日本の少子高齢化が進む中、畜産業における労働人口は低下の一途をたどっており、より効率的な飼育方法が求められている。人が手間をかけて行う作業をより減らすため、NTT東日本・神奈川県養豚協会・神奈川県畜産技術センターが取り組んでいるのが、豚の飼育におけるIoTを活用した実証実験だ。

  • 豚舎における「IoTによる飼育環境の見える化」

NTT東日本・神奈川県養豚協会・神奈川県畜産技術センターのIoTによる取り組み

農業におけるIoTの導入が進む中、いま畜産分野における取り組みが加速化している。NTT東日本が農業分野で培ったIoTのノウハウを活かし、神奈川県養豚協会及び神奈川県畜産技術センターとともに行っている実証実験もその一例だ。

神奈川県では豚の飼養戸数が減少傾向にある一方で、一戸あたりの飼養頭数は1,000頭以上に増加。牛や鶏でIoTの導入が進むなかで、豚においても効率的な飼育が重要になってきており、IoTの活用は課題の1つとなっていた。

豚の飼育では、豚舎の環境を把握するための定期的な見回りなど、人が手間をかけて行う作業が多い。豚舎内の温湿度は豚の体調に直結し、季節や時間によって変動が生じるうえ、豚の発育ステージにより適する環境が異なり、きめ細かい対応が求められる。牛や鶏に比べIoTの導入が遅れていたのも、こういった対応の難しさが1つの要因だ。

この見回りの作業の中から、「人が見なければならないもの」と「人が見るほどではないもの」を見極めていき、省力化を実現しようというのが実証実験の狙い。具体的には、温湿度センサーによるデータ収集、およびWi-Fiを活用したカメラによって、豚舎内の衛生環境等を遠隔監視を行うことでデータを蓄積し、将来に向けた取り組みを行っていく。

この実証実験のカギとなるNTT東日本の技術が、省電力で広いエリアをカバーし低コストな通信方式「LPWA(Low Power, Wide Area)」と、モバイル回線および電源・電池が不要なセンサーネットワークとオンラインストレージサービスを活用したソリューション「eセンシング」だ。IoTによって飼育環境の見える化を実現し、養豚業の発展に向けた新たな仕組みづくりを検討していくとする。

  • 豚舎における「IoTによる飼育環境の見える化」の概要

カメラは防水・防塵・防滴が施されており、現在のところ豚舎内の粉塵や薬品による消毒にも耐えられているという。また拡大・縮小や首振り、音声再生が行え、豚を判別するための耳刻という切れ込みもしっかり判別可能。PCのみならずスマートフォンからでも利用できるため、外出先でも確認できる。例えば、他県などの遠隔地から豚舎内をチェックすることも可能だそうだ。センサーも同様に防水・防塵・防滴で、電源はソーラーパネルから供給される。

  • スマートフォンからいつでも豚舎内をチェック可能

既存の豚舎に導入できるため低コスト

この実証実験を行っているのが、神奈川県養豚協会の常務理事であり獣医師でもある前田卓也氏と、神奈川県畜産技術センター 主任研究員の高田陽氏。前田氏は、豚の飼育を次のように語る。

「豚は環境の変化によるストレスに弱く、外から持ち込まれたウイルスや細菌等により豚コレラなどの病気にかかってしまう可能性がある、非常に繊細な生き物です。常に温湿度をチェックして環境を把握せねばなりませんし、病気を防ぐために豚舎に入るたびに着替え、豚舎から出るときにも着替える必要があります」(前田氏)。

  • 神奈川県養豚協会 常務理事 獣医師 前田卓也 氏

  • 神奈川県畜産技術センター 企画指導部 企画研究課 主任研究員 高田陽 氏

カメラに映し出された画像や温湿度センサーの数値から豚舎内全体の様子を把握できるようになり、豚舎に入る機会は確実に減ったそうだ。一方で、カメラでは判別しにくいものもある。例えば極端な話、「すべての豚が寝ている場合、ある豚が死んでいてもわからない」といったことがあるように、まだまだ人間の目でないと判別できないことがたくさんあるため、実証実験を通して更なる活用の道を探っていきたいとする。

  • カメラとセンサーによって多くのことが分かるが、まだ人の目でないと判別できないことも

本システムのもう1つの大きな利点は、コストの低さだ。例えば、本格的な環境制御システムを入れて高解像度のカメラも導入するとなると、豚舎を建て替えなければいけない場合もあり、莫大なコストがかかってしまう。だが今回の実証実験では、豚舎にWi-Fiを活用してインターネット環境を構築し、それと同時にセンサーとカメラを導入しただけ。既存の施設を活かして導入できるのが大きなウリでもある。

導入時には、設置のために豚舎内に立ち入るタイミングを測ったり、設置したソーラーパネルが粉塵で曇ったり、豚がカメラをなめて曇ってしまったりとちょっとした苦労話もあったが、現在のところ問題なく実験が進んでいるという。

畜産業にとっての働き方改革を目指して

豚の飼育に従事する人が減る一方で、一戸あたりの飼育頭数は増え、養豚業は人手不足が深刻化している。だが、「IoTによってこういった見回りの手間を減らし、効率をあげることができれば、状況は大きく改善される可能性がある」と高田氏は述べ、さらに前田氏は畜産業全体の働き方についても言及する。

  • 養豚のみならず、働き方は畜産業全体の問題

「神奈川の養豚農家の数は、51戸となっています (2018年2月1日現在)。畜産業は人手不足、後継者不足にあえいでおり、うまく技術の継承ができていません。その技術をIoTで補助できるようになれば、畜産業を志す人のハードルも下げられるでしょう」(高田氏)。

「生き物を相手にしているが故に十分な休みを取れないという、畜産業の根本的な働き方の問題を改革できるかもしれませんし、ハードルが下がることであらたな雇用を生んでくれるのではないかと期待しています」(前田氏)。

NTT東日本 神奈川事業部の佐藤彰彦氏は、同社のIoTの取り組みについて「NTT東日本は、地域でのICT活用によって、畜産業を含めた地域の産業を活性化していきたいと考えています。このシステムの導入が進んでいけば、きっと地域の活性化を促し、地域ブランドを守っていくことにもつながるでしょう」と熱く思いを語る。

  • NTT東日本 神奈川事業部 地域ICT化推進部 担当課長 佐藤彰彦 氏

「我々にとってIoTは新しいチャレンジでしたので、どんな分野ニーズがあるのか手探りの状態でした。そんなときに農業向けのIoTが出てきまして、これを活用して色々な業種にお声がけさせていただいた結果、豚の飼育環境が新しいIoT活用フィールドとなったのです。今後このシステムが、個々の豚舎に合わせてカスタマイズできるようになれば、大・小の規模に応じた提案ができると思います」(佐藤氏)。