ポルシェ917 vs フェラーリ512S│メーカーの威厳を賭けた戦い

1970年と71年の2年間、国際メーカー選手権は5リッターを上限とする強力なエンジンのマシンの間で戦われた。その主役となったのがポルシェ917とフェラーリ512S。それぞれメーカーの威信を賭けて戦ったこの2台は、よきライバルとしてモータースポーツファンの脳裏に深く刻まれている。

1969年、ポルシェとフェラーリは一騎打ちの様相を呈していた。ポルシェは908で、フェラーリは312Pで、プロトタイプスポーツカーによる耐久選手権の座を争おうというものだった。久しぶりに同じ土俵でチャンピオンシップを争うということで周囲の期待は高まったが、残念ながら結果は、前年からレースを戦い、問題点を克服しつつあった908を前にしては歯が立たない312Pであった。しかし、このシーズンに入る以前から両社は別のところに目を向けていた。69年以降のグループ4スポーツカーの生産義務台数が50台から25台に緩和されるというレギュレーション改訂が68年の内に発表されたからだ。

この新規定に対するポルシェの動きは素早かった。瞬く間に25台の生産義務を果たし、69年3月のジュネーヴ・ショーには4.5リッター水平対向12気筒エンジンを積む917を公開したのである。917は5月のスパ1000㎞を皮切りに4戦に参加、最終戦では初勝利を飾っている。いっぽうのフェラーリは4月に、翌70年をグループ4で参戦することを発表した。5リッターV12エンジンを積む512Sは「今度こそ!」のフェラーリ・ファンの期待を担ったが、やはりつまずいた。

労働争議や経済状態といったお家の事情が生産を遅れに遅らせ、正式にホモロゲートが降りたのは70年初戦当日という有様だったのだ。同じ新規定のもとでスタートを切りながら、迅速なマシン開発と間髪入れぬレース参加でさっそく問題点を洗い出し、対策を講じて新シーズンに臨んだポルシェと、ぶっつけ本番に等しい形で初戦を迎えたフェラーリでは、勝敗の行方は明らかであった。

ポルシェは初年度で浮き彫りになったリアの不安定な動きを空力的に安定させる、跳ね上がったテール形状の917Kを新シーズンに投入したことに加えて、レースマネジメントをかつてフォードに念願のチャンピオンシップをもたらしたジョン・ワイヤに託したことが奏功して、70年シーズンを完全制覇したのである。ポルシェに対してほぼ1年遅れの感が否めなかった512Sは、それでもフェラーリの豊富なドライバーを大挙投入するなどして果敢に戦いを挑み、セブリング12時間では見事な勝利を挙げたのは、むしろ快挙といってもよかった。

しかしそのあとの512Sは、ダウンフォースの欠如、重すぎる重量といった問題に悩まされ、勝利は得られなかったものの、そうした弱点が顕著にならないサーキットでは、917を上回る速さを見せることもあった。シーズン後これらの問題は徹底的に分析され、翌71年シーズン用の512Mに対策が盛り込まれた。

中でも71年から参加した強力なプライベート、ロジャー・ペンスキーのチームは独自の手法で512Mにさらに改良の手を加え、彼らの地元アメリカで行われるレースでは完全にポルシェを打ち負かすスピードを身につけていた。彼らの活躍は、おそらくポルシェも一目を置くほどのものだったのだろう。のちにポルシェがCan-Amに本格的に挑戦した際にはペンスキー/ダナヒューのコンビに、開発からレースマネジメントまで、すべてを任せたほどである。



次に両車の中身を見てみよう。いつの時代でもトップを争う車は形状やメカニズムなどの構成要素が似かよるものだが、917と512Sに関していえば、両極端ともいえるほどの違いが見てとれる。もっとも大きく異なるのがエンジンである。どちらも12気筒で、8000rpm付近で550bhp前後を得る点も同じだが(数値は発表値のもの)、フェラーリは60度V型のシリンダー配置を採り、冷却には水を使う。いっぽうのポルシェは911から伝統の水平対向で、エンジンが駆動する大型のファンにより空気で冷却する方式だ。駆動の方法は、センターテイクオフ式のクランクシャフト構造を活かし、中央のギアを介してエンジン中央部に水平に置かれたファンを回すというもの。



こう見ると917のエンジンは911の6気筒エンジンを2個縦につないで作ったように見えるかもしれないが、それは正しくない。512SのV12エンジンは、バンクごとに2本のOHCを持つ4カムで、1シリンダーあたりのバルブ数はポルシェの2本に対し4 本を備える。全部で4 本のカムシャフトはエンジン前端のギアトレーンで駆動されるなど、当時のレーシングエンジンをリードするレイアウトである。もちろんそれまでのフェラーリの伝統から少しも逸れるものではない。車両のもっとも基礎的な部分、フレームに関しても同様にそれぞれの主張が見られる。



ポルシェはグラスファイバーのボディとアルミニウム製のスペースフレーム(のちに一部の車だけにマグネシウム製フレームが採用されたことがある)方式を採用。これに対してフェラーリはスチール製のスペースフレームにアルミニウムのシート材をリベット留めする、いわゆるセミモノコック方式を採る。

すでにモノコックが一般化していた時代だが、あえて時流を追わなかったのは、自分たちの設計手法に自信があると信じているからにほかならず、その意味では数少ない共通点といえるだろう。それはともかく、上記の根本的な機構上の違いは、それぞれの会社のエンジニアリングに対する文化の違いが如実に表われている。こうした対比を鮮明にしながら互角に渡り合ったライバルというのは、なかなか目にしないものである。 

917と512Sは、再三レギュレーションが変更されるなかで1970年と71年のわずか2年間を戦っただけだが、この2年間はポルシェとフェラーリががっぷり四つに組んだ唯一の戦いともいえる。しかし2年間の戦績をひもとけば、激しくトップを争ったレースは数えるほどしかなく、軍配は圧倒的にポルシェの側に上げざるをえない。それでも2台がよきライバルとして記憶に残っているのは、相手の存在がお互いを高めていったからだろう。

立ちはだかる存在が新たな開発を推し進める。常勝917も512Sがいたからこそ強くなれた。73年からの新レギュレーションでフェラーリが312PBで圧倒的強さを発揮したのも、それまでのポルシェとの戦いで得たものが糧となったのは間違いない。917もやがて936にバトンを渡し、956、962で彼らのレーシングスポーツカーのデザイン・テクノロジーをさらに昇華させた。

その遺伝子は今日のLMP1カー、919ハイブリッドにも受け継がれているのだろう。312PB以来、フェラーリのレーシングスポーツカーは途絶えているが、いつの日か彼らの遺伝子を受け継ぐマシンが登場し、再びポルシェとよきライバル関係を築いてほしいと願うのは私だけではないだろう。