映画『イエスタデイ』映画評:ビートルズなき世界では、まさに「愛こそはすべて」だ

現在公開中の映画『イエスタデイ』。人々の記憶から消えたファブ・フォーの音楽を世に広めようとする若きミュージシャンの姿を描く、ダニー・ボイルが監督を務めたロマンティック・コメディの魅力とは? ローリングストーン誌の名物映画評論家、ピーター・トラヴァーズによる映画評を掲載する。

【注:文中にネタバレを想起させる箇所が登場します】

ほんのわずかな間、世界中が大停電に見舞われたとする。元どおりになったかと思いきや、その世界ではジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターが結成したはずのビートルズが、歴史上から消滅していたとしたら?

リバプール出身の4人組が生み出した音楽を取り戻すべく、もう一度大停電が起きることを望む人もいるだろう。またある人は、膨大な富と名声、そして史上最高のソングライターという栄誉を手にすべく、彼らが残した音楽をすべて自分の作品として発表するかもしれない。それが名匠ダニー・ボイルと脚本家のリチャード・カーティスがタッグを組んだ軽快なファンタジー、『イエスタデイ』のあらすじだ。

物語の冒頭で、売れないシンガーソングライターのジャック・マリク(本作が映画初主演となるイギリスの俳優ヒメーシュ・パテルが演じる)は、不況に終わった地元サセックスでのライブ後、自転車で帰宅中に交通事故に遭ってしまう。12秒間の停電中にバスにはねられた彼は、目覚めた病院で歯を2本失ったことに気づく。さらに彼は、なぜかビートルズが人々の記憶から消滅してしまっていることを知る。献身的で美しいマネージャーのエリー(リリー・ジェームズ)を前に、彼が「まだ僕を必要とし、ご飯を作ってくれるかい?僕が64歳になっても」と尋ねると、彼女は困惑した様子でこう答える。「なんで64歳なの?」

そこからはカーティス(『ラブ・アクチュアリー』『ノッティングヒルの恋人』等)の真骨頂というべき、波乱に満ちながらもセンチメンタルなストーリーが展開していく。ジャックは覚えているビートルズの曲の歌詞をすべて書き出し、寝室の壁にポスト・イットで貼り付けていく。やがて彼はポップス史上最高の楽曲のソングライターとして世に知られるようになり、途方もない成功と罪悪感の両方を手にすることになる。

「エリナー・リグビー」の複雑な歌詞が思い出せず苦悩するジャックや、彼が披露した「レット・イット・ビー」にまるで興味を示さない両親はキュートそのものだ。マッカートニーによるバラード「イエスタデイ」を世界一美しいバラードだと評するジャックに対し、友人が反論する場面は痛ましくもある。(「コールドプレイの『フィックス・ユー』だと思ったのに」彼女はがっかりした様子でそう話す)そういったシーンでは、カーティスがさらに一歩踏み込み、ミレニアル世代の子供たちがビートルズの曲を初めて聴いた時に示す反応を描いて欲しかったと感じる。しかしエド・シーランが本人役で登場し、ジャックのソングライティングに感嘆するシーンでは思わず笑みがこぼれてしまう。ジャックはあるコンペティションで、10分以内に誰が最もキャッチーな曲を書けるかという課題に挑戦する。彼が「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」を披露し、「ジンジャー・ギーザー」を自称するシーランが負けを認める場面では客席から笑いが起きることだろう。

大きな期待とプレッシャーがかかる中、本作でパテルは謙虚さを示しながらも実力を証明してみせた。レノンよりもマッカートニーに近い美声の持ち主である彼は、ビートルズになりきろうともがくのではなく、あくまで自然体でバンドの魅力を表現している。自身の置かれた状況と照らし合わせた「ヘルプ!」の情熱的なパフォーマンスはその好例だ。そこから伝わってくるのは、優れた教師である彼とエリーにとって、音楽業界は本当の居場所ではないという真実だ。

典型的と言っていいラブストーリーだが、パテルとジェームズの演技には視聴者の心を掴む説得力がある。それでもなお、物語の核心をブレずに保つことは難題だったに違いないが、その点にこそボイルの手腕が反映されている。過去にはオスカーを受賞し、『トレインスポッティング』等の先鋭的な作品で知られる彼は、ともすれば陳腐になりかねないストーリーに独自のエッジを注入している。撮影を担当したクリストファー・ロス(『ブラック・シー』等)、エディターのジョン・ハリス(『127時間』等)の力を借りつつ、ボイルは一見平坦なストーリーをドラマチックに仕立て上げた。だがある有名人が思いがけずカメオ出演している終盤で、ビートルズの偽物たちの是非を問うありきたりな議論が繰り広げられるなど、致命的な欠点がいくつかあることも確かだ。欠けているものを補うことの困難さ、『イエスタデイ』の核心であるそのテーマが揺らぐことは決してない。


『イエスタデイ』
★ ★ ★ 1/2
監督:ダニー・ボイル
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ジョエル・フライほか
10月11日(金)より全国ロードショー
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