イスラエルの非営利団体「スペースIL」の月探査機「ベレシート」が、2019年2月22日、米スペースXの「ファルコン9」ロケットで打ち上げられた。今後徐々に軌道を変え、4月に月面着陸に挑む。

ベレシートはイスラエル初の月探査機にして、民間が開発した世界初の月探査機でもある。そして今後、民間による月探査は、世界中でますます活発になろうとしている。

  • スペースILの月探査機ベレシートの想像図

    スペースILの月探査機ベレシートの想像図 (C) SpaceIL

ベレシート

旧約聖書(聖書)の「創世記」は、かの有名な「初めに、神は天と地を創造された」から始まる。この「初めに」にあたるヘブライ語が「ベレシート(ラテン文字表記はBeresheet、もしくはBereshit)」であり、また聖書において最初に出てくる言葉でもあることから、この書そのものが「創世記(ベレシート)」と呼ばれるようになった。

イスラエル初の月探査機、そして民間初の月探査機にとって、これ以上ない名前かもしれない。

ベレシートを開発したのは、イスラエルの非営利団体であるスペースIL(SpaceIL)で、またイスラエル宇宙庁や、イスラエルの大手航空宇宙メーカーのイスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)も、資金面、技術面でかかわっている。

スペースILはもともと、2007年から開催された、月探査を目指す技術レース「グーグル・ルナ・Xプライズ(Google Lunar XPRIZE:GLXP)」に参戦していたチームのひとつだった。GLXP自体は、期限までにどのチームも勝利条件をクリアできなかったことから、勝者なしという結果に終わったが、スペースILはその後も独自に活動を続け、今回の打ち上げにこぎつけた。

ベレシートは、直径約2m、高さ約1.5m、打ち上げ時の質量585kg(そのうち燃料は435kg)の小型の探査機で、太陽電池で駆動する。ただしヒーターなどの熱制御装置をもっていないため、設計寿命は2日ほどと見積もられている。

科学機器として、月の磁場を測るための磁力計と、米国航空宇宙局(NASA)が提供した、地球と探査機(月)との距離を測るためのレーザー反射鏡を搭載。また、聖書やイスラエルの国旗、歴史などのデータを収めた、デジタルの"タイム・カプセル"も搭載している。

底部には、大型のメイン・スラスターを1基、その周囲に小型のスラスターを8基装備する。メイン・スラスターは、ノルウェーの航空宇宙メーカー「ナーモ(Nammo)」が製造した推力400N級のものを使っている。軌道変更などではメイン・スラスターのみを使い、月への着陸時にはすべてのスラスターを噴射する。

なお、GLXPのレース条件では、着陸後に500mの距離を何らかの形で移動することがルールとして定められており、ベレシートはスラスターを再点火し、飛び跳ねるようにして移動することが考えられていた。ただ、GLXPが終わった現在ではその必要がなくなったことから、着陸後の移動は行わないという。

  • 組み立て中のベレシート

    組み立て中のベレシート (C) SpaceIL

月に向けて飛行中、着陸は4月に

ベレシートは、スペースXの「ファルコン9」ロケットに搭載され、日本時間2019年2月22日10時45分(米東部標準時21日20時45分)に、フロリダ州のケープカナベラル空軍基地から離昇した。

厳密には、この打ち上げにおける主衛星はインドネシアの通信衛星「ヌサンタラ・サトゥ」であり、ベレシートはその打ち上げ能力の余剰を利用して打ち上げる「相乗り」扱いだった。ただ、たんにロケットに複数機搭載したわけではなく、ヌサンタラ・サトゥの機体の上に、アダプターを介してベレシートを載せ、さらにアダプターには米空軍の超小型衛星「S5」も搭載するという、各衛星を積み重ねるように搭載する打ち上げ方法がとられた。

打ち上げ後、ロケットは順調に飛行し、離昇から約33分39分後には、遠地点高度(地球から最も遠い点)が約6万9000kmの、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道に到達し、ベレシートを分離。その約11分後には、S5を積んだ状態のヌサンタラ・サトゥを分離した(S5は静止軌道に到達したあとに分離)。

  • ベレシートなどを搭載したファルコン9ロケットの打ち上げ

    ベレシートなどを搭載したファルコン9ロケットの打ち上げ (C) SpaceX

その後、ヌサンタラ・サトゥが軌道を変えて静止軌道に向かう一方、ベレシートは月に向けて軌道を上げ始めた。

ベレシートは、まず24日にスラスターの試験を兼ねて、約30秒間の燃焼で軌道を約6万9400kmまで上げた。しかし、25日にも軌道変更を行おうとしたところ、コンピューターがリセットされるという問題が発生。その後、対処が行われ、28日には改めてスラスター噴射を行い、遠地点高度を13万1000kmまで上げている。

3月3日現在、探査機の状態は正常で、今後も複数回の噴射を行い、3月20日には月に向かう軌道に投入。そして4月4日に月に接近し、ブレーキをかけるようにしてスラスターを噴射して、月の周回軌道に入る。さらに、月からの高度250kmの円軌道に整えたのち、月面着陸に挑む。

着陸は4月11日の予定で、着陸場所は月の表側、北緯28.0度、東経17.5度を中心に広がる「晴れの海」の北部が予定されている。

成功すれば、イスラエルにとって初の月探査、月着陸となり、また世界でソ連、米国、中国に続く、4か国の月着陸を成し遂げた国となる。

なにより、民間が開発した月探査機が着陸する、初の事例となる。そして、民間による月探査と、そのビジネス化に向けた扉を開け放つことになるかもしれない。

  • ロケットに搭載されるベレシート

    ロケットに搭載されるベレシート。大型の通信衛星ヌサンタラ・サトゥの機体の上に、アダプターを介してベレシートを載せ、そのアダプターには米空軍の超小型衛星も搭載するという打ち上げ方法がとられた (C) SpaceX