秋元康

9月17日の『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』(BSプレミアム、毎週火曜21:00~)は、「熱気が生んだ真夜中の解放区~オールナイトニッポン伝説~」と題して放送。ビートたけしが『オールナイトニッポン』でパーソナリティーを務めていた当時を振り返る。

同番組は、人々が固唾を飲んで見守った“出来事”に注目。残された映像や決定的瞬間を捉えた写真を最新ヴァーチャルで立体的に再構成し、事件の“アナザーストーリー”に迫る、マルチアングルドキュメンタリー。

『オールナイトニッポン』は、それまではなかった若者向けのラジオ番組として1時から5時までの生放送という形で1967年10月2日にスタート。歴代のパーソナリティーはタモリ、明石家さんま、たけし、所ジョージ、中島みゆき、松任谷由実、福山雅治など300人以上にも及び、今も乃木坂46の新内眞衣など、旬のパーソナリティーが一人ひとりのリスナーに語りかける。

数々の伝説を生んてきた人気深夜ラジオだが、そこには始末書も厭わない作り手たちがいた。マイクの前で話したことなどない、制作部の若手社員に過ぎなかった亀渕昭信。初期のパーソナリティーを任されて大人気を博し、1973年からは総合プロデューサー兼ディレクターとして黄金期の基盤を作った。あのねのね、笑福亭鶴光など無名の若者を起用。外務省に届いたはがきは2千通にも及び、占拠率90%の下ネタ放送という放送コードギリギリの斬新な企画で始末書も厭わなかった。今回、そんな真夜中の解放区誕生の物語に迫る。

1981年からパーソナリティーを務めたたけしは、初回放送で「これは、ナウい君たちの番組ではなく、私の番組です!」と宣言。その日の気分のままに自分をさらけだし、身の回りに起きたバカバカしい出来事を包み隠さず話した。それが、クラスでもあまり目立たない、でも心に何かを抱える少年少女に熱狂をもって受け入れられることに。そして今回、毒舌トークを10年続けた最終日のエピソードを披露する。

また、中学生の頃からリスナーだった秋元康は、後に『オールナイトニッポン』の放送作家として、タモリや長渕剛の放送にも関わることに。秋元は、「そこで全てが始まり、多くのことを学んだ原点」と語る。また、AKB48の歌をつくるときも思い出すという『オールナイトニッポン』での経験について聞く。