岡田靖幸

各界の著名人に“愛してやまないアーティスト”への熱い思いを聞くこの連載。第5回に登場するのは、全国に散らばる岡村靖幸のそっくりさんたちを集めたイベント「真夜中の家庭教師」を開催している岡田靖幸だ。20代の彼は岡村のどのようなところに惹かれるのか、その魅力を語ってもらった。

「行くのねそれは……」という鮮やかさ

僕は1992年生まれなんですけど、もともとはフィッシュマンズや小島麻由美、ゆらゆら帝国が好きな大学生でした。在日ファンクも好きで、ある日ライブを観に行ったらOL killerが出てたんです。オフィシャルに名前は出してないんですけど、トイプードルという岡村靖幸にめちゃめちゃ似た人が参加してるDJユニットです。

「ん? もしやあの人が岡村靖幸……?」そのとき名前だけは知っていたんですけど、顔は知らなかったのでそう思いました。そして踊りが始まると同時にそれは確信へと変わったんです。めちゃくちゃキレのある動き、湧き起こる熱狂的な黄色い声援。「これが岡村靖幸か!」と僕は衝撃を受けました。ひと言で言うととにかくヘンテコな踊り。明らかに普通の人にはできない踊りです。普通“ここまで”っていう線があるじゃないですか。照れだったり常識だったり不安だったり、その線の1歩手前でだいたいブレーキがかかるんですけど、靖幸はそこをポーンと行っちゃうんです。「あ、行くのねそれは……」みたいな鮮やかさで。

だからとっても異質。枠に納まってないから一見、カッコよくもキレイでもないかもしれない。でもそういうものこそ、いわゆる普通のカッコよさやキレイさとは別次元な輝きを持っていて、逆に一番カッコいいと思うんです。マイケル・ジャクソンやプリンスもそういうところがありますよね。習ったようなダンスじゃなくて、内に秘めたものがつい出ちゃってるんです。それで勝負している。だからあの日、初めて靖幸の踊りを観たときに「あ、まさにこれだ! 僕が探してたのは!」って思ったんです。あえて出しちゃうカッコよさ、それを初めて感じた人が岡村靖幸だったんです。

ライブはまさに“デート”、何も覚えてない

それからというもの、CDを買って、ライブDVDを買って、ライブに行って、気が付けば家で靖幸のまねをしているようになりました。まねをしてると、自分の目指してたものがすべてカチッとハマる感じでとにかく気持ちいいんです。最初にまねをしてみた曲は「家庭教師」です。あれはもう岡村イズムの権化とも言えるような作品なので、ぜひどこかで聴いてみてください。

「ビスケットLove」は特にまねしまくりましたね。先輩の彼女から迫られて「先輩に怒られちゃうよ」と困る歌です。「女の子とイチャイチャするのは好きだけど本当は……」って、もう一見変態なんですけど、めちゃめちゃピュアなんです。ピュア過ぎて誰も手が付けられないのが岡村ワールドだと僕は解釈しています。現代って「理想や夢はない」っていう人が多いじゃないですか。だけどそれに対して「いいや、あるっ!」って言うのが靖幸なんです。ただしそのあとに「けど、僕はそれを手に入れられてるかわからない」って付け加える。これがまたピュアにピュアを上塗りしているようなピュアさですよね。だから岡村靖幸の歌には、そんな認識と現実との乖離からくる葛藤が付いて回るんです。

そして言葉遣い。これもめちゃめちゃ独特。例えば「これからも音楽を続けますか?」と訊かれたら普通は「がんばります」とか答えますよね。そこを靖幸は「粛々とやります」って実に味わい深い響きのある言葉を持ってくるんです。あと地方公演ではその土地の言葉を弾き語りの歌詞に取り込んだりするんですけど、福岡の公演では曲中にいきなり「君はどんな“ですたい”を使うの?」ってぶっ込んできたので、最初は「Death Time」って言ったのかと思ってしまいました(笑)。

ちなみに岡村靖幸のライブは、ファンの間では“DATE”って呼ばれてます。なぜそれがデートなのかは、とにかく1回行くとわかります。いつもステージのカーテンが閉じた状態から始まるんですけど、紫の光が揺らめいていてカーテンの中が見えそうだけど見えない。でも何か人の気配は感じる。めっちゃ悶々とするんですね。「もしかして今日、靖幸いないんじゃないの?」なんて。

ここで「いやいやお金払って来てるんだし、いるでしょ」みたいな無粋な考えには一切なりません。「いるのかな、いないのかな」という期待と不安が織りなす感情の揺さぶりに、ある種みんな酔いしれるんです。まさにデートの前のワクワク感ですね。そしてその気持ちがだんだん高まっていって、はち切れそうになったところでカーテンがパッと開きます。「靖幸いたーーー!!」って、僕自身もそうですが、男性であったとしてもつい乙女のように「キャー!」って言っちゃうんです。

その先はいつもよく覚えていません。“DATE”はいつもその繰り返しです。ひと目惚れした相手の顔をうまく思い出せない感覚に近いと思うんです。興奮だけを覚えているんですね。みんなそうだからなのか会場でお客さんが一生懸命Twitterにライブでの記憶を刻みつけている光景をよく見ます。あと、男性ファンの姿も多いですよ。奥さんや彼女と来ている人もいて、靖幸に熱狂する彼女たちに嫉妬している姿を何度か目撃したことがあります。岡村靖幸のライブは本当にデートなんです。

“ニセ幸”大集合のアフターDATEイベント

ある日、友達から電話がかかってきたんです。「岡村靖幸が好きなら、僕がやってるイベントで岡村ちゃんの歌を歌わないか?」って。二つ返事でOKしました。「ステージに立てば、僕も靖幸のように出しちゃえるのかな」って、チャレンジしてみたい気持ちになったんです。出すにはまず1回ステージに立ってみなきゃなと。

イベント会場は小さな飲食店でした。僕は何者でもないし、何の宣伝もしてないのにそこはお客さんでいっぱいで、めちゃめちゃ緊張しながら、初めて人前で「どぉなっちゃってんだよ」「super girl」「だいすき」のモノマネをやりました。そしたらお客さんの反応が想像以上によくて、「こんなに気持ちいいいことって世の中にあるんだ」って思ったんです。家でやるのとは全然違う。みんなの力に後押しされて出てしまうあの快感。

ただ反省点もありました。曲の終わりに「へへ……」みたいな照れ笑いが出てしまったんですね。これは一番やっちゃいけないことなんです。「これでは納得がいかない、出し切れてない! もう1回ステージに立つ!」と、岡田靖幸としてぽつぽつとライブに出るようになり、縁あって福岡在住のミュージシャン、ボギーさんと知り合いになりました。

ボギーさんも“奥村靖幸”というニセ村靖幸をしています。いつも本物靖幸の福岡DATEのあとに、奥村靖幸としてアフターDATEイベントをやっているんですけど、それが大盛況で面白いんです。DATEの余熱がものすごい。そこへ実際にお邪魔してみて「なんでこれが東京DATEのあとにはないんだ?」って思いました。と同時に「そうか、僕がやればいいんだ」と。

「そういえばDATEにはだいたい必ずメガネにスーツ姿の“靖幸コスプレ”で来ている人たちがいる。きっとコスプレだけじゃ満足してないはずだ。靖幸とは見た目だけの話じゃない。お客さんと織りなす“DATE”こそが靖幸の本質。彼らもステージに立ってみたいんじゃないか? 『僕は立ったよ……君はどうなの?』って誘ってみて、ニセ幸がたくさん出るイベントにしよう」って思ったんです。

そんなわけで東京DATEのあとに僕主催で「真夜中の家庭教師」というアフターDATEイベントを開催するようになりました。野球チームが作れるくらいニセ幸が出ています。そして面白いことに、ピアノのコンテストみたいなんですよ。僕らは同じ靖幸を見てるはずなのにそれぞれ見方が違うからまったく別の靖幸になるんです。「あ、君はそういう靖幸を奏でるんだ」って、もはや靖幸は楽器ですね(笑)。

一生登頂できない登山のよう

たぶん岡村靖幸の楽曲とその姿に触れたことがある人は、絶対1度はまねをしてると思うんです。歌い方も非常に特徴があるし、若い頃の靖幸は表情も豊かでモノマネにおいてキラメキを出しやすい。でも現在進行形の岡村靖幸のまねは極めて困難なんです。

DAOKOさんとのコラボで話題となった「ステップアップLOVE」やKICK THE CAN CREWさんとの「住所 feat. 岡村靖幸」はどちらも楽曲が素晴らしいのは当然として、個人としての存在感がでか過ぎて、似せようとしてもどこをとっかかりにしていいのかわかりません。巨大な山を前にして、「どこから登ればよいのやら……」といった気持ちと同じです。それぐらい岡村靖幸は今、もっとも輝いている。

2月に出た新譜「少年サタデー」はカップリング曲の「セクシースナイパー」を含めて岡村靖幸の最高到達点に思えました。そして4月から始まる「2019 SPRINGツアー『セレブリティ』」でそれはどんどん更新されていくはず。だから……だから、僕らは岡村靖幸にはなれない。でもそれがうれしいんです。どこまでも先を進む岡村靖幸のなるべく近くに行きたい。僕は粛々とそう思います。

岡田靖幸

1992年静岡県出身。岡村靖幸に魅了され2016年からパフォーマンス開始。“岡田靖幸バンド”としてバンドスタイルでもステージに立つ。雑誌「TV Bros.」で取り上げられ「夏の魔物フェス」や「やついフェス」などに出演するほか、自らも岡村靖幸のニセ物を集めたイベント「真夜中の家庭教師」を主催。いまだ叶わぬ本人との初対面を心から願っている。5月10日には「真夜中の家庭教師Vol.3」を東京・中野で開催する。

取材・文 / 木下拓海 編集 / 中村佳子(音楽ナタリー編集部) 撮影 / 阪本勇