できることからやってみる。柔軟な発想で始めたコンフィチュール専門店が、メディア露出多数の人気店になるまで

築50年以上経つマンションの一角にあるコンフィチュール専門店「旅するコンフィチュール」はかつて「幻の店」と呼ばれていました。現在は週4日でオープしていますが、以前は月1日から週1日のオープンだったそうです。
コンフィチュールとはフランス文化圏におけるジャムのようなもので、パンに載せたりヨーグルトに混ぜたり、あるいは料理のフルーツソースとして味わうものです。洋菓子店が扱うアイテムの中では比較的ニッチな商品といえるでしょう。しかしながら「旅するコンフィチュール」は2013年のオープン以来、評判を上げ続けています。
小規模かつニッチな商品を扱いながらも売上を拡大させるには一体何が必要なのでしょう。「旅するコンフィチュール」店主の違克美(ちがい・かつみ)さんに話をうかがいました。

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店を開くことは大変だと知っていたから、まずは小規模で始めようと考えた

――「旅するコンフィチュール」は大変古いマンションに入居されています。店内はご自分でリノベーションされたのですか?



はい、ここはもともと知り合いに紹介された物件で、室内は借りてからフルリノベーションしました。起業をする際に保健所に許可を求めなければならなかったので、それができるようにキッチンを大きくとって配管の位置も大胆に変更したんです。

この物件を借りたのは、知人に飲食店を開く人が多く、店を出すということが金銭面においていかに大変かをよく知っていたためです。なので、できるだけ低資金で始めようとしていたのですが、結局リノベーション代はそれなりに高くつきました。それでも、起業前に内装の施工会社で働いていた経験を生かして、内部のドアは取り付けずにスクリーンにしたり、配管は床下ではなく天井側を通すようにしたりして、できる限りの節約はしたんですよ。

――店内は広めのキッチンと、事務スペース、それから販売スペースになっており、お客さんが5、6人も入ったら手狭に感じてしまうくらいの規模です。



もともと、ここを店にするつもりはなかったんです。Web販売やファーマーズマーケット等のイベント出展、卸売を事業のメインにしようと思っていました。だからここは製造と事務、配送のための拠点にするつもりで借りたのですが……。お客様が尋ねてきてくれるようになったので、少しずつ店としてもオープンできるように変えていったというのが実情です。

――それであまりお店をオープンさせていなかったのですね。



そうなんです。「幻の店」にするつもりなどはなく、製造や配送で手一杯になってしまって店内の営業まで手が回せなかったんです。今は営業を手伝ってくれるアルバイトスタッフさんを雇えるようになったので、週4日はオープンできるようになりました。正直、コンフィチュールは重たいのでイベントに出展するのは大仕事なんですよ(笑)。古いビルですからバリアフリーにもなっていなくて、商品を外に運ぶのは大変なんです。なのでお客様がいらしてくださるならここで売れる方法を考えようと開店日を増やしました。

製菓の中では脚光を浴びにくいコンフィチュール。けれど一人で始めるにはちょうど良いレシピだった

――先ほど施工会社に勤務していたとおっしゃいましたが、独立・開業するまでの経緯を教えてもらえますか?



一時期は結婚していて主婦をしていました。仕事を辞めて、夫がアメリカに赴任することになったので一緒についていったんです。けれど6年の任期を終えて帰ってくると、私の手元には何のキャリアもなく、なんだか自分のアイデンティティが失われてしまった気がしました。そこで子どものころから大好きだった菓子作りを極めようとフランス製菓の専門学校ル・コルドン・ブルーに通い、ディプロマ(証書)を獲得しました。次に夫がヨーロッパに赴任することになったときはついていかず、日本とヨーロッパを行き来する生活を選択しました。

このときに本場のお菓子やコンフィチュールをたくさん見たり食べたりしたことは今に生かされていると思います。実は、この経験が「旅するコンフィチュール」のネーミングの由来なんですよ。

――そこから、どのようにして店を開くことになったのでしょう?



その後、夫と離婚することになり一人娘を自分の手で育てていくことになりました。そのため親子がちゃんと生きていくことが最優先事項になり、家庭との両立が図れそうな自宅の近くの施工会社に契約社員として就職したんです。正社員登用を目指したのですが、いよいよかと思ったタイミングでリーマンショックが発生。正社員の道は遠のきました。また社員になると夜遅くまで残業があることも判明し、それでは育児ができないと別の道を探すことにしたんです。

次の職は行政の委託事業のカフェ運営でした。メニュー開発から調理、従業員の管理などを請け負う仕事です。同時期に、知人にイベントでお菓子を販売してみないかと誘いを受けました。そのときに作り始めたのがコンフィチュールです。

――製菓を習っていたのであれば、焼き菓子などに手を出しそうなものですがなぜコンフィチュールだったのですか?



一つは、日持ちするからです。まだ一度にたくさんの菓子類を作った経験がなかったので、売れ残りのリスクをどのように管理したらいいのかわかりませんでした。その点、コンフィチュールであれば日持ちするので一度に売り切れなくてもどこかで再び販売する機会を持てます。それからもう一つ決定的な理由が、当時使わせてもらえることになっていたキッチンにオーブンがなかったんです。コンフィチュールはコンロさえあれば作れますから、必然的にこれを選ぶことになりました。

最初に参加したイベントは横浜の生産物を使うことがテーマになっていたので、紹介を受けた農家さんを尋ね、どんな果物が使えるのかをアドバイスしていただきました。そして6種で100本のコンフィチュールを作り、2日で完売したんです。この経験が楽しくて、誘われる度にイベントに参加するようになりました。

思い返せば、私は子どものころからジャムが大好きだったんですよ。当時は自宅に甘いものが少なかったということもありますが、何にもつけず、そのまま舐めてしまうくらい甘いジャムが大好きでした。もしかしたら、それもどこかでつながっているのかもしれません。

作ったものが売れるのが嬉しくて、勢いのままに独立・開業

――誘われるがままにイベント出展を続けて、そのままの流れで独立・開業をされたのですか?



そうなんです。イベントには複数参加していたので、カフェの委託事業をする傍ら、フリーランスで菓子職人をしているという状態でした。そのうちコンフィチュールがどんどん売れるようになってきて「これはなんだか上手くいくかもしれないぞ」と思い始め、本格的な開業を考えるようになりました。もともとカフェ事業の方は年間契約で雇用は不安定だったので、勢いがついたころに「もうコンフィチュール店に専念してしまおう」と事業計画書も作らずに独立してしまいました。

――では開業のための資金はどうされたのでしょうか?



全て自費です。どこからも借り入れをしていません。とはいっても、未だ経営は個人事業主という形態で続けていますし、小さな事務所兼製造所を一つ借りているだけなので巨額の資金は必要ありませんでした。この店のリノベーション代だけですね。でも、今振り返ればやっぱりちゃんと調べて補助金などを申請しておけば良かったと思っています。

美味しいものを作ることは絶対必須。見た目にもこだわることで卸売先が増えた

――「旅するコンフィチュール」はもう6年以上も店が続いていて評判も上々です。卸売先も増えていますよね?売上を上げる秘訣は何なのでしょうか。



美味しいものを作ることは絶対必須の条件です。けれど、それは食べていただいてはじめてわかること。その前に何かピンとくるものがなければなりません。そこでこだわっているのが、見た目です。コンフィチュールの色をきれいに出すこと、果物のテクスチャがよくわかる容器に入れて見て楽しめるデザインにすることを考えました。最初に商品を開発したときからずっとデザイナーさんに協力してもらっており、タグの付け方までこだわっているんです。

食のセレクトショップでは店に置いたときの雰囲気を大切にされるようで、見た目にこだわった点は高く評価していただいています。取引先には美術館もあるのですが、こちらはデザインへのこだわりが並大抵でなく、美術館で販売するのに相応しいものかどうかじっくり検討いただいてから取引が始まりました。

――旅するコンフィチュールは食材を農家から直接仕入れているのですよね?手作りしていることや農家から直に仕入れた食材を使っているという店はアピールポイントになっているのですか?



もちろんそういったコンセプトに共感して購入してくださる方もいらっしゃいます。でも、農家さんから直に食材を仕入れるということにはそれ以上にメリットがあるんです。旬の美味しい果物のことは生産者が一番よく知っているんですよね。畑を見せていただくこともあるのですが、行く度に発見があり、アイディアが浮かびます。農家さんは全国にネットワークを持っているので美味しい産地を紹介してもらうこともできるんですよ。

仕入れの面でも、知り合いの農家さんを通じて買うのは安心なんです。まったく経験のない業者に対しては、足元を見て価格を吊り上げられるということがままあるそうなのですが、私は相談相手が多数いるのでそのような事態は避けられています。台風で落ちてしまった実を買い入れるなど、ささやかながら農家さんを支援できることにもやりがいを感じています。

今後はできればもっと時間を作ってどんどん産地を尋ねたいです。今は開店当初とは異なる意味の「旅するコンフィチュール」になってきているかもしれません。

――「旅するコンフィチュール」はメディア露出が多いですが、どこかでPR活動をされたのですか?



まったく手探りで始めている事業なのでSNSに書き込むぐらいしか活動はしていないのですが、「旅するコンフィチュール」はとにかくネタになる切り口が多いようなんです。「女性起業家」「リノベーション物件での開業」「地産地消」など、意図していなかったところにさまざまなキーワードがくっつくようになってきており、依頼の度に取材に答えていたら露出が増えました。

――最後に、独立・開業を目指すみなさんに向けてのメッセージをお願いします。



私の場合は勢いのままにここまで来てしまったので、補助金のことなどもっとよく考えればよかったと思う事柄がなくはないです。けれど、ある程度は勢いも大事にしなければ開業はできませんでした。「今は準備の期間だから」とばかり考えていると、いつまでもそれが本番になる日は来ないんですよね。一度始めてしまえば、壁が見えてきてもなんとか解決するしかなくなり、それを繰り返すうちに店は成長していきます。

独立したてのころはすでに業界で知名度のある人たちとの差別化を図れるかどうか心配でしたが、個性はやっているうちにどんどん出てきました。ともかく、やってみることと続けることが大切なのだと感じましたね。真剣に取り組んでいれば手を差し伸べてくれる人は現れますから、アドバイスに耳は傾けつつ、ある程度は勢いをもって飛び込むことが大事なのかなと思います。