気候変動がメンタルヘルスに与える影響、米国内のケースをレポート

2017年9月、米サンフランシスコで41.1度という記録的な猛暑を迎えたとき、精神科医のロビン・クーパー医師は患者の一人がめまいと発熱を訴えたのを聞いて、初めてそれを知った。

その患者はある日、通気性の悪い仕事場で卒倒したという。緊急救命室のドクターはウィルスの感染を疑った。だがクーパー医師は、彼女が処方した薬は熱に反応すると麻薬のような作用を起こすことがあるのだと、患者に説明した。統語失調症や双極性障害などによく使われる抗精神病薬は、人体の体温調節機能を損なう場合がある。これが、気温とともに統語失調症の患者の入院率が急増する理由のひとつだ。「患者には、猛暑の際はこれらの薬が害になることを覚えておくように、と伝えました」とクーパー医師。「もう原因が分かったので、次からは大丈夫でしょう」

世界中で気温が上昇する中、「次」が起こる頻度はどんどん高くなるだろう。薬と熱の化学反応が引き起こす危険は、気候変動がメンタルヘルスに及ぼす影響の懸念が高まっている理由のひとつにすぎない。2018年後期に公表された政府主導の第4次全米気候調査では、気温上昇、異常気象、海面上昇によって引き起こされる現象のひとつに、メンタルヘルスの問題とストレスが挙げられた。「この2年間、気候変動の問題に目が向けられています」と言うのは学術誌Traumatologyの編集長で、トゥレーン大学の防災対策アカデミーの主任を務めるレジー・フェレイラ氏。「災害がトラウマを引き起こすことは知られていますが、気候変動によって災害は深刻化しています。災害悪化の原因に目を向け、事前に予防策を練ることが必要です」

メンタルヘルスの専門家はすでにこの脅威に取りかかり始めている。アメリカ精神医学会(APA)の2019年総会は、プログラムに気候変動関連の講演が6つも組み込まれている。クーパー医師や彼女の医師仲間らの努力の甲斐あって実現したものだ。2017年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の精神医学の助教授でもあるクーパー医師は同僚とともに「気候と精神医学の会(CPA)」を2017年に立ち上げた。「精神医学の専門分野はそれぞれバラバラですが、全員がこの問題に対し、自分たちは何ができるかを話し合っています」と言うのは、地域精神医学を専門とするデヴィッド・ポラック医師。CPAの創設メンバーで、オレゴン健康医学大学(OHSU)の公共政策名誉教授だ。「メンタルヘルス問題の将来について話し合いつつ、気候変動のことも頭に入れておかねばなりません」

気候変動がメンタルヘルスに及ぼす影響には2つある。将来に対する不安の増大と、洪水やハリケーンといった気候災害でトラウマを受ける人の増加だ。さらに深刻な事態になることが予想される中――国連の気候変動に関する政府間パネルは10月、地球の気温を12年以内に産業革命以前よりも1.5度以下に抑えることを提言。また先週には、100万種以上の生物が絶滅の危機に瀕しているとの報告書を公表した。存続の危機を懸念する人の数は日に日に増している。デヴィッド・ウォレス-ウェルズ氏が新著『The Uninhabitable Earth(原題)』でも記しているように、気候変動への不安は「気候心労」「気候鬱」とも呼ばれている。「世界の終わりについて考えを巡らせると絶望感に襲われるのは人間の性かもしれないが、気候変動の魔の手が少しずつ形を現しつつある今、この先の世界の未来がどうなるのかを考えるとぞっとする」


気候変動への不安は比較的最近みられるようになった現象だが、懸念は広がっている。12月に行われたイェール大学の調査によれば、アメリカ国民の70パーセント近くが気候変動を「心配している」と回答、29パーセントが「非常に心配している」と答えた――6カ月前の調査から8ポイント増加――さらに「なすすべがない」と感じている人は51パーセントにのぼった。「歴史研究科は、これまでにも大勢の人々が非常に困難かつ激動の時代に直面してきたというでしょう」と言うのは、ニューヨーク州イサカ付近で診療所を営むCPAのジャネット・ルイス医師。「ですが、人類がこのような危機に直面したことはいまだかつてありません」

死別者を支援する非営利自助グループGood Grief Networkでは2016年、環境不安障害や気候鬱に特化した10段階プログラムをスタートした。3月にはイギリスでbirthstriker(出産ストライキ)の集団が、現在の地球環境で子育てをするのは不適切だとの懸念から、出産拒否を宣言した。クーパー医師の患者らも我が子の安全を危惧している。「ある患者は、どこかへ逃げ出したがっていました。でも現実には、いま起きていることから逃れられる場所などないのです」

おそらく、気候不安障害対策に関してもっとも大きな問題は、人々が抱く不安が現実のものだということだ。「不安障害の治療ではたいてい、医師は非現実的な不安を抱える患者を治療します」とルイス医師。「今回に関しては我々医師も同じ立場です」 彼女とクーパー医師が言うには、こうしたケースではとくに患者の感情を肯定することが重要で、心理療法士自身も気候変動の現実に向き合うことが大事だという。 「そこには『みんな同じ状況なんだ』という共通意識が生まれます」とクーパー医師。「なんとも物悲しいですが」

ルイス医師によれば、気候不安障害に悩む人々に手を差し伸べることは、失ったものに対する悲しみを後押しすること――生態系や、うしなわれた社会の未来――そして、自分たちが激動の時代に突入しつつあることを認めることでもあるという。「私たちは未知の世界へ向かっています。だからこそ、その過程で自分たちを守らなくてはならない。そしてほんの少し、自分に余裕を与えてやる」と医師は言う。「受け入れ難い情報を、全部一度に処理するなんてできません」


プエルトリコのハリケーン・マリアで30万もの人々が家を失った。嵐で家を失い、現在フロリダで暮らすプエルトリコの人々は、島に残った人々よりもかなり高い確率でPTSD(外傷後ストレス障害)を発症するという。(Photo by AP/REX/Shutterstock)



悲痛もさることながら、諦めとなると話はまた別だ。「こうした情報に前向きに対応するには、自分たちなら何とかできる、という気持ちが必要です」とルイス医師。彼女が懸念しているのは、気候に関するマスコミの報道があふれることで人々が差し迫る運命に気を取られ、無力感や拒絶にさいなまれたり、冷笑的になることだ。「諦めることで、自分は現実的な人間だと思うのは簡単です。ですがそれは大間違いです」と彼女は言う。「諦めは、自分の中に変化を起こす意思や能力があることを否定しているのです」 代わりに、患者には他の人々と一緒に行動を起こしてほしいと医師は言う。「大勢なら不安もうまく抑えられます」と医師。「一人で抱え込むにはあまりに大きい問題ですから」

今月下旬に行われるAPAの総会で、ルイス医師も登壇者の一人としてセミナーに参加する予定だ。環境不安障害を抱えた患者との疑似診察を行い、診察の現場でこの問題が実際にどう扱われているかを観客に見てもらうのだ。他には、ポラック医師が司会を務める「気候変動とメンタルヘルス:プエルトリコの例から学ぶ」と題したセミナーがある。プエルトリコ基金のアニー・マヨール会長はそれを自らの肌で体験した。ハリケーン・マリアが2017年に島を襲ったとき、マヨール会長は運に恵まれた側だった。30万人とは違って自宅は無事だった。「コミュニティの助け合いや、家族からのサポートがありました。発電機も使えました」とマヨール会長は言う。彼女は自ら運営するコミュニティ支援NPOでの日々の業務を語った。学校が2か月間閉鎖されたので、5歳になる息子を職場へ連れて行った。たまに休みを取ったり、毎朝欠かさず5キロ走ることで、なんとかストレスに対処した。だが、災害の被害者を助ける職場のスタッフが気がかりだった。「従業員が落ち込んでいるのがわかるんです。コミュニティで他の人々を助けようとしても、どうしたらいいのか自分でもわからないんですから」

テュレーン大学の心的外傷心理学者チャールズ・フィグレー氏は、災害の生存者を支援する人々が経験する2次的トラウマを「同情疲れ」という言葉で表現した。彼は近い将来、もっと多くの地域でさらに多くの気候災害に対応できるようなプログラムが必要になるだろうと予想している。「もし自分が住む地域で広範囲な災害が起きて病院に運ばれたとしたら、病院で働く人々は自分を治療するために家族を置き去りにしなくてはならないのです」とフィグレー氏は言う。「しばらくの間はそれでもなんとかなるでしょうが、長期的には無理です。長期的な災害――電気がない状態でも対応できるよう、専門的に訓練された人員が必要です。昨今の大規模化する災害に対処していく以外、他に選択肢はありません」

自然災害のあおりを受け、PTSDや不安障害、鬱、薬物中毒や暴力は増大する。プエルトリコでも、ハリケーン・マリアの後で家庭内暴力が急増した。避難所の人数は倍増し、女性と子供たちは二段ベッドが所せましと並ぶ部屋で寝た。スタッフの能力も限界に達していた。気温の上昇もあいまって、対人暴力や精神疾患によるER外来件数は上昇した。最近の調査によると、インドでは気温上昇で農業が被害を受け、この30年で6万人の農家が自殺したという。2018年のスタンフォード大学の分析によると、アメリカとメキシコでは猛暑だけが原因で自殺する人の数は、2050年までにさらに1万4000人増えると予想されている。

現時点では気候移住の問題はそれほど顕在化していないが、それでも初期の調査結果は思わしくない。ハーバード大学の調査によれば、2011年に起きた日本の津波で移住を余儀なくされた高齢者は、自宅に留まることができた人々と比べると、健忘症の兆候が多く見られたという。ハリケーン・マリアのあと嵐で自宅を追われ、フロリダに移住したプエルトリコの人々も、島に留まった人々と比べるとかなり高い確率でPTSDの症状が見られた。

専門家は、増大する危機への準備は十分ではないと言う。「アメリカのメンタルヘルスの体制は機能していません。しかも災害時には後回しにされてしまいます」と、外傷研究の専門家であるフェレイラ氏は言う。「メンタルヘルス対策よりも、インフラ復旧のほうにばかり気を取られている。人的な要素は忘れられがちなのです」


もっとも必要な時にメンタルヘルスの治療を先延ばしにすると、治療へのアクセス問題のさらなる悪化を引き起こす。特に人種的・民族的マイノリティの間では、白人コミュニティよりもメンタルヘルスの治療を受ける機会が少ない傾向にある。その理由のひとつに、健康保険加入率の格差がある。2017年、保険未加入者の割合はヒスパニック系で19パーセント、アフリカ系で11パーセント。一方白人層では7パーセントだった。メンタルヘルス治療の分野では、多様性や異文化適応力が欠如していることも障壁となっている。2015年時点で全米の精神科医のうち86パーセントが白人だ。「メンタルヘルスはマイノリティ・コミュニティの間ではタブー視されています。島では自然災害に見舞われる以前から、そうした治療を受けることが困難でした」

フェレイラ氏は、医師らがソーシャルワーカーと協力して災害前に治療プランを立ててほしいと願っている。「避難所の場所や、メンタルヘルス担当医の情報を知っておくだけでも役に立つでしょう」と彼は言う。だが、それだけでは十分ではない。「自然災害時のメンタルヘルスの重要性を把握し、理解するリーダーが必要です」。フェレイラ氏は、気候調査はそのうちトラウマ調査と同義語になるだろうと予想している。研究者の調査方法にも適応力と迅速化が求められるだろう。「今までは気象学の調査方法にもとづき、データを集め、分析し、コミュニティのニーズを洗い出していました」と、外傷心理学者のフィグレー氏は言う。「これまで10年おきに大災害がありました。今では年がら年中起きています。研究者としては、複数の災害が同時発生する事態にも備えなくてはなりません」

その一方で、コロンビア大学公衆衛生大学院の気候および健康教育に関するグローバルコンソーシアムのように、さまざまな教育機関が気候変動を医学部のカリキュラムに取り入れている。CPAのポラック医師もOHSUで同様の試みをしている。「ある一定の人材提供ができるようにしています。(気候変動を)しっかり把握して、重要課題だととらえないと、有能な医療従事者の育成はできません」

CPAのような団体は、脅威を根源から絶つことにも力を注いでいる。CPAでは最近APAを旗振り役として化石燃料の使用を完全に止め、他の団体にも賛同を呼びかけている。「これは健康上の問題です。政治的論点はさておき、我々には患者と住民の健康を守る責任があります。当然、科学を否定する人々の肩を持つつもりはありません」というルイス医師は、自分のクリニックで地球温暖化を話し合うことに意欲的だ。最後には、人間の善意が未来へのカギとなると彼女は信じている。「私たちは他人を気にかけ、自分たちの環境を気にかけ、未来、そして家族の未来を大事に思っています」と彼女は言う。「誰だってそうでしょう。実在するごく一部のサイコパスは別ですが」