「震災から3カ月後、気仙沼から届いた吉報」公明党・太田昭宏議員の“現場主義”という信条

「栃木県生まれの眉毛ガール」井上咲楽の政治家対談、今回は、公明党代表や水循環政策担当、国土交通大臣などを歴任してきた太田昭宏議員が登場。代表の座にありながら落選を経験、しかしその年には東日本大震災が……。そのときから変わらぬ太田議員の議員としての“信条”とは。

太田 この連載で、公明党の議員との対談は初めて?

井上 はい、初めてです。

太田 そうか。私が一番の長老だよ。

井上 以前から太田議員はお顔立ちが綺麗だなって思っていました。

太田 ありがとう(笑)。

井上 若い頃はたくさんモテたんじゃないですか?

太田 ……まあ、まあ(笑)。

井上 まあまあってことは、すごいモテたってことですね(笑)。

太田 いえいえいえ(笑)。

井上 京都大学時代は相撲部の主将だったとお聞きました。今もスポーツはされているんですか?

太田 いや、ほとんどしませんね。運動は何かされていますか? と聞かれたときは「選挙運動くらいかな」と答えるようにしている(笑)。

井上 なるほど! 鉄板ですね!

太田 いや、でも、本当に毎日毎日のことだからね。夏はお祭り、盆踊り。最近なら秋の行事で、先日も朝の8時半に板橋区の市場のお祭り、柔道大会の開会式、防災訓練の会合、豊島区全体の消防団の集まり……と8カ所回ったよ。

井上 じゃあ、365日、ほぼ休みがないんじゃないですか?

太田 そうね。僕は休まない。子どもの頃から、ジーッと待っているのが大嫌いなんだ。散髪に行って座っているのもダメだし、相撲を1人で観に行っても仕切りの時間が待てないから、本を読んでいる。

井上 えええ! 無駄な時間が苦手なんですね。

太田 無駄というか、好奇心を持って頭も体も動かしていたいのかな。



井上 ずっと活発に活動している太田議員にとっての息抜きは?

太田 僕はね。人と会うこと、話を聞くこと、本を読み、ためになるようなことを知ること。そういうのが非常に好きだから、その時間が息抜きにもなっているのかな。ただ、人と話をして疲れるってこともないから、じっと休むような息抜きの時間は必要ないのよ。

井上 本はどのくらいのペースで読まれているんですか?

太田 ひと月に15冊くらい。

井上 すごい!

太田 最近、読んだ本は本棚に並んでいるけど、この間、小泉進次郎さんが挨拶にきてね。「最近は何かいい本がありますか?」と。だから、新井紀子さんの『AIに負けない子どもを育てる』を勧めておいた。

井上 進次郎さん、もうすぐお父さんになりますもんね。

太田 それからもう1冊、進次郎さんはカッコいいからね。平野啓一郎さんの『「カッコいい」とは何か』も(笑)。そしたら「あ、平野啓一郎氏はこんなテーマも書いているんですか」と乗ってきた。「『マチネの終わりに』も良かったですね」と言うから、「今度、映画をやるよな。石田ゆり子さんと福山雅治さんで」「そう言えば、『ある男』も面白かったですね」と。内容まで語り始めたから、進次郎さんもかなりの本読みなんだと思いますよ。

井上 今年は大型の台風がいくつも上陸して、各地に大きな被害が出ました。太田さんは国会議員になってからずっと防災対策に力を入れてきたと聞いています。それはどうしてですか?

太田 僕は、京大の土木工学部の大学院で耐震工学を専攻したんだよ。

井上 どうして耐震工学を?

太田 僕が大学に入った昭和39年の6月、新潟地震という大地震がありました。このとき日本で初めて液状化現象が起き、昭和大橋という地震の1カ月前に完成した大きな新しい橋が落ちたんです。その衝撃が頭にあったので、地震の国に住んでいるからこそ研究しようと思い、大学院に残って勉強を続けました。

井上 そのときはまだ政治家になろうと思ってなかったんですよね?

太田 そのときはね。その後、政治の世界に入ってから、耐震工学を専攻した唯一の国会議員として、「安全で、安心で勢いのある国造り」が僕のテーマになっていったわけです。例えば、今回の台風19号では「大雨特別警報」が出ました。井上さんもスマホから警告音が鳴り出して、びっくりしたでしょう?

井上 はい。びっくりしました。

太田 あの特別警報を作ったのは、僕なんですよ。国土交通大臣だった2013年8月30日に運用開始しました。なぜ作ったかと言うと、明らかに日本を取り巻く気象が従来とは異なってきたから。海域によっては海水温が2、3度上昇、温暖化の進行による影響で雨の降り方が変わってきている。



井上 ここ数年、異常気象が多すぎて麻痺してきていますけど、やっぱり昔と比べて全然違うものですか?

太田 台風19号では、大雨特別警報がなんと13都県に出ました。この特別警報は、「注意報や警報では弱い。本当にいまだかつてない大雨だから、逃げないと危ない」という意識を持ってもらうために、作ったもの。それでもほんの5年前は1年に1、2回出るかどうかだった。それも複数の県にまたがるのではなく、単一の県でおさまる大雨がほとんど。

井上 例えばゲリラ豪雨のような?

太田 そうです。もしくは集中豪雨と呼ばれるように、「降雨が局地化、集中化、激甚化している」ことを背景に作った警報でもあったんです。ところが、昨年の西日本豪雨では、岡山、広島、愛媛などの11府県に特別警報が出て、今回は東日本と東北の13都県に及んだ。明らかに風雨の規模がケタ違いになり、暴風雨圏が広く強くなっています。

井上 確かに、「50年に1回の、100年に1回の……」と言葉を毎年聞いているような気がします。

太田 数年を見ただけで災害が激甚化していると言い切るのは早いかもしれない。しかし、防災という観点では、「5年に1回はこういう雨がくる」くらいの覚悟を決めて取り組むべき。次は50年後……ではなく、来年かもしれない、と。こうした認識を広めていくことが重要ですね。

井上 私の地元の栃木県にも特別警報がでましたし、報道で氾濫した河川、ぎりぎり守られた場所の映像を観て、いざというときの備えの大切さに気づいた人も多いと思います。

太田 例えば、八ッ場ダムが効いてよかったな。民主党政権が工事を一旦中止したのが、2009年。これを再び着工、工事を再開させたのは私が国交大臣のときなんです。それがね、本当に良かったと思う。今年の9月にほぼ完成して、10月1日から水を貯め始めたところだったから。

井上 奇跡的なタイミングですね。

太田 利根川の上流には八ッ場ダムを含め、7つのダムがあって1億4500万トンの水を貯めた。そのうち八ッ場ダムは5割強の7500万トンを受け止めたからね。防災対策にはハードとソフト両面が必要で、タイムラインやハザードマップがソフト面ならば、ダムや水門、堤防の整備などはハード面。今後も両面の対策強化を進めていく必要がある。来年は東京オリンピック・パラリンピック。ますます世界から多くの観光客がくるでしょう。そのとき、「日本は確かに台風もくるし、地震もあるけれど、大丈夫。災害列島と言われるけど、対応はきっちりできているよ」と、そう胸の張れる国にしていかないとね。

井上 太田さんは現場主義を信条とされていると聞きました。



太田 現場には空気があり、匂いがあり、優先順位が分かるからね。本当に困っているとき、相談を聞いていると相手が泣き出したりすることもあります。と言うのも、政治家には2種類いるんですよ。視察と言って見に行くだけの人と、本気になって手を打つ人。視察して、被災地で暮らす人に「頑張ってくださいね」と声をかける。本人は激励したつもりかもしれない。でもね、私には「頑張るのは、お前たちだ」という地元の人の声が聞こえるんだな。

井上 確かに。

太田 東日本大震災のとき、私は気仙沼に行きました。津波の被害に遭った港の漁協で、言葉も出ません。でも、「何をしてほしいですか」と聞いたら、「気仙沼はカツオさえあがれば元気になる。油と氷と餌の3つを用意してくれ」と言う。当時、僕は落選中の身だったけど、すぐに農水大臣や水産庁長官のところに行って「油、氷、餌をとにかく揃えてくれ」と伝えた。それでね、震災から3カ月後の6月28日、気仙沼でカツオがあがりました。現地から一報をもらったとき、うれしかったねぇ。

井上 すごい……。

太田 現場に行かなければ分からない優先順位があるんだね。それをどう受け止め、解決していくかが政治の仕事。だから、僕は現場主義を大事にしている。そこに行き、何ができるかを考える。

井上 落選中にも変わらず?

太田 意地があるからね。

井上 でも、太田さんの落選はただの落選とは違って、公明党の党首として臨んだ選挙での落選でした。いくら政権交代の起きた選挙だったとはいえ、私だったらショックで立ち直れないと思います。どうやって気持ちを立て直したんですか?

太田 確かに党代表という責任あるところから墜落して死ぬくらいの出来事でした。ただ、僕は何ら変わらず、同じように動き、働くことにした。盆踊りも運動会も花見も暮れの餅つきも新年会も同じように回り、皆さんの声を聞きました。もちろん、国会議員という立場がなくなったことで、招待状が来なった会合もありました。それでも同じように外に出て、明るく元気に活動した。なぜなら、必ずそれを見ている人がいるから。落ち込んでいるときこそ、自分を追い込まないこと。ひるんで家の中に居ちゃダメです。

井上 そういうものですか。



太田 正岡子規がね、『病床六尺』の中で、こう書いている。「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」と。子規は結核で病床に伏して相当苦しかったと思うけど、「悟りとは、平然と生きていくことだ」と言っている。

井上 平然と、ですか?

太田 躓いたとき、「みんなどう思うかな」と視線を気にするのではなく、あえて同じように平然と。笑顔で我道を行くことです。そういう意味では、井上さんはいいよ。この間、笑顔で昆虫を食べているところをテレビで観たよ。おいしい?

井上 おいしいですよ(笑)。今も持っていますけど、どうですか?(おもむろにカバンから食用昆虫の入った袋を取り出す、イノサクさん)

太田 すごいね、これは何?

井上 ゲンゴロウです。(どうぞと促され、太田議員は躊躇なくパクリ)

太田 うん。いいしょっぱさだし、これはツマミになる味だね。

井上 ですよね! 昆虫食仲間が増えてうれしいです。ありがとうございました。

(『月刊エンタメ』2020年1月号掲載)
「取材を終えて」~井上咲楽の感想~
冗談半分で、食べてみますか? と聞いたところ、迷いなくボリボリとゲンゴロウを食べてくださった太田さん。幅広く興味を持って何でも挑戦するところは、太田さんからバイタリティを感じずにはいられません。また、落選期間も変わらずに活動するという話は、タレントという不安定な仕事についている私にとってすごく響きました。改めて政治家さんの悩み方の無駄のなさ、そのすごさに驚きです。 ▽井上咲楽(いのうえ・さくら)
1999年10月2日生まれ、栃木県出身。A型。現在は『アッコにおまかせ』(TBS)などバラエティ番組を中心に活躍。
Twitter:@bling2sakura

▽太田昭宏(おおた・あきひろ)
1945年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了。93年に衆議院議員当選以来、公明党代表、国土交通大臣、水循環政策担当大臣などを歴任。