フジテレビ開局60周年特別企画として、俳優・東山紀之主演のスペシャルドラマ『砂の器』が、きょう28日(19:57~22:54)に放送される。松本清張の長編推理小説を原作に、74年には映画化、記憶に新しいところでは04年にTBSで中居正広主演の連続ドラマが放送されるなど、過去複数回に渡って映像化されてきた“古典的作品”だ。今回は長い間多くの人たちに愛されてきたこの名作を、原作の戦前戦後から現代に置き換えてリメイクするという挑戦作になっている。

この作品の演出を務めるのは、フジテレビ・エグゼクティブディレクターの河毛俊作監督。“月9”の初期作でトレンディドラマの先駆けともなった陣内孝則主演『君の瞳をタイホする!』や、浅野温子&浅野ゆう子のW浅野主演『抱きしめたい!』(ともに88年)、90年代では『沙粧妙子-最後の事件-』(95年)や、『ギフト』(97年)、『きらきらひかる』(98年)など社会派の名作も数多く手掛けてきた河毛監督に「テレビ視聴しつ」の室長であり、自称・テレビドラマの作り手に精通しているドラママニアが、今作にかけるこだわりや演出の秘密、そして、フジテレビが開局60周年を迎え平成も終わりに近づいている今、今後のテレビドラマに対する思いなどを聞いた――。

  • 高橋來、柄本明

    『砂の器』お遍路のシーン(左から 高橋來、柄本明) (C)フジテレビ

■原作・映画版で描かれなかった部分

――何度も映像化されている『砂の器』ですが、この作品を担当することになった感想はいかがでしたか?

松本清張さんが原作の非常に知名度の高い作品で、しかも映画版は橋本忍さんと山田洋次さん脚本による構成の練り直しなど評価が定まっていて、テレビ版でも中居くんの連続ドラマも定まった評価を得てる…っていうこの作品をあえてやるっていうのはクリエイターとしては非常に危険なことで、これをどうするかなと考えました。

清張さんの物語は、華麗なトリックを見せるというより、時代そのものを映し出す作風だと思うんです。だから“時代”が主人公じゃないかというのがあったんですね。原作は戦争をまたいでいるので、設定を現代に置き換えた場合、そこをゼロから作り出さなきゃいけない。これはやっぱり大変な作業ですし、清張さんがお書きになった時代とは全く別の時代になっているし、その精神を受け継ぐためにはどうしたらいいのかっていうのは最初に考えたことですかね。

――特にこの作品は、動機の部分に“時代”が大きく関わってくると思います。

原作は事件の犯人である本浦秀夫(今回は中島健人が演じる)が戦争の混乱の中で和賀英良という男に成り代わるという話で、戦争によって人間の生き方が変わるということに誰しもが共感できるし、現実にそういう人がいたんだろうなとリアリティを持たせることができると思うんだけど、そういうものがない現代ではなかなか難しいなと思いました。だけど、そもそも『砂の器』の原点は過去を尋ねる旅の話で、主人公の今西(東山)という刑事が、ただ事件を解決するだけではなく、本浦秀夫がいかにして和賀英良になったのか、なんのためにそういうことをしたのかっていうことを探っていくドラマだと僕は理解したので、それを現代に置き換えたときに、どうやればいいかというのを考えました。

――原作や映画ではどのようにして和賀英良になったのか?の部分があまり描かれていませんでしたが、今回はそのディテールも描かれているというのが特徴ですか?

そうですね、そのつもりです。だからその発想を「面白いね」って言う人もいれば、「えー」っと思う人もいるでしょう。それはもう見る方の受け取り方だと思います。ただ、そのディテールを分からせることが目的ではなくて、ある種“感じさせること”が目的だと思って作りました。

■中島健人はアラン・ドロンのような美しさ

――中島さんが演じる和賀英良はピアニストで、実際にピアノが弾ける方なので、そのリアリティはこれまでの映像化にはなかったような気がします。

そうですね。もちろん中島くんがピアノを弾けるっていうこともすごく武器だと思うんだけど、ピアノの前に座るコンサートのシーンだけじゃなく、作曲の過程とか、ピアノに向かいながら恋人のことを考えたりとか、ピアノとの一体感のリアリティが素晴らしいなと思いましたね。

それと、和賀英良というキャラクターは映画版では加藤剛さん、その後のフジテレビの連ドラ版では田村正和さんと、名だたる美男スターたちがやってきた役だけれども、当時の加藤さんも田村さんも30代なんですよ。原作は20代だから、その年齢に一番近いのは中島くんなんだよね。あの犯罪そのものに“若さゆえの危うさ”っていうものを感じるから、実は30代の大人になるとあんな殺し方はしないんじゃない?って思うところもあって、天才性と強烈なトラウマの中から生まれた衝動的な殺人ということを考えると若いほうがいいなって思ったんです。

若さゆえの危うさと、クリエイターとしての狂気を持ち合わせた中島くんには、全然違う作品だけれども『太陽がいっぱい』(60年公開の仏映画)のアラン・ドロンのような美しさがあるなって、撮りながら思っていました。

  • 柄本明 (C)フジテレビ

■これまでの『砂の器』にはない発明

――これまで丹波哲郎さんや渡辺謙さんなどが演じていた今西刑事役を今回は東山さんが演じられています。これまでとは違った洗練された、シュッとした印象のキャラクターになるのかなと想像しましたが、いかがでしょうか?

原作もそうだけど、刑事の今西はどこか茫洋(ぼうよう)として武骨なキャラクターですが、東山さんがやるからにはそういうイメージではなくて、まったく違った刑事にしたかったので、今までの作品の中で一番変わったと言えるのは今西のキャラクターだと思います。この作品では、今西にも過去にトラウマがあるすさんだ男として作ったんですね。そうじゃないと、おっしゃるようにシュッとしたエリートっぽい刑事になってしまうから面白くないなと。

だから、最初に東山さんにお会いしたときには、『エンゼル・ハート』(87年公開の米映画)のミッキー・ロークでやってくれって言いました。今西と和賀のトラウマをクロスさせていくのをやってみようと思って。今西が和賀を狂気のごとく執着していくっていうのが欲しかったので、そのトラウマをクロスさせるみたいな部分はこれまでの『砂の器』にはない1つの発明かなって思っています。

――たしかに原作などは、犯人はこいつじゃないか?という勘が冴えるキャラクターですもんね。

そうだね。だからなぜ和賀を怪しいと思うのかっていう、そこに動機付けをしたっていうのと、心情的な執着だよね、欲しかったのは。そうじゃないとそこまでこの事件にのめりこむのはなぜか。どこか疲れたようにこの事件にのめりこんでいく感じっていうのが欲しかったんだよね。

  • 土屋太鳳 (C)フジテレビ

■“めっちゃダーク”な土屋太鳳

――他のキャストの方で、注目の方はどなたですか?

みなさん本当に良かったんだけど、初めてご一緒した土屋太鳳さんは素晴らしかったね。今回の演じてもらった成瀬梨絵子には、和賀英良と極めて特殊で閉鎖的な恋愛っていうところにフォーカスしていって、彼女にもかつてDVを受けていたっていう過去をつけたりしたんです。それで、自分の恋人が人を殺してきたんだけど、「あなたは私を頼ってくれた、私はうれしい」っていう女性を作り出さなければならなかった。普通のリアリティでいったら無理な要求で、そういう演技を彼女ができるかどうか、最初は心配してたんだけど、見事に演じきったなと思いますね。

――これまでにない土屋太鳳さんが見られるんですね。

そう。非常に健康的で明るい印象が強い方だけど、めっちゃダークだよ(笑)。そして、すごくきれい。