2020年の東京五輪まで1年を切りました。コンシューマ市場での人気を追い風に、東京五輪でのプロカメラマンの利用を狙うのが、フルサイズミラーレス「α」シリーズをラインアップするソニーです。撮影性能を高めたフラッグシップモデル「α9 II」を11月頭に投入しただけでなく、熱戦の模様をあらゆる角度から確実に撮影して世界に素早く発信できる先進的なシステムを用意していました。

カメラマンから数十m以上離れた場所に設置した複数のカメラのライブビューを手元のパソコンで確認しながら撮影できたり、パソコンすら必要とせずスマホ経由で撮影した写真を会社に転送する、といったスマートな仕組みで、大いに驚かされました。

  • ソニーが東京五輪での利用を狙う高性能フルサイズミラーレス「α9 II」(ILCE-9M2)

    瞳認識AFやブラックアウトフリーの高速連写、無音&無振動撮影など、撮影性能ではすでにプロ向け一眼レフを超えたと感じさせるソニーのフルサイズミラーレス「α9 II」。速報性が求められるスポーツ撮影で求められるワークフローのよさもしっかり整えていました

ソニーが11月1日に発売した「α9 II」(ILCE-9M2)は、スポーツカメラマンや報道分野向けのプロ向けモデルで、連写性能や通信機能を大きく強化したのが特徴。まさに、東京五輪を視野に作られたソニーの新兵器といえるでしょう。このα9 IIを試せる報道関係者向けの体験会が11月19日に開催されました。

  • 今回の体験会の会場となった、アリーナ立川立飛(東京都立川市)。プロバスケットボールチーム「アルバルク東京」の本拠地としても知られています

最大20台のカメラを一括で制御できるリモート撮影

まず会場で目を見張ったのは、アリーナの天井や2階席に取り付けたα9 IIを使ってリモート撮影するというワークフロー。α9 IIとパソコンは100mほどのLANケーブルで接続し、パソコン側の操作でシャッターを切ることができます。

  • 2階席に設置された遠隔撮影用のα9 II

こうしたリモート撮影は、大きなスポーツイベントではよく行われる撮り方です。カメラマンが立ち入れないような場所から撮影できるため、普段と違った視点の写真が撮れるのがメリット。加えて、1人のカメラマンが複数台のカメラを同時にコントロールできるのも利点。ソニーのシステムでは、α9 IIまたはα9を1台のパソコンに最大20台接続できるそうです(メーカーの動作保証は6台まで)。

リモート撮影に使われるソフトは、ソニーの「Remote Camera Tool」(無償)です。カメラのライブビュー映像を見ながら、各カメラに割り当てたキーボードの数字キーを押すとシャッターが切れます。スペースキーを押し続ければ連写も可能。もちろん、シャッター速度、絞り値、ISO感度などの設定値もパソコンから調整可能となっています。

  • 2台のα9 IIのライブビューが右側に表示されています。左は撮影済みの画像

多くのデジタルカメラは、Wi-Fiなど無線による画像転送もできますが、多くのカメラマンが集結する現場では混信などで画像が送れないトラブルが起きる可能性もあります。そのため、プロの現場では確実に通信を行うために有線LANを採用することが多いのです。USBではなくLANを使用するのは、長距離転送が容易なため。一般的に、USB接続は数mが限度ですが、有線LANなら相当の長距離でも通信が可能。実際、この会場では100mのLANケーブルを這わせてカメラとパソコンをつないでいました。

  • α9 IIが搭載するギガビットイーサネットの有線LAN端子経由で接続する

αシリーズで有線LAN端子(RJ-45)を搭載したのはα9から。α9のLAN端子は100BASE-TXでしたが、α9 IIでは新たに1000BASE-T(ギガビットイーサネット)に対応。理論値では速度が10倍になっています。これによって、より高速な画像の転送ができるようになりました。

撮影した画像はカメラ本体やパソコンに保存できるほか、FTP転送でパソコンから遠隔地のサーバーにどんどん転送することもできます。つまり、会場で撮影した写真を写真編集者のいるオフィスに直ちに送る、といったことができるのです。

  • 天井に固定された2台のα9 II。データ転送は有線LANを用い、USB経由で電源も供給しています

  • 天井のα9 IIのライブビュー。面白い視点で撮影できます

写真に吹き込んだ音声を自動でテキスト化

さらに注目なのが、FTPサーバーに画像を転送するためにスマートフォンを使ったワークフローを用意していること。ソニーの担当者によると、昨今はスペースなどの問題からパソコンを持ち込めないスポーツイベントも多いとのこと。そうした現場では、α9 IIとスマートフォンをWi-FiやUSBで接続し、スマートフォンに送られた画像をFTP経由でサーバーに転送することができます。

  • α9 IIとスマートフォンをWi-Fiで接続したところ。この組み合わせだけで、撮影した写真を自動でFTPサーバーにアップロードできるんです

ソニーのアプリ「Transfer & Tagging add-on」(無償)をスマートフォンにインストールすれば、カメラから「FTPバックグラウンド転送」でスマートフォンに随時画像が転送できる仕組み。つまり、スマートフォンでほかのアプリを使っていても問題ないということ。Android端末であれば、USB Type-Cのケーブルでカメラとスマートフォンを接続して同じことができ、Wi-Fiの電波状況が悪い場合にも確実に転送できます。

  • Androidスマホの場合、カメラとスマートフォンはUSB-Cケーブルでの接続にも対応します

このTransfer & Tagging add-onには、他社にはない「音声メモの自動テキスト化」によるタグ付け機能が搭載されています。他社のプロ機では以前から採用されていた音声メモ機能ですが、ソニーとしては初めてα9 IIで利用可能になりました。

Transfer & Tagging add-onで特徴的なのが、吹き込んだ音声メモが自動的にテキスト化され、タグ情報として書き込まれること。音声のテキスト化はGoogleのクラウドサーバーを利用して行われ、スマートフォンがインターネットに接続されていればほどなくタグ付けされました。いくぶん騒々しい会場で何度かデモを試してみましたが、誤変換なくテキスト化されていたのが印象的でした。

従来の音声メモは、写真を受け取った編集者やオペレーターが音声を聞いてタグとして打ち込む必要がありましたが、すべて手作業なので時間がかかっていました。ネット時代の報道はスピードが命。音声メモの自動テキスト化は、写真掲載までの時間短縮に大きく寄与することでしょう。

画像を再生しながらコントロールホイールの中央ボタンを押すと、60秒までの音声メモを記録できます。音声データは画像ファイルと同じ名前のWAVファイルとして保存され、画像転送の際に一緒に送られます。

  • α9 IIには新たに「音声メモ」機能が加わりました。撮影した写真がどのような内容なのか、どのような状況だったのかなどを音声で写真に添付する機能です

  • 音声メモの記録中はレベルメーターが表示されるので、きちんと声が入っているのかがわかって安心です

  • スマートフォンに転送した画像には、音声からテキスト化されたタグが表示されていました

  • IPTCタグに対応したパソコンソフトで先ほどの画像のタグを表示したところ(写真はPhoto Mechanic)

動画撮影は超小型デジカメ「RX0 II」も活用

会場では、小型カメラ「Cyber-shot RX0 II」(DSC-RX0M2)も活躍していました。RX0 IIは1型センサーと24mm相当の広角レンズを搭載した手のひらサイズのコンパクトデジカメ。これほどコンパクトながら、10m防水や2mの耐衝撃などタフネス性能を有しています。

  • ゴールの下に設置されたRX0 II。右側に付いているのはカメラコントロールボックス

今回は、3x3(3人制バスケットボール)でゴールポストの上と下に設置し、動画を撮影してパソコンに転送するデモを行いました。RX0 IIはとても小さいため、目立たないのがメリット。ゴールの上の部分や地面に置いても、観客の視界を遮る心配はなさそうです。

RX0 IIとパソコンの間は、安定した長距離転送のために有線LANを使用しています。RX0 IIにはLAN端子はありませんが、オプションのカメラコントロールボックス「CCB-WD1」を使うことでLAN端子を増設できます。

  • カメラコントロールボックスから出たLANケーブルをパソコンに接続しています

パソコンのWebブラウザーでカメラコントロールボックスのアドレスに接続すると、ライブビューを見ながらの撮影が可能となります。今回はRX0 IIのHFR(ハイフレームレート、高速度撮影)機能によるスローモーション記録を訴求していました。最大40倍のスロー撮影ができるため、編集ソフトを使わずにスロー映像を即座に納品することが可能となっています。

  • 2台のRX0 IIを接続したパソコンの表示例。Webブラウザ(写真はGoogle Chrome)からアクセスできます

カメラコントロールボックスを使った場合、1台のパソコンに最大100台ものRX0 IIが接続可能といいます。

選手の手が顔の前に来てもAFは瞳に合い続ける

実写体験に先立って、スポーツ写真撮影で活躍している写真家の小橋城さんがα9 IIの使用感などを話しました。小橋さんによると、先代のα9の時点でAFのトラッキング性能向上を実感しており、被写体の顔の前に手がかかったシーンでも、顔認識AFや瞳AF機能でしっかりと瞳にピントが合った写真が撮れることを評価。一眼レフカメラでは、こうしたケースでは一般的に手にピントが合ってしまうそうです。

  • スポーツ撮影にαシリーズを使っている写真家の小橋城さん

  • 小橋さんがα9で撮影したフィギュアスケート選手。顔の前に手がかかっても、瞳AFにしておけば手にAFが引っ張られることはない

「α9 IIになってAF機能はさらに向上しました。サッカーのヘディングでボールが顔に被るような場合でも、顔にAFが合い続けていました。先日、写真をメディアのTwitterで速報する機会がありましたが、スマートフォンを使ったFTP転送で写真を送りました。仕事の現場で使える仕上がりになっていると感じます」(小橋さん)。

スポーツ撮影の素人でもいい感じに撮れた!

筆者も、α9 IIでの撮影を体験してみました。今回の被写体は、チアリーディングと3x3の2種類。いずれも、人物が素早く不規則に動くので、カメラのAFトラッキング性能が試されるシーンといえます。

  • α9 IIはグリップの形状が改良され握りやすくなりました

チアリーディングチームの撮影は、望遠ズームレンズ「FE 70-200mm F2.8 GM OSS」で行いました。こうしたアリーナは、一見明るいように見えても写真を撮るうえではとても暗く、特に高速シャッターが必要なスポーツ撮影では開放F2.8といった明るいレンズが有利になります。AFは顔/瞳AFに設定し、20コマ/秒で連写しました。

筆者はスポーツ撮影の経験がほとんどありませんが、多くののカットがジャストピントになっており、α9 IIの高いトラッキング性能を実感することができました。

  • 明治大学男子チアリーディングチーム「ANCHORS」の華麗な演技を激写

続いては3x3です。今回は、ふだんなかなか手にすることのできないヨンニッパ(FE 400mm F2.8 GM OSS)を借りて使ってみました。こうした重量級レンズは扱い慣れないと被写体を追いかけるのが難しく、筆者の腕のなさを感じましたが、フレームに入った被写体にはしっかりピントが合っていました。被写体を確実に追える腕があれば、撮れ高は上がりそうです。

  • スポーツ撮影の定番といえる“ヨンニッパ”の超望遠レンズ「FE 400mm F2.8 GM OSS」をα9 IIに装着したところ。今回は一脚を使わず、手持ちで撮影しました。FE 400mm F2.8 GM OSSの実売価格は税込み150万円前後で、α9 IIとの組み合わせだと合計200万円を超える夢の組み合わせとなります

  • 3人制プロバスケットボールチーム「立川ダイス」と「東京ダイム」の試合を激写

ほかにも、α9 IIはα9からグリップ形状が改善され、実際に構えてみるとホールディングが良くなっているのを確認できました。今回は試していませんが、メカシャッター時の最高連写速度が5コマ/秒から10コマ/秒と倍速になったのもトピック。フリッカーの影響を低減した撮影も可能になっています。

そのほかにも、Wi-Fiがα9の2.4GHzに加えて5GHzにも対応し、高速な通信が可能になりました。カードスロットは、2つとも高速転送が可能なUHS-IIに対応。α9 IIの改良点は、多くがユーザーからのフィードバックに基づいたものだといいます。

カメラもワークフローもイマドキに進化したα9 II、来たる東京五輪のカメラマンエリアをどれくらい席巻するのか、今から楽しみになってきました。

  • 2020年の東京五輪では、αシリーズを手にするプロカメラマンの姿が多く見受けられることになりそうです

著者プロフィール
武石修

武石修

1981年生まれ。2006年からインプレスのニュースサイト「デジカメ Watch」の編集者として、カメラ・写真業界の取材や機材レビューの執筆などを行う。2018年からフリー。