数値計算ソフトウェアやシミュレーションツールという垣根を越え、さまざまな産業分野での活用が進むMathWorksが手がける「MATLAB」と「Simulink」。同社では、もはや使われていない産業分野はないと豪語するほどであるが、何がそうした普及を後押ししているのか、同社Vice President,MarketingのRichard Rovner氏に話を聞く機会をいただいたので、その内容から紐解いてみたい。

AIを中心に変化するユーザーの志向

もともとMATLAB/Simulinkは自動車や航空宇宙・防衛といった産業分野でよく活用されてきた経緯がある。また、近年はそこからさらに通信、エレクトロニクス、半導体といった分野でも活用が進んできており、日本ではそのほか産業機器分野でも活用が進んできた。

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    MathWorksがフォーカスしている産業分野 (提供:マスワークス)

しかし、それは産業分野別で見た場合の話。「産業分野で分ける従来的な見方はもちろんあるが、最近では、どういうアプリケーションがその産業で広く使われるのか、という別の角度からMATLAB/Simulinkを見る向きが強くなってきた。特にAI(人工知能)の活用が本格化してきたここ最近、ユーザーの志向がさまざまな産業分野でオーバーラップするようになってきた。例えば消費電力の最適化などは良い例で、自動車でもエネルギーインフラでも、さまざまな領域で消費電力削減という同じ方向を目指すこととなる。そういう意味では、AIの普及を背景に、すべての産業分野において、AI活用に一端としてMATLAB/Simulinkの活用がなされるようになってきた」とRovner氏は、MATLAB/Simulinkの活用の拡がりの背景を説明する。

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    現在、各所で見られるAI活用の流れがこれまでのMATLAB/Simulinkのあり方を変えることとなった (提供:マスワークス)

こうした動きを受けて、ユーザーのMATLAB/Simulinkの活用に向けたツールとしての戦略も、どの業界でも、MATLAB/Simulinkを知らない人でも使いやすくなるように産業横断的なアップデートを進める一方で、特定分野に対しては、その分野で必要となる機能をまとめたツールボックスといったような形で提供を行うほか、ツールのみならず、MATLABで利用できる分野特化型のアプリケーション(MATLABアプリ)の提供を行うなど、使い勝手の向上や開発の容易化を実現する工夫を続けてきたという。

言語の垣根を越えた存在を目指す。

さまざまな産業分野のさまざまなバックグラウンドのユーザーが使う、ということになると、必然的にMATLAB/Simulinkそのものに詳しくない人も触れる機会が増える。例えばAI分野であれば、Pythonは分かるが、MATLABはさっぱり、といったような具合だ。そのためリリース2018b(R2018b)では「ONNXコンバータ」と呼ぶ主だったディープラーニングフレームワークで作成されたモデルのMATLABへのインポートや、MATLABからの結果のエクスポートを可能とするツールが用意された。

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  • さまざまなエンジニアリングアプリケーションをAIで強化しようという動きはMATLAB/Simulinkにとっての追い風となっている (提供:マスワークス)

また、金融分野などのような、これまでのイメージと異なる産業分野でも活用が進んでいるが、「トータルのワークフローのサポートをするのがMathWorksのソリューション」と同氏が説明するように、MATLAB以外のプログラミング言語であろうとも、ユーザーインタフェース(フロントエンド)がTableauやPowerBIといった別のツールであろうと、壁を作らずに、相互運用的に組み合わせて使ってもらうことを目指すのが今のMATLAB/Simulinkの姿だという。

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  • フロントエンドが何であれ、その垣根を越えてMATLABの利用を可能に、そしてより使い勝手をよくしていくことが今の同社の1つの方向性と言える (提供:マスワークス)

「例えばAIのアルゴリズムを開発したい人たちには、自分たちの使いたいツールを使って開発をしてもらって構わないと思っている。我々としては、そうして作ったアルゴリズムをSimulinkに自然に統合して動かすことを可能とするツールやソフトウェアを用意する、という考えであり、そうしたものを活用してもらうことで、言語や文化の違いによる分断を塞ぐことができるようになると思っている」(同)とのことで、今後、そうした垣根を越えた事例が多くでてくる見通してであり、そうしたものを見せることで、さまざまな面でのギャップを塞ぐことができるということを示していきたいとする。

MathWorksが考える理想の未来

MATLAB/Simulinkをそれと知らないで使えるようになれば、必然的にユーザー数は増えていくこととなる。同氏も「理想としては、世界中のエンジニアやサイエンティストにMATLAB/Simulinkを使ってもらいたい」と述べており、その実現のために、より製品そのものを使いやすいものへと進化させていくことを目指すとする。また、そのための、相互運用性の拡充であったり、MATLABアプリの拡充であったり、トレーニングの充実であったりといった部分についてもMATLAB/Simulinkという存在がより身近な存在になるべく、継続して取り組んでいくとしている。

ちなみに、MATLAB/Simulinkのライセンス形態は永久ライセンスと年間ライセンスが知られているが、「宣伝していないのもあるが、あまり売れないライセンス形態で本当に限られた顧客が購入するだけで、全体の売り上げからしたら非常に少ない」(同)と自らが語るほどの3ヶ月ライセンスというものも存在しているという。現状では主にインターンなどの一時的に増員されたスタッフに利用させる、といった形が主であるため、ライセンス数が少ないとのことであったが、今後、IT関連でのMATLAB/Simulinkの利用者が増えれば、より細かなサブスクリプション方式に対するニーズが高まる可能性も考えられる。ものづくり分野での活用のみならず、どこまでその利用範囲が広がっていくのか。また、それに併せて今後、どのように進化していくのか、その動向について、引き続き注目をしていく必要があるだろう。