ブラピ、ディカプリオ最新作、カルト集団マンソン・ファミリーによる殺人事件18の真実

先日公開したクエンティン・タランティーノの最新作、映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。ブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオが初共演を果たし、チャールズ・マンソン率いる歴史的カルト集団「マンソン・ファミリー」の起こした事件をテーマに物語が繰り広げられる。本事件の真実を、ローリングストーン誌が映画のシーンに合わせて解説。

※本稿には現在公開中(日本国内では2019年8月30日より公開)の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のネタバレが含まれるのでご注意。

クエンティン・タランティーノ監督による最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、皆さんご存知の通り、マンソン・ファミリーの起こした殺人事件を事実に基づき正確に描いている訳ではない。『イングロリアス・バスターズ』や『ジャンゴ 繋がざれる者』に代表されるように、タランティーノ作品では特に驚くべきことではない。歴史上の残虐な出来事を取り上げて善人が必ず勝つというストーリーの中で、暴力をより残忍かつコミカルに描くのが彼の典型的なやり方だ。今回の『ワンス・アポン・ア・タイム』も同様で、歴史上の大事件に勝手な解釈を加えてストーリーの中心に据えている。1969年8月9日、チャールズ・マンソンを信奉するマンソン・ファミリーのメンバー3人がビバリーヒルズにあるシエロ・ドライブ10050番地の邸宅に押し入って住人らを捕え、全員を残虐に殺害した。犠牲者の中には、女優のシャロン・テートも含まれた。タランティーノは、ブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオが演じる2人の隣人をでっち上げただけでなく、歴史をおとぎ話のようなエンディングにガラリと塗り替えてしまった。

一方で、本作がマンソン・ファミリーをより正しく描いていると指摘する声は聞かれない。タランティーノは間違いなく、マンソン・ファミリーを詳細かつ幅広くリサーチしている。カルト教団と指導者について我々の知る事実を前提に本作を観ると、タランティーノは事実の裏側まで見通す力を備えていることがわかる。そこでローリングストーン誌に少数存在する自称マンソン専門家たちは、マンソンによる殺人事件に関する膨大な資料を検証し、タランティーノの作品に描かれた内容と細部に至るまで比較することにした。検証結果の多くは、一度作品を観ただけでは見逃すような内容だった。

1.スパーン農場のセット

冒頭は、ディカプリオ演じる落ち目の俳優リック・ダルトンへの1950年代のインタビューシーンで始まる。西部劇『バウンティ・ロー』でキャリアをスタートさせたと語るダルトンの白黒映像の背景には、ある西部の風景が合成されているが、後にスパーン映画撮影所であることが判明する。ロサンゼルス郡に実在するスパーン映画撮影所は、かつてジョージ・スパーンが所有・経営していた広さ55エーカー(約22万2600㎡)の農場で、1950年代には敷地内に作った西部劇のセットをB級映画の撮影用に貸し出していた。しかしジョージ・スパーンが所有する以前は、ジェーン・ラッセル出演の『ならず者(1943年、ハワード・ヒューズ監督)』をはじめ、人気の映画撮影用セットとして利用された。しかし『ワンス・アポン・ア・タイム』で描かれているように、1960年代後半までに撮影所は荒廃していた。目がほとんど見えず体も弱っていたスパーンは、ファミリーの女性たちによる無賃労働や性的サービスと引き換えに、マンソン・ファミリーが居住することを許可した。マンソン・ファミリーの一員だったポール・ワトキンスが著書『My Life With Charles Manson』の中で明かしたところによると、スパーンのお気に入りはリネット・フロムで、彼が彼女の体に触れようとした時に金切り声を上げたため「スクウィーキー(キーキー声)」と呼ばれたという。施設は野火によって全焼したが、その4年後の1974年、スパーンは死去している。現在のスパーン農場は、サンタスザーナ峠州立歴史公園の一部になっている。

2.マンソン・ファミリーの女性たちは、チャールズ・マンソンの歌を口ずさみながら食べ物を求めてゴミ箱をあさった

作品の前半に、マンソン・ファミリーの女性たちが食べ物を探してゴミ箱をあさりながら、マンソン作の『Always Is Always Forever』を歌うシーンがある。究極の服従を誓う不気味な歌だ。映画のシーンは比較的明るく描かれているが、実際のマンソン・ファミリーは、日々の食事をほぼゴミ箱あさりに頼っていた。マンソンによる女性蔑視の考え方に従い、食糧の調達はほとんど若い女性の役割だった。カリナ・ロングワースによるポッドキャスト番組『You Must Remember This』によると、彼女らが持ち帰った食糧はまず男性メンバーが食べ、皿に残ったものを女性が食べたという。同番組では、1シーズンかけてマンソンによる殺人事件を取り上げた。

3. ロマン・ポランスキーはシエロ・ドライブ10050番地にそう長く滞在しなかった

シャロン・テート(マーゴット・ロビー)とロマン・ポランスキー(ラファル・ザビエルチャ)が登場するシーンで、ディカプリオ演じるダルトンは、夫婦が先月近所に引っ越してきたと言っている。さらにポランスキーとは初対面だと証言していることから、ポランスキーが家にあまりいなかったことを示唆している。タランティーノによる時系列はややずれているものの、作品中で描かれる1969年2月は、実際にポランスキーとテートが邸宅を借りた月だった。また、テートの妊娠中に彼がほとんど家にいなかったのも事実だ。同年3月、ポランスキーは映画『イルカの日』の撮影のためロンドンへ飛んだ。テートも彼に会うため短期間ロンドンを訪れたが、7月中旬にはロサンゼルスの自宅へ戻っている。ポランスキーは8月15日に帰国予定だった。8月9日の事件発生時にセブリング、フライコウスキー、フォルジャーが邸宅にいたのは、妊娠後期にあるテートを気遣ったポランスキーが3人に彼女を見守って欲しいと依頼したからだった。


3.レコードプレーヤーにかけてシャロン・テートが聴いているバンドは、マンソン・ファミリー(とテート&ポランスキー)に深い関係がある

作品の中でも割と明るいシーンのひとつは、テートがベッドルームで1960年代のバブルガムポップ・バンドであるポール・リヴィア・アンド・ザ・レイダースの曲に合わせて踊る場面だ。そこへセブリング(エミール・ハーシュ)が入ってきて、彼女の音楽の好みをからかう。実際にテートがバンドのファンであったかどうかは定かでないが、バンドはマンソンと密接な関係があるのだ。バンドのプロデューサーも務めたテリー・メルチャーはテートとポランスキーの友人であり、かつてはシエロ・ドライブの邸宅の住人だった。彼はレイダースのヒットレコードのほとんどをプロデュースし、マンソンによるレコードプロデュースの依頼を拒否したために、マンソンの怒りを買ったと言われている。リードヴォーカルを務めたマーク・リンゼイもまた一時的にシエロ・ドライブ10050番地の邸宅に住み、邸宅で行われたパーティーで一度マンソンに会ったことがあるという。

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ポール・リヴィア・アンド・ザ・レイダースの曲に合わせて踊るシャロン・テート役のマーゴット・ロビー(Andrew Cooper/Columbia Pictures)

4.テートとポランスキーの交友関係には、ザ・ママス・アンド・ザ・パパスのママ・キャスやスティーヴ・マックイーンらがいた

プレイボーイ・マンションで開催されたパーティーでテートは、セブリングのほか、ママス・アンド・パパスのキャス・エリオットとミシェル・フィリップスらと踊っていた。さらにその様子を見守っていたのは、スティーヴ・マックイーンだった。ハリウッドのスウィンギング・シックスティーズ時代にそのようなスターの集まりは珍しくなかったが、この5人が一緒にパーティーに参加していたのは間違いないだろう。エリオットとフィリップスはテートの友人だったが、セブリングのクライアントでもあるマックイーンもまた友人のひとりだった。事実、マックイーンの未亡人が2017年にナショナル・ポスト紙に語ったところによると、マックイーンは殺人事件のあった晩にテートからシエロ・ドライブの邸宅でのディナーに誘われていたという。もしも彼が「若い女と遊びに出かけて」いなければ、事件に巻き込まれていただろう。

5. ジェイ・セブリングは完全なる邪魔者

映画の中でセブリングは、ポランスキーが現れたことでテートの恋人から親友に格下げされた人物として描かれている。さらに3人はお互いに離れられない存在で、セブリングはその後もずっとテートを愛していて、彼のテートへの思いは100%プラトニックでないことを示唆している。セブリングとテートは数年間恋人関係にあり、テートがポランスキーと出会う直前にセブリングは彼女に結婚を申し込もうとしていたのは事実だ。カリナ・ロングワースのポッドキャスト番組によると、セブリングは当初、ポランスキーとテートが付き合い始めたことに腹を立てていたという。ところがポランスキーと直接会った後、(あり得ないと思うがどういう訳か)2人は親友同士になった。殺害された当時、セブリングがまだテートを愛していたかどうかはわからない。しかしグレッグ・キングが著書『Sharon Tate and the Manson Murders』の中で、ある悲しい事実を明らかにしている。セブリングが亡くなった時、テートと付き合っていた頃に彼女からもらった卒業記念リングをまだはめていたという。

6. シャロン・テートは映画で描かれている通り、よく裸足で歩き回っていた

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』だけでなくほとんどの作品中に女性の裸足を登場させるタランティーノの執着ぶりについては、さまざまな議論を呼んでいる。シャロン・テートの裸足のクローズアップショットがあまりに多いため、彼女の役作りが犠牲にされていると主張する評論家すらいる。ところがシャロン・テートを演じたマーゴット・ロビーのインタビューを掲載したハリウッド・リポーター誌によると、「シャロンはどうやら靴を履くのが嫌いで、レストランへ入って行けるように時には足首にゴムバンドを巻いてサンダルのように見せかけていた」という。汚れた裸足のクローズアップは決してそそられる映像とは言えないが、史実を忠実に描いているのだ。

7.テートとポランスキーが引っ越して来た後、マンソンがメルチャーに会うためシエロ・ドライブの邸宅を訪れた

映画の中でマンソンは、テリー・メルチャーに会うためシエロ・ドライブ10050番地の邸宅を訪れている。応対したセブリングが彼に、メルチャーは既に引っ越した旨を伝えた。情報源により多少内容が食い違うが、最も信ぴょう性が高いのは、ポランスキーとテートが邸宅を借りていた時のオーナーであるルディ・アルトベッリによる裁判証言だろう。アルトベッリの証言によれば、マンソンは1969年3月23日にメルチャーを訪ねて邸宅に姿を現したという。映画ではセブリングが応対したことになっているが、実際はテートとポランスキーの友人で写真家のシャフロク・ハタミが玄関で応対した。ハタミ自身の証言もアルトベッリと一致している。当日マンソンと話したハタミは、彼をアルトベッリの所へ案内したという。

8.ヒッチハイクを装いメンバーを勧誘したマンソン・ファミリー

作中でブラッド・ピッド演じる落ちぶれたスタントマンのクリフ・ブースは、道路脇でヒッチハイクしようとしていたプッシーキャット(マーガレット・クアリー)を車に乗せた。マンソン・ファミリーの一員という設定で、美人の彼女は架空の存在だが、車に乗り込むとすぐにブースのご機嫌を取ろうと彼の下半身に手を伸ばした。これは実際にマンソン・ファミリーの女性たちが頻繁に行っていたリクルート戦略で、多くの信者や協力者を得ることに成功した。現実にあった話として、ザ・ビーチ・ボーイズのドラマー、デニス・ウィルソンが初めてファミリーと出会った時の体験談がある。彼はサンセットブルバードでヒッチハイクしていたファミリーメンバーのパトリシア・クレンウィンケルとエラ・ジョー・ベイリーを車に乗せ、自宅へ連れて行った。その後彼女らはウィルソンの自宅に居ついて、しばらくの間去ろうとしなかったという。

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南カリフォルニアのサンタスザーナ山脈にある広さ500エーカーのスパーン映画撮影所の概観(1969年)(Photo credit: AP/Shutterstock)


9.マンソン・ファミリーは、スパーン農場を訪れる観光客に乗馬ツアーを提供していた

ブースがスパーン農場を訪れるシーンで、マンソン・ファミリーのルル(ヴィクトリア・ペドレッティ演じるレスリー・ヴァン・ホーテン)とテックス(オースティン・バトラー演じるチャールズ・ワトソン)が観光客向けに乗馬ツアーをしている。アンフェタミン漬けになったカルト信者らが、驚きで目を見開いた観光客を馬に乗せる光景は異様に見えるだろうが、デイヴィッド・J・クライチェク著『Charles Manson: The Man Who Ruined the Sixties』によると、マンソン・ファミリーは実際に農場で乗馬ツアーをしていたようだ。乗馬ツアーは、危機的状況にあるスパーン農場のビジネスを支えていた。馬の世話をしてツアー用に貸し出す仕事は、マンソン・ファミリーがスパーン農場と結んだ契約の一部だった。

10. テックスがチャールズ・マンソンに次ぐ地位にいた

映画ではマンソンがトラブル解決のためにサンタバーバラへ行っている間、過激なテックスがマンソンの代理に任命されている。ヴィンセント・ブリオシ著『ヘルター・スケルター』によると、農場におけるワトソンの実際の役割と合致するようだ。著書の中である捜査官は、ワトソンとマンソンの2人が「農場を仕切るブレーンだった」と証言している。マンソンとは異なりワトソンには前科もなく、1968年にヒッチハイクをきっかけにマンソン・ファミリーに加わるまでは、誰に聞いてもごく普通の少年だったという。偶然にもヒッチハイクで彼を拾ったのは、ビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンだった。テート殺害事件で有罪判決を受けたワトソンは、キリスト教に改宗した。彼は17回に渡り委員会に仮釈放を求めているが、いずれも認められていない。

11. リネット・”スクウィーキー”・フロムは、当時80歳のジョージ・スパーンと性的関係を持った

前述の通りマンソン・ファミリーの女性たちは、性的サービスと引き換えにさまざまなものを手に入れてきた。リネット・”スクウィーキー”・フロム(映画では過去に口汚い役も演じたことのあるダコタ・ファニングが演じている)も例外ではない。『ワンス・アポン・ア・タイム』で描かれているように、フロムは日常的に農場主のスパーンとベッドを共にし、ファミリーの女性の中でも特に彼のお気に入りのひとりだった。一説によると、農場全体を彼女とファミリーの一部メンバーに遺すようスパーンを説得しようとしていたとも言われている。テート殺害事件では罪に問われなかったものの、1975年に当時の米国大統領ジェラルド・フォードを銃撃しようとしたことでも悪名を高めた。彼女はその後もずっとマンソンを信奉しており、自分の裁判にマンソンを同席させるよう懇願したこともあったという。

12. スティーヴ・”クレム”・グローガンは、聡明な人間ではなかった

映画ではマンソン・ファミリーの誰もとりわけ聡明な人物として描かれていないが、特に嘲笑の的となっているのは(ジェームズ・ランドリー・エベール演じる)スティーヴ・”クレム”・グローガンだ。やせこけた長髪の田舎者で、ブースの車のタイヤをナイフで突き刺したためブースに殴られ、パンクさせたタイヤを自ら交換させられた。このシーンは、検察官のヴィンセント・ブリオシ著『ヘルター・スケルター』を直接のヒントにしていると思われる。著書の中でマンソン・ファミリーに近いバイカー集団ストレート・サタンズのあるメンバーが、クレムは「正真正銘のバカ者」だったと言い、カマリオ州立精神科病院を脱走した彼はマンソンの言葉をそのまま真似て話していたと証言している。実際のグローガンは脱走したのでなく、小学生の前で下半身を露出したために精神科病院へ90日間の収監を命じられたのだ。グローガンはテート殺害事件の場に居合わせなかったが、後にスパーン農場で働いていたドナルド・”ショーティ”・シェイ殺害に関わったとして死刑宣告を受けている。しかしその後「彼はあまりに頭が鈍く麻薬のせいもあり、自分自身で行動を決定できる状態になかった」として判決が覆っている。1985年、グローガンは仮釈放された。

13. 殺害当日、テートの生まれてくる子ども用の部屋ができあがった

テートが殺害された晩の直前、悲痛なエピソードがあった。テートは女優のジョアンナ・ペティットを自宅でのランチに招き、これから生まれてくる赤ちゃん用の部屋を仕上げていた。殺害される直前に子ども部屋がちょうど出来上がった、と写真家のジュリアン・ワッサーは言う。ワッサーは殺害現場の捜査中ポランスキーに同伴し、霊能者へ渡すための現場写真をポラロイドに収めた。「ポランスキーが子ども部屋へ入ってタンスを開けてみると、シャロン(テート)の素敵な写真がたくさん出てきた。彼女は本当に美しい女性だった」と2014年にワッサーはガーディアン紙に語っている。「写真を見てポランスキーは泣き出した。彼女を亡くして彼は本当にショックを受けていた。」

14. 殺害当日の晩、テートは友人らとメキシコ料理レストランでディナーとマルガリータを楽しんだ

レストラン・エル・コヨーテはポランスキーとテートの行きつけで、現在もなお営業を続けている。

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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で元スタントマンを演じるブラッド・ピット(Photo credit: Andrew Cooper/Columbia Pictures)

15. チャールズ・ワトソンがテートの邸宅の住人へ宛てたのは、「俺は悪魔だ。俺がここでやるのは悪魔の仕業だ」という身の毛もよだつメッセージ

映画の中ではワトソンがクリフ・ブースに向かって言うセリフだが、実際の相手はポランスキーの友人で、アビゲイル・フォルジャーのボーイフレンドのヴォイテク・フリコフスキーだった。リンダ・カサビアンは裁判の中で、「事件後にファミリーが農場へ戻った時、テックス(ワトソン)がチャールズ(マンソン)に向かって、自分は悪魔だと殺害した人たちに宣言したようなことを言っていた」と証言している。「彼の行為は悪魔の仕業。彼は、そこかしこが恐怖とパニックに陥り、めちゃめちゃに散らかっていたと言い始めた。さらに、よくわからないが、あちこちに人が倒れていて、皆死んでいたなどと言っていた。」

16. マンソン・ファミリーのメンバーは殺害事件を起こした時、ハイになっていた

『ワンス・アポン・ア・タイム』では、シエロ・ドライブにおける実行犯であるテックス、スーザン・アトキンス(マイキー・マディソン)とパトリシア・クレンウィンケル(マティセン・ビーティ)が邸宅へ到着した時、麻薬で完全にハイになっていた様子が描かれている。映画ではダークコメディのように表現されているが、実際に彼らは事件当時ハイになっていた。さらにマンソンは農場で暮らすファミリーへ日常的にLSDを与え、言うことを聞かせていたという。

17. シャロン・テートは本当に愛らしい人だった

映画の中で最も胸が張り裂けるシーンは、エンディングだろう。作品の最初からずっと生涯を追ってきた人たちの実際の運命を知っているだけに、心が痛む。間もなく母親になることで女優としてのキャリアと人生のターニングポイントに差し掛かる、優しく気まぐれな若きテートを演じるマーゴット・ロビーの姿にも心を打たれる。テートをよく知る人に言わせると、作品中のテートは本物の彼女にかなり近いという。「彼女は本当に優しく思いやりがあり、聡明で、あらゆる面においてつつましい人だった」と、シャロンの妹デブラがヴァニティ・フェア誌に語っている。「映画の中のマーゴット・ロビーはシャロンにそっくりだったから、姉にまた会えた気がしたの」


ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
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