ヤマハ発動機といえば、世界3位のオートバイメーカーとしてホンダ、スズキ、カワサキと共に市場を牽引していることで知られているが、そのビジネス領域はオートバイに留まらず、電動アシスト自転車、ボートやヨットなどのマリンビークル、スノーモービル、電動車いす、発電機、そして産業用機械やロボット、汎用エンジンなど非常に幅広く、いずれの事業もグローバルに展開している。このヤマハ発動機の先進技術本部において、高度な専門性を活かして会社の成長戦略を担うコーポレートフェローとしてデジタル戦略の舵取りを担うのが、かつてインテルで常務執行役員を勤めた平野浩介氏だ。

平野氏は、インテルで培った経験とデータやテクノロジーを活用して、多岐にわたるビジネス領域に対してどのようなデジタル変革を実現したいと考えているのか。また、その背景としてどのような課題を感じているのだろうか。平野氏にヤマハ発動機が目指すデジタル戦略の将来像について聞いた。

  • (左から)ヤマハ発動機 先進技術本部の平野浩介氏と大西圭一氏

    (左から)ヤマハ発動機 先進技術本部の平野浩介氏と大西圭一氏

まず平野氏に伺ったのは、日本と欧米を比較した「マーケティング」に対する考え方の違いと、日本企業における課題だ。平野氏は、「欧米のグローバル企業において、マーケティングはプロフィット・センター。つまり、企業の利益を最大化するためにビジネスの全体像を考え、ブランド、製品企画、広告、販売促進など利益を生み出すためのプロセスを一気通貫で見ていくことだ」と定義。その上で、日本企業においてはこうした意味におけるマーケティングを実践できている企業が多いとは言えないと指摘した。

確かに、日本企業において製品企画、広告宣伝、広報、販売促進など様々な部門が「マーケティング」を標榜しており、その定義は企業によっても異なり非常に複雑に見える。しかし平野氏の定義に当てはめると、本来はこうした様々な機能を統合的に推進して利益の生まれる仕組みを考えていくのが、マーケティング部門の役割だというのだ。一部の一般消費財メーカーのなかには、こうした統合マーケティング部門を置きはじめる動きがあるが、「ヤマハ発動機を含めて、製造業ではまだまだ十分だとはいえない。日本企業ではマーケティングの様々な機能が分散しており、相互のシナジー効果も乏しいのではないか」と平野氏は課題提起した。

例えば、日本の製造業では“いいモノづくりをする”ことがビジネスを成功させるための最大のミッションだと信じられてきた。つまり、緻密にデザインされた高品質な工業製品を、最適なコストと高い生産性、高度な生産技術によって量産し、それを世界中に販売して日本企業はグローバル企業へと成長していった。この点については平野氏も「高品質な工業製品を作るという点において、日本は世界に負けていない」と語る。

しかし、こうして作られた製品が、今の時代に“いいモノを作れば売れる”と言えるのかというと、話は大きく変わってくる。平野氏はこの点について「そこまで品質にこだわって作った製品が、対価を支払って購入する顧客に対して最適な価値提供になっているのか」と問う。つまり、その製品を強いこだわりをもって製造したとしても、それが消費者のニーズや欲求を満たし、100万円を支払って購入するだけの価値を持っているかは別問題。その製品よりもはるかに安いコストで製造された別の製品のほうが、消費者のニーズや欲求を満たしていれば100万円で売れるかもしれないのだ。

この「顧客にとっての価値」を考えることが、製造業におけるマーケティングの重要なポイントだと、平野氏は指摘する。

「物理的なスペックや品質は素晴らしくコストも最適化されていても、実際に買ってもらう顧客にとっての価値は決してコストの積み上げではない。日本企業は、顧客への価値創造をもっと真剣に考えなければならない」(平野氏)

  • 「日本の製造業は、顧客への価値創造をもっと真剣に考えなければならない」と平野氏

この点について平野氏は、「ヤマハ発動機の商品企画においても、“顧客が何を求めているのかを知る”という作業が十分だとは言えない。セグメンテーションして顧客が求めている価値をもっと深堀して理解しなければならない」と課題を提起する。

例えば、ヤマハ発動機ではユーザーアンケートなどを実施しているが、その数は数百人規模に留まる。一方、デジタルを活用すれば数百万人規模にアンケートを実施して、回答者をセグメンテーションして分析することも難しいことではない。顧客がヤマハ発動機の製品・ブランドに何を求めているのかを広く深く知ることが、マーケティングの端緒として重要な意味を持つのだ。

「もちろん、モノ作りは自分たちのこだわりを体現するものでもある。これはブランドにとって強みではあるが、こだわりに縛られすぎると対象の顧客を絞り込むことになってしまう。それでいい場合もあるが、その際にどのようなビジネスプランを描いて利益を生み出していくのかを考える必要がある」(平野氏)