完璧な家事や育児を目指さず、家族と笑顔で生活していくヒントをお伝えします。

◆「よい妻」「よい母」でいようと、頑張りすぎていませんか?
いつも夫や子どものことを第一に考え、自分の都合は後回しにして頑張っている女性の姿は、世間の目からは「よい奥さん」「よいお母さん」と見られることが多いかもしれません。しかし、こうして頑張っているのに、肝心の夫や子どもはちっとも喜んでいない。逆に「なんでそんなに頑張るの?」と冷ややかな目で見ている。こうした例は少なくないようです。

たとえば、夫や義理の家族から「ダメな嫁だな」と思われないように頑張る。子どもや世間の人から「ダメなお母さんね」だと言われないように頑張る。あるいは、誰かから「すてきな奥さんね」「すてきなお母さんね」と言ってもらうために頑張る。

このように「どう見られるか」「どう評価されるのか」を意識して行う家事や育児は、一見すると“すてき”に見えるかもしれません。しかし、こうした気持ちで家事や育児を行っていると、「夫や子どもは私に何を求めているのだろう?」という、いちばん大切なことが分からなくなってしまうことがあります。

そして、夫や子どもが求めていることからかけ離れたことを提供し、いつの日か「私(ぼく)がしてほしいことなんて、何もしてくれなかった……」と、きつい一言を言われてしまうかもしれません。

◆よい妻、よい母であろうとして、夫や家族の主体性を奪ってしまうことも
よい妻やよい母であろうとして頑張ることには、もう一つのデメリットがあります。それは、夫や子どもの「主体性」を奪ってしまうことです。

たとえば、「気配りをするのが妻のつとめ」といった思いが強い場合、夫が自分でできるはずのクローゼットの片づけ、実家とのコミュニケーションなど、何でも妻が気を利かせてやってしまうことがあります。「子どもが困らないようにしてあげるのが母のつとめ」といった思いが強い場合、子どもが自分でできるはずの登校の準備、進路の選択など、何でも母が気を利かせてやってしまうことがあります。

このように、本来は自分自身で考えてやるべきことを、何でも先回りして解決してしまうと、夫や子どもは面倒なことはいつも妻、母に任せておけばよいと思ってしまいます。

もちろん、状況によっては、妻や母のこうした配慮が必要になる場合もあります。しかし、特別な事情でもないのに、何につけても先回りしてやっていると、夫や子どもはいつしか「自分のことは自分が主体的に考えてやる」という当たり前のことを忘れてしまいます。

◆完璧でいなくてもいい、「ほどよい妻・母」を目指していきませんか?
このようにして、妻や母が「よい妻」「よい母」であろうと頑張れば頑張るほど、家族から笑顔が失われている例が、残念ながら少なくありません。そうしたなか、「私がこれだけやってあげてるのに!」という思いを夫や子どもにぶつけても、相手は白けるだけで、お互いの思いがかみ合わなくなってしまうでしょう。

家庭の幸せには様々な形がありますが、家族が心から笑顔になれるために、妻や母にできることには何があるのでしょう?

たとえば、イギリスの児童精神科医ウィニコットは「母親が“ほどよい母”でいると、子どもは自分の力でよく育つ」と言いました。母親が完璧さや「よいこと」を目指して頑張りすぎてしまうと、子どもも「よい子」でいなければと頑張りすぎてしまいます。すると、子どもは自分らしさを失い、家庭が安心できる居場所ではなくなってしまいます。

夫に対しても同様です。妻が「夫に評価されるよい妻でいなければ」と頑張ると、夫も「妻が評価してくれる“よい夫”として頑張らなければならないのかな?」というプレッシャーを感じてしまいます。逆に、妻が「ほどよい妻」でいてくれれば、夫は「自分もほどよい夫でいていい」「頑張りすぎなくてもいい」という安心感をもつことができます。

家庭における妻・母の役割はとても大切なものですが、自分自身が完璧を目指すことをやめ、「ほどよい妻」「ほどよい母」でいることができれば、家族も「ほどよい夫」「ほどよい子」でいることができます。すると、家庭はやすらぎとくつろぎの場、エネルギーをチャージできる場になるでしょう。

文=大美賀 直子(公認心理師・産業カウンセラー)