ビリー・アイリッシュ、兄と親の影響で育まれたアイコンの資質

ビリー・アイリッシュは今もっとも注目すべきティーンエイジャーなだけではない。これまでさんざんやりつくされた定石を書き換える、未来のポップ界から送り込まれた最初の刺客なのだ。

作曲チームや一流プロデューサーを無視して、兄と2人で奇想天外な楽曲を作る反逆児。彼女は殺人や血なまぐさい話をネタに、ホラーじみたエレクトロ地獄絵巻をささやくような声で歌う。SoundCloudで「Ocean Eyes」がヒットして突然世に現れてから4年後、デビューアルバム『ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?』の大ヒットで彼女は音楽業界に殴り込みをかけた。彼女を真の偉大なるポップアーティストたらしめているのは、彼女の野望がどこまでも貪欲であるが故だ。この少女は世界を手に入れたがっている。それも今すぐに。

アイリッシュは今世紀に生まれた最初のヒットメイカーだ。彼女はiPodが出たのと同じ年に生まれた。きっとそのせいで、彼女は悪びれもせずさまざまな音楽スタイルにやみくもに飛びつくのだろう。ギャングスタ・ラップから、エモ、グランジ、ゴス系バラードまで何でもあり。ピンときたノイズを全部ごったまぜにする。最初に曲を作ったのは11歳のとき。『ウォーキング・デット』のサイドストーリーものだが、彼女の曲で語られる三流ホラーは、若い少女が成長過程で抱える怒りのはけ口を彼女なりに表現しているかのようだ。そうした心の叫びは、「私はあんたのベイビーじゃないわ」という彼女のうなり声や、2017年のミニアルバムのタイトル『Dont Smile At Me』からも伺える。「ユー・シュッド・シー・ミー・イン・ア・クラウン(私を王として扱うべき)」の中でも彼女は暗に、他人から王冠をかぶせてもらうのを待つのはごめんだ、と歌っているのだ。

アイリッシュはインスパイアされたアーティストとして、タイラー・ザ・クリエイターといったラッパーたちをとかく絶賛する。「チャイルディッシュ・ガンビーノが私を形成したの」と彼女は言う。10代はいつの世も、自分がいかにヒップホップ好きかを熱く語ることが求められる(古くはニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックが、パブリック・エネミーを熱狂的に支持していた)。だがアイリッシュはラッパーたちの態度を真似るだけでなく、水面下での活動やミックステープ公開のタイミングなどを研究した。新参者がブレイクする定石のラジオ向けヒット曲にはまるで興味なし。代わりに、彼女は最高のアルバムアーティストとなった――専門家が口をそろえて、アルバムなんて時代遅れだと言う時代にだ。


彼女の魅力には、兄フィニアスとの共同創作という一面もある。2人は兄の部屋で、共同で作曲プロデュースしているのだ(ケイト・ブッシュもまた、兄パディが縁の下の力持ちだった)。2人は映画業界で働く両親のもと、自宅学習をうけて育った。父は『ザ・ホワイトハウス』にバーテンダー役で出演した経験があり、フィニアスは『グリー』の最後のほうでキャストに加わった。2人が自宅学習していたと聞いたとき、ふとハンソンを思い出して思わず笑みがこぼれた。オクラホマの兄弟が「キラメキMMMBOP(ンー・バップ)」で一世を風靡した年にフィニアスは生まれている。だが驚いたことに、2人の父親は自宅学習を始めた理由はハンソンだと明かした。「彼らはオクラホマの敬虔な家で自宅学習をしていましたが、それにもかかわらず」と、父親はニューヨーク・タイムズ紙にこう語った。「実際には、彼らは自分たちの興味を持ったことをとことん突き詰めることができたのです」

親に反抗するのは、10代の若者にとっては仕事のようなもの。だがアイリッシュはびっくりするほど、世代を越えて支持されている。彼女はジェネレーションXの母親から多分に影響を受けている。年齢層の高いオーディエンスにとって彼女の存在は、かつて自分たちがアラニス・モリセットやコートニー・ラヴ、PJハーヴェイらに抱いた不安感を彷彿とさせるのだ(アイリッシュの美意識も突き詰めていけば、「Down by the Water」でPJハーヴェイが「little fish, big fish」と連呼する不気味なささやき声に行きつく)。

筆者の友人は2人とも、「バッド・ガイ」を聴いて同じ経験をした。子供たちから「たぶらかす」とはどういう意味かと訊かれたのだ。だがこれも、スターが世代の境界線を越えるときにはつきもの。そして彼女が目指すスター像も、まさにそういう存在だ。「娘がビリー・アイリッシュにすっかり夢中なんだよ」と、ジェネレーションXのとある父親が言った。デイヴ・グロールも「1991年にニルヴァーナが出てきたときと、同じことを彼女も体験しているんだろうね」と語っている。