ニール・ヤング、1974年に披露した唯一となるライブ音源が公開

もっともダークでパーソナルなアルバムとなったヤングの『ON THE BEACH/渚にて』。1974年にニール・ヤングが同アルバムの収録曲を初披露したサプライズライブの唯一となる音源が公開された。その音源から当時を振り返る。

1974年5月16日、ニューヨーク・シティのライヴハウス、ボトムラインでのライヴも終わりというところで、ライ・クーダーとレオン・レッドボーンは「サプライズがあるから、もう少し付き合ってほしい」と観客に呼びかけた。時刻は午前2時15分。そこにギターを抱えた男がステージに現れた。「曲のタイトルは……えっと……タイトルはそうだな……『Citizen Kane Junior Blues』だ!」と言うと、ニール・ヤングは「Pushed It Over the End」のイントロを奏ではじめた。

いまから45年前の1974年7月19日にリリースされた、ヤングの内面を色濃く反映したアルバム『ON THE BEACH/渚にて』の楽曲が初披露された。ヤングがボトムラインで演奏したダークなタイトル曲「渚にて」、胸を締め付けるような切なさの「アンビュランス・ブルース」、カルト集団のリーダーとして惨殺事件を起こした犯罪者チャールズ・マンソンから着想を得た「レヴォリューション・ブルース」、そして「モーション・ピクチュア(フォー・キャリー)」の4曲は、これまでのヤングの楽曲とはまったく異なるものだった。「かなり暗い。ハッピーとは言えないものだ」と2002年のバイオグラフィー『Shakey: Neil Youngs Biography』(Anchor Books)のなかで、ヤングは同アルバムについて著者のジミー・マックドノーに語った。「あの頃は、自分が思い描いていたような結果にならなかったこと対して幻滅していたんだと思う。」

サウンドトラック作品『ジャーニー・スルー・ザ・パスト/過去への旅路』、ライヴアルバム『Time Fades Away』、当時はまだリリース前だった『Tonights the Night』を除くと、『ON THE BEACH/渚にて』はヤングの大ヒット作『ハーヴェスト』以来のスタジオ作品である。だが、どちらかというと明るい『ハーヴェスト』に比べ、新作はダークなものだった。「Well, I hear that Laurel Canyon is full of famous stars(ローレル・キャニオンには有名人が大勢住んでるらしい)」と「レヴォリューション・ブルース」のなかでヤングは頭のイカれた殺人犯になりきり、「But I hate them worse than lepers/And Ill kill them in their cars.(世間のどんなのけ者よりも、俺はあの連中が嫌いだ。だから車内でぶっ殺してやる。)」と激しい言葉を発している(1970年代半ば、はやくも米ローリングストーン誌の音楽評論家スティーヴン・ホールデンは同作を「この10年においてもっとも陰鬱なアルバム」と評価していた)。

ギタリストのベン・キースとラスティー・カーショウ、ベーシストのティム・ドラモンド、クレイジー・ホースのリズム隊のビリー・タルボットとラルフ・モリーナ、ザ・バンドのリック・ダンコとレヴォン・ヘルムといったバンドメンバーとともにロサンゼルスのサンセット・マーキス・ホテルにこもったヤングは、”ハニースライド”というマリファナとハチミツを混ぜてあぶった濃厚なドラッグの助けを借りて『ON THE BEACH/渚にて』のレコーディングを行った。「ハニースライドって知ってるかい?」とボトムラインの観客に向かってヤングは言った。ヤングは「質の悪いマリファナ」を使った細かい作り方を観客に説明した。「安いハッパは最高だ」とヤングは笑う。「なんせこんな時代だ。値段とか、いろんなことを考えないといけない。」

結果として、ヤングが「モーション・ピクチュア(フォー・キャリー)」を披露したのはボトムラインでのライヴが最初で最後となった。同作は、「A Man Needs a Maid」のインスピレーション源となった俳優キャリー・スノッドグレスとの破局を描いたものだ。「キャリーと俺自身のために、クソみたいな人生を選んでしまったことに気づきはじめてたんだ」とヤングはマックドノーに語った。「だからそこから逃げた。」リリースの翌年もヤングは何度も「渚にて」を演奏したものの、その後の数十年にわたっては演奏回数も減っていた。だが、2019年にベルギーのライヴで16年ぶりに「渚にて」を披露した。

『ON THE BEACH/渚にて』のアルバムジャケットには、両手をポケットに入れて浜辺に佇みながら荒涼とした太平洋を見つめるヤングの姿が写っている。ヤングの側にはチープな花柄のリゾート家具が置かれ、1959年製のキャデラックが砂に埋もれている。砂の上の新聞紙の見出しには「バックリー上院議員がニクソン大統領の辞任を要請」という文字が踊り、ウォーターゲート事件に象徴される当時の政治的なカオスを反映している。写真家ゲイリー・バーデンが手がけたアートワークは、当時のヤングの心のうちを映し出したアルバムの雰囲気を見事にとらえている。ヤングは同アルバムを携えたツアーを行わなかったため(1974年の夏に行われたクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの再結成ツアーでは同アルバムの楽曲をいくつも披露したが)、以下、取り上げたボトムラインのブート音源が唯一の当時の音源である。