「デイトナに比べたらオモチャの車」と言われたフェラーリ・ディーノ

1956年以前にも、エンツォ・フェラーリは数々の死を経験していた。2度の世界大戦だけでなく、父親と兄をインフルエンザの大流行で亡くし、レース中に命を落とした友人も数多い。だが、運命は残酷にも追い打ちをかけた。
 
エンツォの長男、"ディーノ"ことアルフレード・フェラーリは、1956年6月、筋ジストロフィーのため24歳の若さでこの世を去った。父親の事業を継承する日は迎えられなかったが、新進のエンジニアであったディーノは、死後もフェラーリに大きな影響を与えた。
 
最後の数カ月間に、ディーノは新たなV6エンジンの構想を練っていた。のちに開発されたこのユニットに実際どの程度の影響を及ぼしたのかは不明だ。しかし、新たなV6とそれを搭載したジュニア版フェラーリは、敬意を表してディーノと名付けられた。それがディーノ206 GT、246 GT、そしてV8エンジンの308GT4だ。当初は、V12エンジンでもなく跳ね馬のバッジもない(308 GT4には途中から付けられた)ディーノを鼻であしらう者もいた。『Motor Sport』誌など、美しい206 GTを「デイトナに比べたらオモチャの車」と切り捨てた。
 
現在ではディーノの評価も変わった。当時は評価を二分したウェッジシェイプの308 GT4ですら、今では広く愛されている。
 
昨年、地元のモーターショーで二人の男がこんな立ち話をしているのを耳にした。デイトナが4.4 リッターのV12 エンジンをアイドリングさせながら割り当てのスペースに収まるのを見て、ひとりが「いいね」と言い、隣の246 GTを指してこう続けた。「でも、ディーノには負けるなあ」。