フランク・シナトラも所有していたアメリカで26台のみ誕生した車

一般に新興自動車メーカーの寿命は短いが、それが大富豪向けの少数生産メーカーで資金不足に悩んでいるとなれば、先行きはいっそう暗い。

アメリカ人実業家のユージーン・キャサロールも例外ではなかった。自動車業界に乗り出したものの、すぐに撤退を余儀なくされてしまった。キャサロールが造ったデュアル・ギアは、ハリウッドのスターに高い人気を博すことができたから、これは実に惜しい結末だった。だが、キャサロールの右腕を務めていたポール・ファラゴは引き際を知らない男だった。キャサロールやデュアル社の関与なしで、大赤字が間違いないプロジェクトを断行したのだ。こうして生まれたのがギアL 6.4である。

デュアル・ギアと同様にL 6.4もクライスラーV8エンジンを搭載し、トランスミッションとサスペンションもクライスラー製だった。しかし、それ以外はほとんどすべてをギアが製造した結果、大富豪にしか手の出せない値段になってしまった。1961年の発売時点で定価は1万3000ドルで、生産が終了した1963年には1万6000ドルになっていた。

それでもハリウッドスターには大いに気に入られ、フランク・シナトラやディーン・マーティンは、カスタムビルダーのジョージ・バリスがモディファイしたL 6.4を所有していた。それも不思議ではない。エンジンや駆動系こそおなじみのものだが、デザインはエキゾティックで、内装も贅を尽くしていた。だが、車にこれほどの大金を費やせる人物は少なく、結局、わずか26台のL6.4がトリノのギアを旅立って生産は終了した。

今回、オークションに供されたシャシーナンバー0319(推定落札価格35万~42万5000ドル)は、1962年に完成すると、めずらしいことにアメリカに送られずに1980年代までイタリアに留まっていた。その後も知識豊かな数人のオーナーによって管理され、直近のオーナーがフルレストアを行った。テールライトがヨーロッパ仕様ではなくアメリカ仕様でだが、オリジナルのユニットも車に備えられている。ヘッドライトも同様で、オリジナルは丸いが、現在はバリスによるカスタム仕様の楕円形だ。美しいワイヤーホイールは、ボラーニのアーカイブで見つかった図面を元に造られたもので、標準のホイールもやはり付属する。

このレストアには、デュアル・ギアの歴史家として知られるポール・セーブル博士も太鼓判を押した。また、2015年のコンコルソ・イタリアーノでも審査員から高い評価を受けてクラス最優秀賞を獲得し、熱い注目を集めた。L6.4はビジネスとして成り立つモデルではなかったのかもしれないが、より重要な意味で成功例と認められるに至ったといえるだろう。