コオロギの聴覚器の中に人間の「耳小骨」に似た構造があり、この構造が音の高低を識別している可能性が高いことが分かった、と北海道大学の研究グループがこのほど発表した。秋に鳴く虫の代表格のコオロギは人間より広い周波数の音を聞き分けることができるが、その不思議なメカニズムを解明した興味深い研究成果だ。

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    コオロギ(フタホシコオロギ)の聴覚器の位置(提供・北海道大学/北海道大学研究グループ)

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    聴覚器の内部構造(提供・北海道大学/北海道大学研究グループ)

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    ヒトの聴覚器(左)とコオロギの聴覚器(右)の原理的共通性。鼓膜の振動は人間では耳小骨により、コオロギでは上皮コアにより、それぞれ液体の流れに変換される(提供・北海道大学/北海道大学研究グループ)

研究グループは北海道大学電子科学研究所の西野浩史助教のほか、堂前愛研究員、同大学院情報科学研究科の岡嶋孝治教授、森林総合研究所の高梨琢磨主任研究員らで構成された。

研究グループによると、コオロギのオスは羽をこすり合わせて音を出し、同種のメスを呼び寄せるが、種によって利用する音の高さ(周波数)が異なる。このため、どの種の音かを聞き分けることが種の存続に不可欠という。また捕食者のコウモリから逃れるためにも聴覚は重要で、コオロギは低い音からコウモリの出す超音波に至るまで、人間より広い周波数帯の音を聴き分けることができる。しかし鼓膜を持つ耳としては動物の中で最小(200マイクロメートル)なのになぜこうした高機能の耳を持つかを説明できるメカニズムはよく分かっていなかった。

コオロギの聴覚器は前肢にあり、前後2枚の鼓膜からなる。

西野さんらは、この聴覚器の感覚細胞に蛍光色素を注入して染色するなどして工夫し、聴覚器とその周囲の組織の三次元構造を「共焦点レーザー顕微鏡」で高精細で明らかにすることに成功した。そして得られた聴覚器の中の構造データを詳しく調べた結果、聴覚器の中に音により生じた鼓膜の振動をリンパ液の流れに変換する「上皮コア」と呼ばれる構造があることを発見した。この構造は1枚の鼓膜に入射した音をリンパ液の流れに置き換える構造を持つという点で人間の耳小骨と呼ばれる部分に似ており、ここが音の高低を識別している可能性が高いという。

今回の西野さんらの研究により、人間とコオロギのような昆虫は進化的起源が大きく異なるのにいずれも、音の高低を識別できる構造をもつ点で原理的によく似ていることが分かった。研究グループは「動物は種を問わず、音の周波数の細かい識別のためには振動を液体の流れに変換する過程が必要なのかもしれない」としている。

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