パナソニックの企業内アクセラレータープログラム「ゲームチェンジャーカタパルト(GCカタパルト)」。2016年にスタートしたこの制度は、“未来の「カデン」をカタチにする”というビジョンのもと、パナソニックで家電事業を担当するアプライアンス社のなかでアイデアを募り、選考やプロトタイプの検証などを経て、新事業の創造を目指すというもの。大きな特徴は、企画段階から社内外の人々を巻き込んだ「共創」によって進める「オープンイノベーション」だろう。

長年“自前主義”を貫いてきたパナソニックに、どのような変化が起こったのだろうか。GCカタパルトを通じて事業化が決まった「michor(ミチャー)」のメンバーである中島有季子氏と尾家瑶子氏にプロジェクトについて話を聞いた。

イノベーションを起こすべく生まれたGCカタパルト

中島氏「パナソニックは社員数の多い企業です。その分、アイデアの宝庫ではあるのですが、それが形になりにくい状況が続いていました。自分の担当領域を超えた事業ができなかったり、数字的な予測のつきにくいアイデアにGOサインが出なかったり、会議を重ねるうちにいつのまにか企画がボツにされていたり……」

パナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 スマートコミュニケーションBU 商品企画部 国内商品企画課の中島有季子氏

尾家氏「私の普段の仕事はソフトウェアの開発なので、企画として決まったあとの工程から製品づくりに参加します。そのため、アイデアがあっても、それを出す場がありませんでした」

パナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 スマートコミュニケーションBU ソフトウェア開発部 開発2課の尾家瑶子氏

家電メーカーとして歴史の長いパナソニックは、会社が大きくなったことで、個人のアイデアを形にすることが難しくなってしまった。また、研究開発、事業開発、事業部などさまざまな部門を通過して事業化するため、できたとしてもスピード感がない。

さらに、会社から求められるのは「何台売れるのか」「どのくらいの利益が出るのか」という数字的な成果ばかり。研究開発も「薄型テレビをより薄くする」という技術的な進化に寄ってしまい、画期的なイノベーションが起きにい状況に陥ってしまったという。

そのような状況を打開すべく、立ち上げられたのが、GCカタパルト。100年以上家電メーカーとして事業を続けているが、従来のやり方にこだわらず、全く新しい事業を創出するための風土改革とそれをリードする人材の育成を目指し、「ゲームチェンジする人のための発射台になる」というコンセプトが設定された。

GCカタパルトでは年に1回、参加者を公募してビジネスコンテストが実施される。書類選考を通過したチームは、社長プレゼンに挑み、自らのアイデアを披露。そこから、ブートキャンプや途中経過報告のプレゼンによる数回の選考を経て、最終の検討会で承認されれば、事業化に向けたフェーズに移る。

最終選考を通過したアイデアは、事業化支援会社であるBeeEdgeの支援を受けることができるほか、パナソニックとベンチャーキャピタルのスクラムベンチャーズが設立したジョイントベンチャーから出資を受けて独立することもできるという。つまり、おもしろいアイデアさえあれば、パナソニックの支援を受けながら、新たなスタートアップ企業を立ち上げることも可能というわけだ。

中島氏「現業を続けながら、会社の制度として新規事業にチャレンジできるのはありがたいですね。これを使わない手はないなと、すぐに参加の手続きを進めました」

自分のアイデアが事業化されるチャンスがある。そう思った2人はすぐに動き出した。

現場調査から想定外のアイデアが生まれた

新たなイノベーションを生み出すべく、設立されたGCカタパルト。その制度を活用して、中島氏と尾家氏は「自分のうしろ姿を確かめながらヘアアレンジができる」というコンセプトのデジタルミラー「michor」の開発に挑戦した。

michorのワーキングサンプル。うしろのカメラで捉えた後頭部の映像を鏡側に映し出す
michorの利用イメージ

ありそうでなかった鏡とカメラの組み合わせ。このアイデアはどこから生まれたのだろう。

尾家氏「最初は個人的な悩みです。私には、普段からヘアアレンジがうまくいかないという悩みがありました。YouTubeやインスタグラムで検索してみると、ものすごい数の動画が出てくるんです。視聴回数10万回超えもザラですね。多くの人がヘアアレンジに関心を寄せていることがわかりました」

中島氏「何か解決したい悩みがあるとき、そこにビジネスのタネが眠っているものです。尾家さんの悩みから、女性が自由にヘアスタイルをデザインできるようにと、michorの構想はスタートしました。実際に、街や社内で20代の女性にインタビューしてみると、SNSなどで情報はたくさんあるにも関わらず、『うまくいかない』『やり方がわからない』というネガティブな意見が多く出てきたのです。これは絶対にやるべきだと思いましたね」

生の声を集めているうちに、michorの需要に対する仮説が確信に変わった。ニーズの調査方法は実際に街に出てインタビューを行うというシンプルかつアナログな方法だが、これが効果的だったと2人は振り返る。

中島氏「GCカタパルトでは、3カ月に1回プロジェクトの進捗を発表して、継続の可否が判断されるのですが、私たちはここで徹底してユーザーの声をぶつけました。やはり数字の試算よりも顧客の声が一番信用してもらえるので、それで“事業性があること”をアピールしました」

尾家氏「社内で仮説検証したときも、体験してくれた社員を見て『これはいける』と確信しましたね。なので、あとは共感、感動してくれる人を募ろうと思いました」

この製品を必要としてくれている人がたくさんいる――。プレゼンでは自ら集めた「リアルな意見」を可能な限り伝えた。それが審査員に響いたのだろうと2人は分析する。

実感したオープンイノベーションの可能性

また、より多くの人の意見を集めようとしたことで、思いもよらないアイデアが生まれたという。

中島氏「プロの美容師さんの意見もほしかったので、同僚の通っている美容院に一緒に連れて行ってもらって、michorを体験してもらいました。20店舗くらいは回ったと思います」

尾家氏「すると、美容師さんがお客さんからよく『うしろ髪のスタイリングはどうすればいいのか』を聞かれることがわかったんです。しかも、現状ではアシスタントの人に鏡を持ってもらいながら伝える以外に方法がありませんでした」

鏡を使いながら手元を見せるには、2人いなければならない。しかし、混雑時などには、アシスタントの手が空いているとは限らないのだ。

中島氏「つまり、美容院でお客さんにヘアアレンジのレクチャーをするためにも使えることを発見したのです。そこから、美容院と顧客をつなげるBtoBサービスのアイデアが生まれました。実際に訪問に行ったからこそ見えてきたニーズですね」

元々2人は、美容院の課題解決をするつもりで訪問したわけではなかった。あくまでコンシューマー向けの製品として開発するつもりだったのだが、美容師に実際使ってもらったからこそ、ただのコンシューマー向け製品に留まらない、サービス提供の可能性が生まれたのである。

中島氏「美容院と顧客をつなげられれば、新たなコミュニティが生まれるかもしれません。調べたところ、女性の平均美容院の回数は4.5回くらいらしいのですが、ヘアスタイルの相談やアドバイスをオンライン上で気軽にできるようになるのです。また、ヘアアレンジの相談を受けにもっと通うようになるかもしれません」

3カ月に1回行われる継続可否のプレゼンで、美容院のニーズがあることを伝えると、審査員の反応が変わったという。そうして、さまざまな声を集めながら、アイデアをカタチにしていったmichorは、最後の検討会を無事通過。事業化に向け推進できることが承認された。

尾家氏「これまでパナソニックでは製品を発表するまでは完全に情報を閉ざしていました。いわゆる“自前主義”で、社内のノウハウだけで製品を手がけていたわけです。今回もGCカタパルトを通じてmichorを開発していなければ、おそらく製品を販売して終わりだったでしょうね」

中島氏「先ほどもお伝えしましたが、パナソニックはいろんなアイデアや技術があります。しかし、基本的には事業部のなかにある技術を使った製品開発がメインでした。今回はオープンイノベーションとして、開発中からさまざまな人の協力を得られたからこそ、さまざまなアイデアが生まれたと言えるでしょう」

自社内の閉じたアイデアやリソースだけでは、できることが限られる。従来のパナソニックであれば、新製品を開発する際も、情報は発売されるまで「社外秘」として取り扱われることがほとんどだったそうだ。

情報を公開し、社外の協力を得ながら開発を進めたからこそ、さまざまなアイデアが集まり、michorはよりよいものにレベルアップできたと言えるだろう。

michorの事業化に向けた取り組みが決まり、GCカタパルトとしては1つのゴールにたどり着いたが、2人とってはようやくスタート地点に立ったという心境のはず。この先、michorを使ったサービスがどのように展開されていくのか、さらなる進化にも期待したいところだ。

(安川幸利)