1930年以前に製造された車が走る!ガイヨン・ヒル・クライムレースとは?

自動車レースの歴史をさかのぼると、フランスで19世紀後半から多くのレースが開催されていたことが分かる。パリ-ボルドーやゴードンベネットレースなどが有名だ。自動車の黎明期で蒸気自動車から電気自動車、そして燃料エンジンの車が入り交えての闘いが行われていた。馬車から続く、木枠のみの車輪から空気入りタイヤが登場するなど、今以上にあらゆるアイデアにとんだ車両が参加していた。

そんな数多くのレースが行われた中に、ガイヨン・ヒル・クライムレースがある。パリの北西、最近では化学工場の大火災で汚染に悩む古都ルーアンに近い街ガイヨンで行われたヒルクライムだ。1899年に初開催された後、1932年まで毎年開催されていた。今年は初開催から120周年記念と言うことで、それを祝うイベントが開催されたのだ。


今回最も古い車、フランスの”樽”。馬車をそのまま車にしたモデル。19世紀の車が自走して参加してくるのだ。
 
1930年以前の参加車両約50台が、フランス国内、そしてベルギーや英国から集まってきた。中には当時のレースで優勝したマシンも参加していた。一番古い車は1898年製ジョージ・リシャー(GEORGES RICHARD) の”TONNEAU”、”樽”。集まる車を見ているとその姿だけでなく、今の車と違う操縦方法を用いているから興味深い。
 
集合場所となるヴェルノンという街にも歴史があり、ノートルダム参事会教会を中心に傾いたハーティンバー様式の建物が残っている美しい場所だ。すぐそばには、ジベルニーというモネの描いた睡蓮の庭がある生家もある。時間になると、一般の車に混じって自走で参加車両が集まり始める。

フランス車として今に続くプジョーだが、ここに参加してくる車両はその前身のライオンープジョーというブランド名のものだ。戦前のフランス車"AMILCAR"も、当時はスポーティな車で名を馳せたこともありブガッティ同様に現在でも多くのコレクターがいる車両だ。


ハーティンバー様式の建物が並ぶ中を走る車。そこは一瞬100年前の風景に変わるのだ。車は1910年製UNIC C1 RUNABOUT。
 
集まってくる車の波が途絶え、会場が落ち着き始めた。せっかくなので、文化遺産に指定されているノートルダム参事会教会を覗き、その建物から出ると一段と激しいエクゾーストノートが聞こえてくる。ブガッティType 35Bを先頭にレーシングカーの一団がやって来たのだ。ギアレシオの関係で低回転で走行できないようで、回転を上げての登場というわけだ。

その一団を正面から見ると、先頭のブガティを上から覆い被さるように大柄な車両のシルエットが見えてくる。その車の爆音はブガティの比では無い。腹の底から響く低音で、この街の古い建物が更に傾くのでは無いかと思えるほどだ。まだ、朝日が昇りきらず建物の起こす影が長いためそれに隠れてシルエットしか見えない。


この時代の車は真鍮や木材がまだふんだんに使われている。これがとても美しいのだ。

しかし、その爆音に併せて正面から見て右側から火炎が見える。車を知らないものが当時これを見たらドラゴンでも現れたと思ったことだろう。建物の切れ間から差し込んだ朝日に照らされてようやくそれがフィアットのモンスターマシンS76だと分かった。28.5リッター4気筒エンジン。1910年製で290馬力で1913年のベルギーでの競技で213km/hを記録するも、ゴールに到達できず公式レコードはならなかった。


到着すると豪快なサウンドと、派手なバックファイアにギャラリーが集まる。それに答えるFIAT S76。

現代のオイルや燃料、タイヤなどを使用する事で240km/hに達するとのことだ。シートベルトもなく、体が半分外に出ているようなこの車でのオーバー200km/hはクレイジーなことだ。そんなS76に負けない爆音で続いてきたのがフランスのダラック(Darracq)200ph。ボディーをどこかで飛ばしてきてしまったのかと思うようなシャーシとエンジンが剥き出しになっている。これは空力よりも軽量に重点を置いて、とにかく走る為に無駄なものを一切装着していないため。

この車こそ、1906年にこのヒルクライムで優勝したマシンそのもの。これらのレーシングカーが公道を他の車と共に走れてしまうことが驚きでもある。会場内はもちろん他の車両が入れないが、その周辺は週末の買い物に出かける普通の車が走っている中に混じれるのは、やはりレース発祥の国だからであろう。パリでは車をあしめだすノーカーデイを設けたり、趣味の車が楽しみにくい方向に動いている一方、こうやって歴史のひとつとして楽しめるのは何ともヨーロッパというか、フランスなのだ。