米Adobeは、米ネバダ州・ラスベガスで3月26日~28日(現地時間)の3日間に渡り、同社のデジタルマーケティングプラットフォーム「Adobe Experience Cloud」に関するプライベートイベント「Summit」を開催している。

「Summit」基調講演時の様子

開幕日の26日には、Adobe CEO シャンタヌ・ナラヤン氏による基調講演が行なわれ、「Adobe Experience Platform(AXP)」の一般提供を開始することを明らかにした。

AXPは、Adobe Experience Cloudを支える基盤であり、複数のサービス(Creative Cloud for Enterprise、Analytics Cloud、Advertising Cloud、Marketing Cloud、Document Cloud for Enterprise)間でユーザーIDやプロフィールやデータ、コンテンツなどを共有するための仕組み。

従来は同じAdobe Experience Cloudの傘の下で提供されてきたサービスであっても、別々のサービスとして独立していたが、AXPによって各サービスが本当の意味で1つに統合される。

基調講演の中でAdobeは、家電小売企業のBest Buy、およびSunTrust銀行の事例を紹介し、これまでデジタルマーケティングと無縁だった企業であっても、Adobe Experience Cloudを活用すれば、デジタルトランスフォーメーション(DX)を成し遂げることができ、顧客に各種のデジタルサービスといった新しいユーザー体験を提供できるようになると強調した。

デジタルマーケティングの成長は加速する

Adobe Summitで講演するAdobe CEO シャンタヌ・ナラヤン氏

今、世界的に非常に熱いマーケティング手法として注目を集めているのが、インターネットを活用した「デジタルマーケティング」と呼ばれる手法だ。

CRM(顧客関係管理)、eコマース(電子商取引)、デジタルキャンペーン、ソーシャルメディアの利用など複数の手段を用いて、インターネットやクラウドを活用して顧客に対して各種のマーケティング活動を行うことで、企業の売り上げなどを伸ばす手法のことを指している。

例えば、電子メールアドレスに対してその電子メールの所有者が興味を持つような内容のメールを送って販売につなげたり、わかりやすいところではAmazonのようなECサイトで購入履歴からユーザーが欲しいと思われる商品をレコメンドしたりする。その裏側で動いているのがデジタルマーケティングの支援ソフトウェアということになる。

そうしたデジタルマーケティングは、IT系の企業で利用されてきた手法で、一般の企業ではあまり注目されてこなかった。しかし、この10年で状況は一変した。スマートフォンの普及率があがり、ほとんどの人がスマートフォンを持っているという状況が到来したのだ。今では、従来型の企業にとってもデジタルマーケティングは大きな効果があると考えられるようになってきている。

日本でもそれは同様で、IDC Japanによれば、2017年の日本でのデジタルマーケティングを支援するソフトウェアの市場規模は97億6,600万円。2017年~2022年の年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)は5.5% になる見通しで、2022年には127憶7,700万円の市場規模に成長する見通しだという。

また、このうちクラウドサービスの形で提供されるものの成長率が高く、年間平均成長率24% で推移し、2022年の市場構成比43% に達すると予想されている。

Adobe Experience Cloudがもっと便利に

そうしたデジタルマーケティングのクラウドサービスは複数の企業から提供されている。その中でも代表的なのがSalesforceとAdobeだ。

CRMに強いSalesforceがデジタルマーケティング向けのツールへと発展するのは自然な流れだが、Adobeは元々、クリエイター向けツールをリリースする企業だった。そのAdobeがこうしたデジタルマーケティングの市場へと参入するのは意外に思われるかもしれない。

その背景には、デジタルマーケティング向けに利用するアセット(静止画や動画など)を編集するツールとして、AdobeのCreative Cloudが利用されていることがある。また、Adobe Experience Cloudはそうしたクリエイターツールと親和性が高いツールとして発展して採用されているという事情もある。

Adobeは年々Adobe Experience Cloudを拡張し続けており、さらに競合となる企業の買収などによりサービスのポートフォリオ(製品ラインナップ)を増やしつつある。昨年はMagento(マジェント)とMarketo(マルケト)の二社を買収し、それぞれの製品である「Magento Commerce」と「Marketo Engage」をAdobe Experience Cloudに統合している。

Adobe Experience Cloudの仕組み、一番下のレイヤーにAdobe Experience Platform(AXP)がある。ここにMagentoも今年から加わっている
昨年Adobeが買収を発表したMarketoもAdobe Experience Cloudに統合された

Adobe Experience Platform(AXP)の構想は、昨年のAdobe Summitで明らかになったものだ。このAXPが基礎となり、Adobe Experience Cloudが統合する複数サービスで、顧客のID、プロフィール、データ、コンテンツなどを共通化する。

Adobe Experience Platform(AXP)が一般提供開始へ

Adobe Experience Cloudでは古くからあるサービスと買収などで得た新サービスなどを徐々に統合してきたため、これまでは共通化が十分でなく、同じ傘の下で動くサービスであっても、統合したメリットのすべてを得ることができていなかったのだ。

そのAXPが今年のSummitにて、ついにベータ版から抜け、正式に一般提供を開始することが明らかになったわけだ(提供開始時期はリージョンにより異なり、まずは米国で開始予定)。これにより、AdobeがAdobe Experience Cloudで本当に実現したかった、真に統合された利便性の高いサービスが展開できるようになる。

破綻寸前だった家電小売を救い、銀行のDXを推進

今回、AdobeはAdobe Experience Cloudを利用したユーザー企業の事例をいくつか紹介した。その中でも印象的だったのはBestBuyとSunTrust銀行の事例だ。

BestBuyは米国の家電小売企業で、米国でのヤマダ電機やヨドバシカメラであると言えば理解しやすいだろうか。以前は家電の販売で全米1位の企業だったが、近年はAmazonなどに押されて、実店舗に展示している商品がeコマースのショールームとなる「ショールーミング」という現象に悩まされ、一時は経営難がささやかれたほどだった。

「その当時は本当に厳しかったよ」と苦笑しながら登場したBest Buy CEO ヒューバート・ジョリー氏は、Adobe CEOのサンタヌ・ナラヤン氏と一緒にBest BuyがExperience Cloudでどう変わったかを説明した。

例えばExperience Cloudの導入により、年間200ドルで家電の設定などを行なうサポートサービスを効果的に提供できるようになり、顧客との結びつきが強化できた。ショールーミングで破綻寸前だった同社がデジタル変革で大きく変わったことをアピールし、今後は、AXPをBest Buyのデジタルマーケティングの基盤として使っていく意向も述べた。

Best Buy CEO ヒューバート・ジョリー氏(左)とAdobe CEO シャンタヌ・ナラヤン氏(右)

一方のSunTrust銀行は、米国の中東部で支店を展開している銀行で、デジタルマーケティングにExperience Cloudを利用している。PC向けのWebサイトだけでなく、モバイルアプリでもExperience Cloudを利用して効率よく提供しているという。

SunTrust銀行ではデジタルマーケティングにAdobe Experience Cloudを採用
モバイルアプリにも対応している

伝統的大企業でさえデジタルマーケティング、況や――

SunTrust銀行のCMO(最高マーケティング責任者)のスーザン・ジョンソン氏は、実はかつてはエンジニアで、ITに深く関わっていたという。

この事が示していることは、既に伝統的な企業のマーケティング担当者でさえ、デジタルに精通していなければ、売り上げを伸ばすことはできない。徐々にそうした世界になってきているということだろう。

SunTrust銀行 CMO(最高マーケティング責任者) スーザン・ジョンソン氏(左)とAdobe CTO(最高技術責任者)のアベイ・パラスニス氏(右)

今後、音楽業界や動画業界が経験してきたようなデジタル化が、従来のITがターゲットにしたような世界から、新聞、テレビ、そして自動車といったこれまではデジタルとは無縁だったような企業にも広がっていくと考えられている。

そうした時が来てからデジタルマーケティングに取り組んで行くのか、それともまだ始まりの段階で積極的に取り組んで行くのか。2社の事例は、そうした問いを否応なく伝統的な企業に突きつけている、そう言えるのではないだろうか。

ナラヤン氏は「すべての組織にとって顧客のユーザー体験を管理していくことは必須になっていくだろう」と述べ、同社のAdobe Experience Cloudがその助けになるとまとめて講演を終えた。

(笠原一輝)