく見てみると、この虫がみんなで葉っぱを食べていました。その数があまりに多いので音が聞こえていたのでした。

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恥ずかしながら、この昆虫の名前を知らなかったのですが、まずは写真を撮り位置情報とともにiNauralistに投稿してみました。AIからの提案と参加者からのご指摘でどうやらアオドウガネという昆虫のようで、私のほかにも報告記録がいくつも上がっていました。

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また、元々アオドウガネは南の方に分布する昆虫でしたが、このところ分布域が北上しているようで、その分布調査の報告もありました10)

確かに、iNaturalistはとても気軽に生き物の発見報告ができる仕組みでした。

一方、iNaturalistの懸念として、小堀氏からは「このサイトに参加している日本の研究者が少ないため、市民から報告された日本特有の生き物を間違って種同定してしまう可能性がある」という話がありました。また、生き物の発見情報を簡単に公開することがはらむ課題を未来館の科学コミュニケーターで考えてみたところ、特に希少種や価値のある生き物の発見報告が悪用され、乱獲によりその地域の貴重な種の減少や絶滅につながる可能性もあるという意見がありました。小堀氏からは、iNaturalistでは、IUCN(世界自然保護連合)のレッドリストに記載されている絶滅危惧種は公開されない配慮がされており、IUCNのレッドリストに記載されていない日本の希少種については、今後同様な対応をする検討が始まっているとのことでした。現在は、iNaturalistを用いて日本の地域を対象としたアプリを作成する際には、対象地域の希少種の情報を提供するなどの注意喚起が必要があるとのことでした。

寒い季節が終わると、生き物の活動が活発になり観察に適した時期になります。

みなさんも、身の回りの生き物を調査してみませんか。

参考

未来館の科学コミュニケーターが紹介してきた市民科学事例

・マイクロプラスチック https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20190809post-870.html

・マルハナバチ https://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20190821post-872.html

・雪の結晶 https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20190918post-875.html

・銀河の分類 https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20191227post-887.html

1) Hiromi Kobori et al. Citizen science: a new approach to advance ecology, education, and conservation

Ecological Research. Volume 31, Issue 1, pp 1-19, January 2016

2) Nature's Calendar HP https://naturescalendar.woodlandtrust.org.uk/

3) eBird HP https://ebird.org/home

4) NPO法人日本ウミガメ協議会 http://www.umigame.org/

5)タンポポ調査実行委員会 http://gonhana.sakura.ne.jp/tanpopo2020/index.php

6) 環境省「モニタリングサイト1000」 http://www.biodic.go.jp/moni1000/moni1000/

7) Hiromi Kobori et al. The effects of climate change on the phenology of winter birds in Yokohama, Japan.

Ecological Research. Volume 27, Issue 1, pp 173-180, January 2012

8) iNaturalist https://www.inaturalist.org/

9) GBIF(地球規模生物耐用性情報機構)https://www.gbif.org/

10) 中野敬一 日本環境動物昆虫学会誌 第23巻 第I号:37 -41 2012



Author
執筆: 宗像 恵太(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
都内中学校の教員として、科学的思考力につながる授業を模索しながら、生徒と理科の授業を日々重ねる。そんな中、「もっと先端科学技術についても一緒に考えたい」、「毎日の理科の授業を科学コミュニケーションの場にしたい」という思いから、その手法を探りに未来館へ。お客さんと先端科学を交えた対話をしながら、自分も成長していきたい。