「金が欲しくて働いて、眠るだけ~」。かつて忌野清志郎が歌っていたように、ただ働いて、ただ食べて、ただ眠って……というマンネリな毎日を過ごしているビジネスマンも少なくないのでは? 上司にはドヤされるし、客には文句を言われるし、通勤電車は混みまくりだし、働くっていうのは、本当に"いいことばかりはありゃしない"。結論からお伝えしよう、そんな人は"狩猟"をしてみるといい。

  • 東京で働くサラリーマンの筆者が、静岡県・中伊豆の狩猟体験ツアーに参加(写真:マイナビニュース)

    東京で働くサラリーマンの筆者が、静岡県・中伊豆の狩猟体験ツアーに参加

以下、閲覧注意画像が含まれます。モザイク無しの画像が見たい方は各写真をクリックしてください。

中伊豆で狩猟体験ツアーに参加

2019年は亥年。ということで、狩猟素人だけどイノシシ狩りに行ってみようと思いつき、リサーチを始めて約半年。もってこいのツアーを発見した。それが、伊豆市やシダックスなどから成る「中伊豆農山漁村振興推進協議会」が2月16・17日に開催した「中伊豆狩猟体験ツアー」だ。

  • 「中伊豆狩猟体験ツアー」は、伊豆市やシダックスなどから成る「中伊豆農山漁村振興推進協議会」(構成員:伊豆市、伊豆市観光協会中伊豆支部、シダックス、シダックス中伊豆ワイナリーヒルズ、志太、シダックス・スポーツアンドカルチャー)が主催。シダックスはカラオケのイメージが強いが、今は地方自治体との協力やホテル運営などさまざまな事業を行っている

そもそも狩猟とは何か? なぜイノシシやシカを狩らなければいけないのか? 獣害が甚大な中伊豆の現状を通じて"狩猟や環境問題の今"を学ぶ、というのがツアーのコンセプトになっている。

正直に白状すると、当初は"亥年だからイノシシを狩りに行くって、面白いんじゃね?"的な軽めのノリだった。でも、ツアーから帰ってきた今、そんなバカなチャラリーマン(※チャラいサラリーマン)だった自分をブン殴りたい。

  • 「亥年だからイノシシ狩りに行ってみよう」という実に安易な考えだったが、ツアーに参加したら考え方が180度変わった……

ツアーでは、獣害によって枯れ木が目立つ山中を歩き、地元の猟師や農家の方々の話を聞き、そして、狩猟によって今まさに命を失おうとする動物の姿を、目を、声をこの身に感じた。――もう一度お伝えしたい、今の生活にマンネリを感じている人は、"狩猟"をしてみるといい。

猟師ってどんな人?

ツアー初日、東京から電車を乗り継ぎ、集合場所の伊豆箱根鉄道駿豆線「修善寺駅」に到着。小春日和とまではいかないが、冷たい風が吹きつける東京よりは随分と暖かく過ごしやすい。「あぁ、これは狩猟日和だなぁ」なんてノホホンと考えながら、他の参加者たちとともに車に乗り込み、さっそく宿泊施設&猟場へ移動する。

  • 13時、修善寺駅に到着。温泉地とあって駅前も観光ムードたっぷり

20分ほど車に揺られて着いたのは、山間からほど近い温泉宿「天狗之杜」。「いらっしゃーいっ!」と気さくな女将さんのお出迎えに癒されつつ宿内に入ると、まずは広間で狩猟体験の説明を受ける。

  • こじんまりとした小さなお宿の「天狗之杜」。気さくな女将さん、源泉かけ流しの温泉、地元食材を使った和食にほっこりと寛げる

  • 宿の前には、今回の猟場でもある山々が広がっている

お話してくれたのは、伊豆で地域活性事業を行っている「NPOサプライズ」の事務局長・コミュニケーション事業部長であり、猟師(!)の野田康代さん。ニュースで「猟師の高齢化」というワードをよく耳にする。てっきりスタローンみたいな屈強なオジ様を想像していたのだが、野田さんはとっても可憐。ロングヘア―でオシャレで細身。一見すると「カフェの店員さんかな?」というルックスながら、週末に山へと繰り出して狩猟に励んでいるのだという。なんてギャップ!

  • 猟師の野田さん。まだ猟師歴は3年とのことだが、とても丁寧かつ手際よく「わな」の仕掛け方を教えてくれた

そんな野田さんは、もともとレストランのコックをしていて、28歳のときに地元から近い伊豆市へ移住。3年前に狩猟免許(わな)を取得し、静岡県の猟友会にも所属している。そもそもなぜ狩猟を始めようと思ったのか聞いてみると、移住して間もない頃のある体験がきっかけだったそう。

「夜中に家にいると『キャーッ』って叫び声が聞こえてきたんです。女性の声!? 大丈夫!? と思って近所の人に聞いてみると、当たり前のように『え、あの声? シカだよ』って言われて……。そのときに初めて、こんな民家のすぐ近くにも動物がくることを知ったんです」

  • 【閲覧注意】後ほど猟場にわなを仕掛けに行った際、定点カメラに記録されていた昨夜の映像にシカの姿がはっきりと映っていた。宿や民家からすぐ近くなのに!

それから獣害について調べてみると、狩猟人口は減少と高齢化の一途を辿っているにも関わらず、シカやイノシシの数は増える一方。それにつれて、名産のワサビやミカンをはじめ、農作物がどんどん食べられてしまい、その被害額は1年で1億8,000万円(2014年時点)にも及ぶ事実を知った。それから「若い自分だからこそ何か役に立てないか」と思い立ち、猟師になったのだという。

  • シカに食べられる前のワサビ沢

  • シカに食べられた後のワサビ沢。……ほぼ全滅といった感じだ

ちなみに、野田さんいわく「今、猟師は60歳で若手」とのこと。ズバ抜けて若くて紅一点の野田さんは超レアな存在と言える。だからこそ、今はNPOの仕事や狩猟だけでなく、伊豆市の狩猟や獣害の現状を知ってもらうためのさまざまな発信も行っており、言わば"広告塔"のような役割も担っているのだ。

あまりに深刻な獣害のリアル

では、いざ狩猟へ……というのは、まだ早い。そもそも"なぜ狩猟が必要なのか"ということを先に解説しておこう。

ツアーでは野田さんをはじめとする猟師の方々、地元の農家の方々、食肉加工センター「イズシカ問屋」の職員、獣害対策に尽力する役所の職員……など、さまざまな立場の目線から"獣害と狩猟の現状"について話を伺うことができた。

  • ツアーで見学させてもらった食肉加工センター「イズシカ問屋」。獣害の被害を減らすために猟師たちがシカとイノシシを捕獲したら、ここに持ち込むことで報酬がもらえ、動物は食肉加工して利用される

今回、話を聞いて初めて知ったのだが、この獣害ってヤツはかなり深刻。伊豆市の人口が3万1,627人にもかかわらず、なんと伊豆半島の山には約2万7,700頭ものシカが生息しているそう(※2017年時点)。人口にも迫る勢いでシカがいるわけだが、「え、それって多いの? そんなもんじゃないの?」って思った人もいるのでは? それは大間違い。実は、そもそも適正な生息頭数は800~1,600頭なのだ。かなりの異常事態なのだ。

それが何十倍もの頭数に増えてしまったものだから、食べるものがなくなって畑を荒らしたり、道に飛び出して交通事故を起こしたり、はたまた木の皮を食べて山を枯らしてしまったり、と今では完全に自然や人間との共存バランスが崩れてしまっているそう。

  • 【閲覧注意】檻タイプのわなを使用した捕獲の様子

そうなると「なんでそこまで増えたの?」ってことも気になる。役所の方いわく、それには大きく3つの要因があるそう。それが以下だ。

1.捕獲量の減少
狩猟者の数が減少した。また、近年まで国からメスジカの捕獲制限がかかっていたというのも大きな要因とのこと。

2.生息地の増加
過疎化や耕作放棄地の増加、林業従事者の減少によって森林への立入の減少、また温暖化の影響による積雪量の減少も一因。

3.繁殖力
一夫多妻制で、生後15~16カ月で約8割が妊娠。そしてほぼ毎年出産する。つまり、5年で約2倍(!)の数に……。

というわけで、シカが爆増しているのだ。例としてシカの獣害について解説したが、イノシシ事情もほぼ同様。これらを受けて伊豆市では現在、動物の適正な生息数を目指し、猟師たちを募って鳥獣を捕獲しているほか、農作地への侵入防止柵の設置、ツアーでも見学させてもらった食肉加工センター「イズシカ問屋」の運営などの対策を実施している。

  • 【閲覧注意】イズシカ問屋での食肉加工の様子。皮がはがされているのでわかりづらいが、こちらはシカです……

もしかしたら"狩猟"ってかわいそう……と思っている人がいるかもしれない。でも、このままでは山が枯れ果て、食べ物はなくなり、人が暮らせなくなり……と、動物にとっても人間にとっても、かわいそうどころの騒ぎじゃない最悪の事態も招いてしまう。山を、動物を、里を守るためにも"狩猟"は必要というわけだ。