川相昌弘、ドラフト4位の肖像#5――「びっくりしましたね。まさかの巨人だ…

10年ぶりの“東南決戦”

 初戦、岡山南は倉敷工業を横谷の満塁本塁打などで一二対〇という大差をつけて五回コールド勝ち。続く津山工業戦は延長一○回で一対〇の辛勝。そして準々決勝で岡山東商業と対戦した。岡山東商業はかつて、川相が進学を検討した高校である。この試合が県大会の一つの山だった。
 
 岡山東商と岡山南が県大会で対戦するのは一○年ぶりのことだった。〝東南決戦〞を見るために多くの観客が詰めかけた。川相は観客席がいつもと違う「ちょっと異様な雰囲気だった」と振り返る。
 
 先手をとったのは岡山南だった。三回に二点、四回には川相の中堅への打球がランニングホームランとなり三対〇となった。
 
 この日、岡山東商は強打の岡山南対策として、外野手を深めに守らせていた。これが当たり、五回にフェンス間際の打球を左翼手がグラブに収めている。六回に一点を返した後、七回一死一、二塁の場面で岡山南の二番打者の打球が右中間に飛んだ。通常の守備位置ならば長打となる、はずだった。しかし、この打球を中堅手が飛びついて好捕し、追加点を許さなかった。
 
 岡山東商はこの好守でぎりぎりで踏みとどまった。その裏、川相が突如崩れる。
 



岡山東商の“川相対策”

 岡山東商の右打者は初回からホームベースに被さるように構えていた。シュートを得意とする川相対策だった。
 
「ストライクゾーンに躯を入れているので、今のルールではデッドボールにはならないんですけれど、当時は違った。ストライクゾーンにシュートを投げると逃げないで当たってくる。ぼくは審判に〝ストライクですよ〞って抗議したのを覚えていますよ」
 
 ぼくって、穏やかそうだと言われますが、だいぶ気が短いんですよ、と川相は苦笑いした。
 
「ピンチになるともう、カッカカッカして、前しか見られない。これでもか、これでもかって投げるのでガンガンやられるんです。(気を静めるために)間を取らなきゃいけない。冷静になってバッターを打ち取らなきゃいけないって分かっていたんですけれど、それができない」
 
 川相は怒りのあまり、うぉーと声を出して吠えた。その声はテレビ中継に聞こえるほどで、後から同級生から熱くなりすぎだと指摘され赤面したという。
 
 
〈打者をベース寄りに立たせたことが2点差を追う七回に実る。川相の得意とするシュート封じだ。一死からいきなり二死球を呼び、おまけにシュートだけでなく外角の球も甘くなり、小幡が中前タイムリーして1点。なおも二死満塁から赤沢が右中間を真っ二つに割って5―3と試合をひっくり返した。
 
「インコースを狙った直球が少し甘くなった」と川相投手は〝かぶさり〞打法にしてやられ、くちびるをかむ〉(『山陽新聞』一九八二年七月二九日)
  
 
 川相はこう振り返る。
 
「もう相手の作戦通りなんですよ。最後に投げたシュートが甘くなって打たれた。後から監督に、お前が冷静になって変化球を投げていれば打たれなかったって言われました」
 
 この四失点が決勝点となり、岡山南は三対五で敗れた。
 
 三塁打を放った三番打者の赤沢とは中学校時代から面識があった。彼は岡山南を志望していたのだが、直前で岡山東商に変えたのだ。それを知っていただけに悔しさが倍増した。なお、赤沢に続く四番打者は四打数〇安打と完全に抑えている。この二年生の四番打者は三菱自動車水島を経て、八六年ドラフト三位で阪神タイガースに入った。後に〝代打の神様〞と呼ばれる八木裕だ。




スカウトが興味を持っているのは、四番を打つ本間だろう

「試合が負けたときに思ったのは、次、どっかで(野球を)やりたいということ。次のステップで見返してやるんだって気持ちになりましたね」
 
 この時点では〝次のステップ〞の中にプロ野球選手になるというのは入っていなかった。プロ野球球団のスカウトが視察に来ているという話は耳にしていた。
 
「そのときの監督さんや部長さんは、スカウトが来ていることをぼくらには伝えなかった。隠して隠して、隠し通すという、昔の高校野球の指導者でした」
 
 彼らが興味を持っているのは、四番を打つ本間だろうと川相は思い込んでいた。
 
「大学と社会人(野球)から誘いがありました。ただ、岡山南から大学へ行って野球をやったという人が少なかったんです。また一年生になって(上級生からの)説教を食らうのは嫌だなっていう気持ちもありました。それだったらお金を貰いながら野球をやるのがいいかなと。社会人からの話は五つ以上来てました」
 
 その中から選んだのは三菱重工神戸だった。
 
「神戸ならば岡山にも近いし、監督さんも非常に温厚でいい方でした。面接を受けて、練習場とか寮を見学させてもらいました。ピッチャーをやりながら打つ方も頑張れ、と言われてやる気満々だったんですよ」
 
 内定の際、一つ条件を付けることになった。ドラフトで指名されたときは、プロ野球球団を選ぶかもしれないというものだった。
 
 ドラフト会議が近くなり、川相によると「一○球団ぐらい」のスカウトが挨拶に来ていたのだ。
 
「でもなんか現実的ではなかったですね。プロ野球選手になることは憧れでしたけど、本当に自分がいつもテレビで観ているあの人たちと一緒にできるなんて思えなかった」
 
 舞い上がっていたのはかつてプロ野球選手になりたかった、父親の禎一だった。
 
「自分がドラフトされるんじゃないか、ぐらいでしたよ。自分の息子を獲るためにプロのスカウトが挨拶に来るなんて想像していなかったですから」




「ピッチャーも野手も両方無理だろうって思っていましたよ」

 投手ではなく内野手として考えていると言ったスカウトもいた。上背のない川相は投手としてはプロ野球では難しいだろうと自覚していた。しかし、内野手としてグラウンドに立っている姿も想像できなかった。
 
「ピッチャーも野手も両方無理だろうって思っていましたよ」
 
 そうは言いながら、プロ野球選手名鑑をぱらぱらと捲りながら、内野手の手薄なチームを探したこともあった。その中でここだけは無理だと思った球団が一つだけあった。子どもの頃から憧れていたジャイアンツである。
 
「当時の内野のレギュラーは、中畑清さん、篠塚和典さん、原辰徳さん、河埜和正さんでした。二軍にもいい選手が沢山いました。いくらセンスを買ってくれても、ここで出られるはずがないと思っていました」
 
 最年長の河埜が三一歳、他の選手はみな二○代だった。彼らはみな若く、しばらくは内野手のポジションに空きは出ないはずだった。
 
 ドラフト当日、川相はいつものように授業を受けていたという。午後二時半過ぎ、監督が川相の教室にやって来た。
 
「巨人が指名をしたって呼びに来たんです。びっくりしましたね。まさかの巨人だって」
 
 あとからジャイアンツ、近鉄バファローズ、ヤクルトスワローズが重複指名し、ジャイアンツが交渉権を獲得したことを知った。
 
「近鉄は熱心に誘ってくださった球団の一つだったんです。(地元の岡山から)近いので近鉄、南海(ホークス)はあり、かなと思っていました。ヤクルトに指名されたのはびっくりしましたね」
 
 この年、ジャイアンツは一位で早稲田実業の荒木大輔を指名していた。くじ引きで荒木の交渉権はスワローズが獲得。そして外れ一位で市立川口の斎藤雅樹を指名している。
 
 なお川相の同級生、本間は日本ハムファイターズから四位で指名された。




〈外部からサワラ一本のプレゼントが届いたり〉

 翌日の『山陽新聞』には学生服を着た川相と本間が笑顔で握手している写真が掲載されている。
 
〈プロ志望の本間は入団の方向へ。川相はしばらく考えて結論を出すことになったが、高く評価された指名だけにさすがにうれしそう。県内の高校で二人同時に指名されたのは珍しく、校内も喜びに包まれている。(中略)クラスメートから赤飯のおにぎりや、外部からサワラ一本のプレゼントが届いたり〉(一九八二年一一月二六日)
  
 ジャイアンツに入るかどうか悩みましたか、と訊ねると、もちろん悩みましたよと答えた後、笑顔でこう続けた。
 
「人生で夢だと思っていたことが本当に起こるなんて、なかなかないじゃないですか。もうありがたく受け入れるしかない。プロでやっていけるかどうかについては不安だらけでしたけど」
 
 背番号は六○番、内野手として入団することになった。背番号は気がついたときには決まってたという。
 
 しばらくしてからジャイアンツのスカウトだった山下哲治から内野手としての適性を試していたことを教えられた。
 
 高校三年生の夏の県大会の後、川相は後輩の練習を手伝っていた。そのとき監督から遊撃手の場所でノックを受けるように指示されたことがあった。
 
 川相が内野を守るのは小学生時代のソフトボール以来だった。元々フィールディングには自信があった。ぎりぎりの所に飛んだ打球をグローブに入れる感触が気持ち良かった。山下が川相に内野手の守備練習させてくれないかと監督へ頼んでいたのだ。
 
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田崎健太 たざき・けんた
1968年3月13日、京都市生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛け、各メディアで幅広く活躍する。著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』、『ドライチ』『ドラガイ』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)
『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)など。
 
 
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