歴代ポルシェ356を振り返ってみる

356 Pre-A
この1台からポルシェの伝説が始まった。1948年、ごく初期の車がオーストリアのグミュント工場(元は製材所)で製作され、これがポルシェの起点となった。空冷水平対向4気筒エンジンやサスペンションなど、パワートレインにはVWのコンポーネンツを流用しているが、スチール製ボックス構造のシャシーはポルシェ独自のもので、これに自製の軽量アルミボディを架装している。OHVの1086㏄ユニットはビートルではシングルキャブレターだが、ポルシェでは2基のソレックス・ダウンドラフト・キャブレターを備えて40bhpにパワーアップを図っていた。1949年に疎開先のオーストリアからドイツのシュトゥットガルトに戻ったポルシェは、量産に向けてロイター社にボディ製作を委託し、1950年4月にドイツ勢356の生産が始まった。この時からボディはスチール製になったが、オリジナルのスプリット・ウィンドウは引き継がれた。グミュント時代は生産台数が49台に過ぎず、品質も試作車の域を出ない程度だったが、ドイツに戻ってからは品質が格段に向上した。1951年にはポルシェが自社開発した1.3リッターと1.5リッターの新エンジンが登場した。1952年にはフロントウィンドウがV型スクリーンながら、分割式から1枚ガラスになった。この車は現代のエンスージアストが愛してやまないポルシェのアイデンティティーの起点だ。




356 A/B/C
1955年秋(1956MY)に356Aに進化した。外観上はフロントウィンドウが曲面ガラスになった程度だが、内装や機構面では広範囲に改良が行われた。エンジンは既存の1300㏄(44㎰と60㎰)、新開発の1600㏄(60㎰と75㎰)のOHVユニットのほかに、レース用の1500㏄DOHC(100㎰と110㎰)が加わった。1959年には356Bに進化。ヘッドランプの地上高を高くするため、フェンダーを持ち上げたスタイリングに改め、内装の意匠にも変更を受けた。1964年には356Cが登場。内容的には356B進化型だが、新たに4輪ディスクブレーキを採用した。エンジンはOHV型が1600㏄のみとなり、75㎰と90㎰の2種のチューンがある。356C/2000GSは2000㏄のDOHCエンジンを搭載する。



356 Carrera
1955年秋、356A 1500カレラGSが加わった。550スパイダー譲りの1500ccエンジンはDOHCヘッドにツインプラグやツインチョーク・キャブレター、ドライサンプ潤滑を備えて100bhpを発揮。ボディも開口部をアルミ製としたほか樹脂製クォーターウィンドウの採用などにより約845㎏に軽量化を図った。1957年春からはレース用の"GT"と公道用の"デラックス" の2種仕様となった。356カレラ用エンジンは、1959年には1600㏄に拡大(レース用の115bhpと公道用の105bhp)。1961年秋には2000㏄に拡大したカレラ2(2000GS)が登場した(チューンは仕様により130、140、155bhp)。カレラ2は356Bボディが310台、356Cボディが126台生産された。



356 Open Model
356には誕生以来、常にオープンモデルが存在していた。カブリオレやコンバーチブルでは、ドイツ流の耐候性に優れた幌を備え、開ければクーペにはない開放感を満喫できた。ウィンドウシールドの低いスピードスターを選べばさらに爽快感は高まるが、そのかわり他のオープンモデルに比べれば幌は極めて簡素だ。スピードスターはアメリカの有力ディーラーであったマックス・ホフマンの提案によって誕生したモデルで、1954年に登場した。エンジンは1500㏄のみで装備も簡素化され、発売当時はアメリカ市場で最も安価なポルシェだった。北米に続き欧州でも販売されたが人気が高まらず、生産台数は少ない。1952年には16台のみだが、オールアルミボディのアメリカ・ロードスターが造られた。