「無人駅で君を待っている」(スターツ出版)

友人の失恋をきっかけに小説を書き始め、現在は福祉と作家2つの仕事で活躍するいぬじゅんさん。デビュー5周年を迎えやっと作家としての自分に実感が持てるようになったと語ります。ヒット作はどのように生み出されるのか、また、日々の執筆で心がけていることなども伺いました。

■アイデアの浮かぶ「パワースポット」で生まれた作品も

―― 作家ならではの「あるある」なことがあれば教えてください。

よく作家は「缶詰になる」と言いますが、家族と同居している同業の方には、集中するために缶詰になって執筆することもあるようです。私の場合は、会社の仕事が終わり帰宅後に書斎で自由に執筆できるのでその必要はありません。むしろ缶詰になってしまうと追い込まれた気分になって一文字も出てこないかもしれませんね。
本が「売れる」ためには、タイトルはとても重要です。表紙のデザインや流行・話題性なども考慮した上で決定するのですが、そこで編集部と戦うということも、「作家あるある」ではないでしょうか。編集会議で一生懸命プレゼンするのですが、今まで自分の希望が通ったことはほとんどないですね……(笑)。

―― お休みの日はどのように過ごすのでしょうか? 作家の「休日あるある」なことがあれば教えてください。

平日は福祉の仕事をしているため、休みの日は執筆していることがほとんどです。むしろ書くことは楽しみなので「早く休みになって執筆したい」と思っているほど。
また、執筆作業の合間に、天竜浜名湖鉄道の列車に乗ってぼんやりすることもあります。静岡県掛川市の掛川駅から湖西市の新所原駅までを走るこの鉄道には、風情ある無人駅が多くあり、「無人駅で君を待っている」という作品は、まさにここで生まれました。のんびりと列車に揺られたり、駅のベンチに座って景色を眺めたりしていると、いろんなアイデアが浮かんでくるんです。天竜浜名湖鉄道は、私にとってのパワースポットと言えるかもしれません。

■窓から眺める景色でさえも、物語を運んで来てくれる

―― 業界内の横のつながりは多いですか? どういった方達と親しくされているのでしょうか? このお仕事ならではのお付き合いなどがあれば教えてください。

出版元の担当編集者の方は、プロットのアイデアを一緒に練ったり、タイトルを考えたり、時には手厳しい言葉をいただくこともありますが、「良い作品を作りたい」という同じ志を持った大切なパートナーです。東京に行く時は、編集部に立ち寄り、必ず顔を出すようにしています。


―― どのような時に作品のアイデアが浮かびますか? また、浮かばずに困った経験などはありますか?

作品のアイデアが枯れたことは一度もありません。街で見かけた人・友人との会話・列車の窓から眺める風景でさえも、いろいろな物語を運んで来てくれます。たまに、想像の世界に行き過ぎて「ちょっと、話聞いてる?」なんて尋ねられることもありますが……。
私の場合は、福祉の仕事からもアイデアをたくさんもらっています。日々触れ合う高齢者や認知症の方・そのご家族、それぞれに人生があり、一人一人が多くのドラマを持っているのだということに度々気づかされます。

■初めてのサイン会で作家としての実感がわいた

―― 集中して執筆をするために日々心がけていることなどはあるのでしょうか?

無理して「書こう」と思わずに、自然体でパソコンに向かうようにしています。筆が乗ってくると時間を忘れて書いてしまうこともあるので、むしろ集中しすぎて寝不足にならないように心がけています。
その他には、いろんな人の意見を聞くようにしています。福祉の仕事をするようになってまず気がついたのは、一人の主張が正しいとは限らないということです。介護を受ける方、そのご家族、それぞれの立場に思うことがあり、意見があります。私の仕事は間に立って、できる限り寄り添うことです。自分と異なる意見も受け入れられるようになり、物事を柔軟に考えられるようになりました。こうした第三者的視点を身につけられたことが、作家としての武器になっていると感じています。


―― どんな方へ作品を届けたいと思っていらっしゃいますか?

私の作品は、高校生や大学生が登場する作品が多いと思います。主人公の気持ちなどを等身大で感じてもらえる同世代の方たちには特に読んでいただけたらうれしいですね。
コメディーであっても、青春ものやホラーであっても、私の作品の根底にはいつも、「生死」というテーマがあります。日々、高齢者の方たちと関わる中で常々感じ、考えていることでもあります。高校生の皆さんにとっては、「死」や「別れ」はまだピンとこないことかもしれませんが、後悔のないように生きている今この時を大切にしてほしいという願いを込めています。
また、私の作品は、読者にこの先を委ねるよう、終わり方に想像の余地を残すようにしています。読んでくれた方によって、主人公の先の人生はいく通りにも変わるかもしれません。そんなところにも面白さを感じていただけたらうれしいです。

―― 最後に、お仕事の中で、一番の思い出や達成感を感じたエピソードについて教えてください。

先日、初めてのトークショーとサイン会を行ったのですが、「誰も来ないんじゃないか……」と心配していました。ところが当日は、小学生から70歳を超える方まで200人以上の方にお越しいただき、思わず泣いてしまいそうになりました。その時にやっと作家としての実感がわきました。
ファンの方には「主人公がまるで自分のようだった」「共感した」と感想をいただき、作品とご自分を重ねてくださる方が多くいらっしゃるのだと感じました。皆さんきっと、それぞれに多感な時期特有の悩みや苦しさ、失敗などを経験してきたからこそ、主人公の気持ちに共鳴してくださるのだと思います。少しでも心に響くものが届けられる限りは、これからも書き続けていきたいと思っています。


福祉の仕事や友人との会話、窓から眺める景色など、あらゆるものから小説のアイデアを膨らませているといういぬじゅんさん。豊かな想像力があってこそ、次々と新作を生み出すことができるのだとわかりました。作家デビューから5周年を迎え、ライトノベルから文学作品まで活躍の幅を広げる作家、いぬじゅんさんのこれからの活躍にも期待大です!
 
 
【profile】いぬじゅん
奈良県出身、静岡県浜松市在住。2014年に「いつか、眠りにつく日」で第8回日本ケータイ小説大賞を受賞し書籍化。2019年、フジテレビの動画配信サービス・FOD及びフジテレビ地上波にて連続ドラマ化も。「三月の雪は、きみの嘘」「今夜、きみの声が聴こえる」、「奈良まちはじまり朝ごはん」シリーズなど著作多数、著者累計40万部を突破中。ほか電子書籍「北上症候群」(エムオン・エンタテインメント刊)、「この冬、いなくなる君へ」(ポプラ社刊)など。https://inujun.jimdo.com/

「無人駅で君を待っている」(スターツ出版)
https://www.no-ichigo.jp/bookstore/other/201908