米宇宙企業スペースXのイーロン・マスクCEOは2019年2月7日、開発中の巨大宇宙船「スターシップ」に使うロケット・エンジン「ラプター」の燃焼試験を実施したと明らかにした。性能は予定どおりで、試験は成功したという。

ラプターは世界で最も高い性能をもつロケット・エンジンのひとつで、火星で現地調達できるメタンを燃料に使い、また何度も繰り返し再使用するために難しい技術を採用するなど、きわめて野心的な設計をしている。

今回の試験が成功したことで、ロケット・エンジンの開発の歴史に新たな一ページが刻まれたとともに、スターシップの試験打ち上げ、そして有人火星飛行の実現に向けて、大きな前進を果たした。

  • ラプターの燃焼試験の様子

    2月7日に行われた、ラプターの燃焼試験の様子 (C) Elon Musk/SpaceX

スーパー・ヘヴィとスターシップ

スターシップ(Starship)は、スペースXが開発中の宇宙船で、直径9m、全長55mという巨体をもつ。その打ち上げには、「スーパー・ヘヴィ(Super Heavy)」という、やはり巨大なロケットを使う。両機を合わせた打ち上げ時の全長は118mにもなり、その大きさは、かつてアポロ計画で使われた「サターンV」をも超える。

機体も大きければ打ち上げ能力も強大で、100人の乗組員、もしくは約100トンの物資を地球低軌道へ打ち上げられる。また、宇宙船を推進剤を運ぶタンカーにしたタイプもあり、先に打ち上げた宇宙船に、軌道上で推進剤を補給することで、宇宙船は100トンの物資を載せたまま月や火星へ飛ぶこともできる。

同社ではこの宇宙船を、月や火星への有人飛行、そして都市の建設に使うことを目指している。2018年9月には、ZOZOの前澤友作氏が、この宇宙船で月飛行を行うと発表して大きな話題になった

また、その巨体を活かし、大きなアンテナをもつ通信衛星や、巨大な望遠鏡をもった科学衛星の打ち上げにも使える。さらにスペースXでは、従来からあるような人工衛星の打ち上げや、国際宇宙ステーションへの飛行にも活用するとし、現在同社の主力ロケットである「ファルコン9」や「ファルコン・ヘヴィ」、そして無人補給船や有人宇宙船の「ドラゴン」をいずれ代替するとしている。くわえて、地球上の都市間を結ぶ極超音速旅客機としても使用することも考えられている。

スターシップ、スーパー・ヘヴィともに、垂直着陸・回収が可能で、繰り返し再使用でき、低コスト化を図っている。1回あたりの打ち上げコストは約700万ドルとされ、また一人あたり約50万ドル、さらに将来的には約10万ドルで火星に行けるようになるとしている。

  • 火星に着陸したスターシップの想像図

    火星に着陸したスターシップの想像図 (C) SpaceX

ラプター・エンジン

そして、このスターシップとスーパー・ヘヴィに装備され、その強力な打ち上げ能力と、再使用性を提供するロケット・エンジンが「ラプター(Raptor)」である。

ラプターは、スーパー・ヘヴィに31基、スターシップに7基が装備される。また、両者には同じ仕様のエンジンを搭載するという。理論的には、地上から使うスーパー・ヘヴィ用のエンジンと、宇宙空間で使うスターシップ用のエンジンは、ノズルの形状などを変えたほうが効率がいいが、共通化することで開発期間の短縮を図っている。ただ後述のように、将来的には改良や最適化を行うとしている。

  • 燃焼試験前のラプター

    燃焼試験前のラプター (C) Elon Musk/SpaceX

このラプターの特徴のひとつは、燃料にメタンを使うところにある。

メタンは理論上、ケロシンよりも高い性能が得られ、さらに低コストであるため開発や運用がしやすい。また、爆発などの危険性が低いため、運用性や安全性が高く、さらにススが発生しないためエンジンの再使用もしやすいといった特徴ももつ。

そして最大の利点は、火星で現地調達ができるという点である。

地球と火星を往復飛行する際、最も問題となるのは「火星から帰ってくるときに使う推進剤をどう調達するか」ということである。もし、地球から飛び立つ宇宙船に復路分の推進剤も積んでいこうとすると、機体が途方もなく大きく、重くなり、打ち上げられないほどになってしまう。

そこでスペースXは、火星から地球へ帰ってくるのに必要な推進剤を、火星で現地調達することを考えている。

火星の大気には二酸化炭素があり、そして地表や地下には水があるといわれている。そこで、まず水を電気分解して水素と酸素を取り出し、そのうち水素と二酸化炭素を金属触媒と反応させることで、水とメタンが得られる。これを「サバティエ反応」という。そして、そのメタンと、電気分解で得られた酸素を、火星から帰還するためのロケットの推進剤に使用する。

また、サバティエ反応のもうひとつの生成物である水も電気分解し、水素と酸素に分けて使うことで、無駄のない推進剤生成サイクルを成立させることができる。あらかじめ推進剤生産のための設備を地球から持ち込む必要はあるものの、一度持ち込めば壊れない限りは使い続けることができる。

このアイディアは、1990年に米国の科学者ロバート・ズブリン氏らがまとめた、「マーズ・ダイレクト」という構想で生み出されたものである。

ケロシンは石油なので、火星にはそもそも存在しないか、存在しても掘り出すのは現実的ではない。水素は、水を電気分解するだけで取り出せるので楽ではあるものの、液体水素は保存性や運用性が悪く、コストも高くなってしまう。

そこにおいてメタンは、火星で生成できるだけでなく、前述のように扱いやすいため運用しやすく、そして再使用性も高いなど、有人火星飛行においてはケロシンや水素よりも総合的に優れている。また、地球以外の場所におけるサバティエ反応の実証も、現在、国際宇宙ステーション(ISS)で進んでおり、技術的にも確立されつつある。ただ、メタンはやや燃焼しにくく、エンジンの燃焼室の圧力が上がりにくい、つまり性能が出にくいということが知られている。そのため、メタンを燃料に使うエンジンは、これまでソ連や米国、日本でも、いくつか研究・開発がなされてきたが、いずれも試作どまりで、実用化された例はなく、ラプターの開発はスペースXにとって大きな挑戦となった。

  • メタン生成システム

    火星の大気の二酸化炭素と、地面の水から、メタンと酸素を作り出すシステムの概念図 (C) SpaceX