東京の日本橋にある小さなキッチン「KIWIラボ」。このお店では、科学好きな大人たちが集まっては、ロケットやら、微生物やら、地質学やらの話題と特製料理を肴(さかな)に、美味しいお酒を酌み交わす「科学バー」なる催しが開かれているそうな。
11月のとある夜のテーマは「新型G-SHOCK『GWF-D1000ARR』発売記念 水中ロボットはいかにして進むのか。南極ROVの航法装置はG-SHOCKだった!」。
東京海洋大学で水中探査機を研究している後藤慎平助教授をメインパーソナリティーに、ゲストにはカシオ計算機で商品企画を担当されている牛山和人氏を迎え、ここでしか聞けない深くて長く、楽しくて興味深いお話に参加者一同、マジメに、ときには大いに笑いながら耳を傾けたのでした。ここでは、その様子をちょっとだけご紹介。あなたもグラス片手に、会場の雰囲気を追体験してみませんか?
あなたの知らない水中探査の世界
科学バーで後藤先生がお話しするのは、実はこれがなんと8回目。参加された皆さんも、先生独特の「少々難しい話も半ば強引にわかりやすくしてしまう軽妙な語り口」に惹かれた、海洋調査会社に勤務される専門家から、工作やロボット、時計が好きといった人まで実にさまざま。初参加の人はもちろん、先生の追っかけを自称する人まで、目をキラキラさせた約20名の科学好き大人が集まりました。
さて、後藤先生のお話は「水中探査の基礎知識」から始まります。
後藤先生:人間は、海に潜りたいと何千年もの間ずっと思い続けてきた歴史があります。では、どうやって人間が海中に行くかというと、手段は色々あるんですけれど、さっきお話したように、まず人間そのものが潜っていく潜水。潜水士やレジャーダイビングなどですね。
ただ、水深30mとか、レックダイビングでも40m、50mかな。それより深いところに行こうとすると、特にいわゆる深海って呼ばれる水深200mより深く潜ろうとすると、もう探査機を使うしかない。
後藤先生:皆さんもご存知の「しんかい6500」っていう有人潜水船なんかがそうですけど、これだと免許を取るのにまず時間がかかります。小型船舶一級の免許が必要で、しかも養成に5年ぐらいかかるんです。で、乗れる人間は3人。研究者ひとりとパイロットが二人。最近、ちょっと変わってパイロットひとりになったんですけど、それでも最大3人しか乗れない。
じゃあ、ほかに深海を見る方法はないかというと、ROV(*)と呼ばれるものがあります。カメラが付いているロボットです。海の中に沈めると、そのカメラが捉えた映像がリアルタイムで見える。しかも免許がいらないんですよ。私はこれの免許なんて持ってないですけども、何年も運転しています。ROVなら、免許不要で10,000mまで潜れるんです。
(*)ROV:アールオーブイ、Remotely Operated Vehicle
そのROVになぜG-SHOCKを搭載したのでしょうか。後藤先生のお話は続きます。
後藤先生:ROVは海中に潜ってカメラで映像を撮ります。で、この映像はケーブルを伝って船上のパソコンに送られてくる。電源も船上から送るのが基本です。したがってバッテリーが切れる心配もないし、映像がリアルタイムで送られてくるので調査のタイミングを逃さない。今すぐそこにある生物を撮る。もしかして新種かも? と思ったら、アームで取って持って帰ることもできる。そういうこともできるのがROVの特長です。
じゃあこのROV、水中で自分の位置をどうやって把握しているのか。水中はGPSやLORAN(ロラン:昔使われていた航法)といった電波航法が使えません。電波が通じないんですね、水中ってのは。数十センチ潜ると携帯電話なんて圏外です。
そこで、音波を使って陸上との相対位置、もしくは母船との相対値を割り出しています。大体この辺にいますよっていうのをピコーン、って送ると、船でそれを受信して表示するシステムが搭載されている。ただこれ、深く潜れば潜るほど、ピコーンって音の到達時間の遅延が出てくる。
しかも、このピコーンっていう音には色々なノイズが入ります。船が進む音やクジラの鳴き声も混じるので、場合によっては精度に数百mの誤差が出る。こういう非常に厄介なシロモノを使って、ROVが水中のどこにいるのかっていうのを把握しています。これでは近年流行りの海底資源なんていうものを探すのは、やはり難しい。
後藤先生:最近は宇宙ロケット用の装置、慣性航法装置と呼ばれるものもありますが、1個数千万円する上に、コンピューターで計算して位置を割り出しているから、積分誤差がずっと蓄積されていくという側面もあります。そもそも200万円ほどのROV開発費では、慣性航法装置は積めないんですよ。十分の一程度しか開発費がない。
後藤先生:一般的な水中機器開発っていうのは、どこの研究所も大学もそうなんですけども、市販品を買ってきて組み合わせて、容器の中に入れてるだけです。コツさえ知っていれば、誰でも作れる。
でも、これからお話しするのは、南極探査用のROV。そんな極限環境で使える機械なんて市販されていません。作るしかない。デバイス開発からしないといけないから、なかなか前に進まない。特に解決できなかったのは、方位計と深度計の問題でした。