家庭用洗剤をはじめとする生活消費財のマーケティングにおけるターゲットは、一般的に「主婦」というのが定石だ。主婦は日常的にスーパーで買い物をするため商品に接触する機会が多く、数ある競合製品の中で自社の商品を購入してもらおうと、メディアを通じたブランドプロモーションや店頭におけるセールスプロモーションは、主婦の認知や高感度を高める目的で行われることが多い。

一方、働き方改革による共働き世帯の増加などライフスタイルの多様化によって、夫も家事に参画する「家事シェア」といった言葉も注目されるようになってきた。“家事=主婦”という従来のイメージから脱却をはかる消費財マーケティングも増加している。ライオンの食器用洗剤ブランド「Magica」もそのひとつだ。

ライオン ヘルス&ホームケア事業本部リビングケア事業部ブランドマネージャーの北原幹夫氏に、新しい機能で家事シェアのソリューションを届けたいという新製品「Magica酵素+」のマーケティング戦略を伺いながら、最近の生活消費財マーケティングにおけるターゲット像の変化を探る。

ライオンMagicaのコミュニケーション戦略を象徴していると言えるのが、同社が製作したテレビCMだ。一般的な家庭が舞台となっているが、このCMの興味深いところは、本来ならCMの主人公になるはずの妻よりも、濱田岳さん演じる夫のほうが印象的に描かれている点だ。夫は、「家事を手伝うべきとわかっているものの、天性の不器用さから、手伝うことで迷惑をかけるんじゃないかと思い、妻になかなか言い出せないでいた」という設定で、夫が皿洗いから家事に参画していく様子が描かれている。

2018年に公開した第1弾のCMでは、夫が結婚4年目にして初めて「お皿洗おうか」と妻に切り出すシーンをコミカルに描いた。Magica酵素+の発売に合わせて公開された第2弾のCMでは、食器洗いに自信をつけた夫が、Magica酵素+の提案する“ほったらかし洗い(食器を洗剤でつけおき洗いすること)”の前に撃沈するという展開を面白く描いている。つまり、CMの主人公は夫であり、そのターゲットは「主婦」ではなく「夫婦ふたり」になっているのだ。

  • 家事シェアに挑戦する夫をコミカルに描いた「Magica酵素+」のテレビCM

北原氏によると、それまでは主に主婦をターゲットにプロモーションを展開してきたが、2018年7月に「主婦」だけではなく「夫婦ふたり」をターゲットにするというコミュニケーション方針の転換が行われたのだという。背景にあるのは、「家事シェア」をめぐる理想と現実だ。

「共働き夫婦が増加して“家事シェア”の必要性が世の中で言われるようになっても現実は違うというのが、方針転換の出発点にありました。実際、当社調べで男性が食器洗いに関わっているのは10%~15%にとどまり、依然として妻が家事の担い手になっているのが実情です。一方で夫に手伝ってほしい家事の1位は食器洗いであり、夫のする家事で妻の満足度が最も低いのもまた食器洗いなのです。こうした実態にMagicaが新しい提案ができるのではないかと考えました。これまで、食器用洗剤は“女性のパートナー”として描かれ続けてきました。今回テレビCMで夫が家事参加に挑戦する姿を描くことで、家事シェアを促進するようなコミュニケーションを打ち出したのです」(北原氏)

  • ライオン ヘルス&ホームケア事業本部リビングケア事業部ブランドマネージャーの北原幹夫氏

夫婦ふたりで家事をするという姿は、同社の食器用洗剤のCMでこれまで何度も描かれてきたのだという。しかし、これまでのCMが「理想的な夫婦の形」を描いてきたのに対して、MagicaのCMでは「夫婦のリアルな姿」に注目して企画をしたのだという。

「理想ばかり描いてしまっても、現実との乖離が大きく共感は得られないと考えました。家事シェアが実現できている理想の夫婦像や女性の視点に立ったコミュニケーションが多い中、Magicaでは家事シェアが進んでいない“リアル”と“少し先にある理想”を描くことで、自分事化してもらおうと考えたのです」(北原氏)

確かに、世の中にある消費財マーケティングを見てみると、家事や夫婦の姿をポジティブに描いているものが多く見受けられる。しかし実際には、家事は女性にとって大きな負担であり、ストレスも多い。夫に対する不満の要因にもなる。一方、夫も家事を手伝いたいという思いを持ちながら何もできないことにストレスを感じたり、手伝っても結果に不満を持つ妻と衝突することさえありうる。この理想と現実の狭間にあるギャップによって、消費者の共感が得られないことがあるのだ。対して、Magicaでは食器用洗剤ブランドでありながら“食器洗いは、面倒くさい”というネガティブな実態を認めたうえでコミュニケーションを組み立てた。この決断は簡単ではなかったのではないだろうか。

「表現する点で気をつけたのは、リアルだけれども、ウェットにしない事。説教じみていると男性は耳をふさぐし、女性も苦しい現実を受け止めきれなくなる。日ごろの家事で悩む夫婦がテレビCMを観て“こんな家事ができたらいいな”と思ってもらえるかどうかが、大きなチャレンジでした。家事は毎日行われることなのに、当たり前すぎてなかなか夫婦の関心事にならない。このコミュニケーションが夫婦ふたりで家事の在り方を考えるきっかけになれば」(北原氏)

新製品Magica酵素+が打ち出している、食器をつけおき洗いすることで洗剤中の酵素が食器の汚れを落とすという「ほったらかし洗い」も、食器洗いが面倒くさいと感じている妻と、手伝いたいが何をすればいいのかわからない、家事にストレスを感じている妻の姿を見たくないと感じている夫の間にある様々なストレスを解消するソリューションとして提案されているという。コミュニケーションを通じて夫婦のリアルな実態に迫ったことで、消費者の共感を得ることを目指したのだ。

「家事シェアの大切さをわかっていても、夫から“自分がやろう”と言い出すことはなかなか難しい。2つのCMを通してその葛藤を上手く表現できたのではないかと思います」(北原氏)