日本サッカー協会提供

サッカーの日本代表監督が会見を行ったり、代表選手がテレビカメラや記者に囲まれているそばで、彼らをサポートしている人たちがいます。それが日本サッカー協会(JFA)の広報担当者です。

光が当たる人たちにそっと寄り添ってもっと輝くように助ける。そんな陰で人を支えている職場でいつも明るく穏やかに仕事を続けている種蔵里美さんにお話を伺いました。

■選手の努力をみんなに知ってもらう楽しさがある

―― 日本サッカー協会の広報とはどんな仕事ですか?

自分たちがお知らせしたいと思う情報を、メディアの方を通じて世の中に広める仕事です。そのためにプレスリリースを出したり、取材依頼の調整をしたりします。また日本代表や天皇杯などの試合を主催するときは、メディアの方に取材してもらう環境を整えています。

代表チームの広報も仕事の一つです。現在は代表に付いているメディアオフィサーと呼ばれる広報担当者が3人いて、1人はなでしこジャパン・1人は日本代表・そして私がU-22日本代表を担当しています。日本代表チームに帯同するときは朝から夜までチームと同じ動きをします。また代表選手のSNSをチェックしたり、JFAのWebサイトの記事を書いたりもしています。

広報の仕事には選手の努力する姿をみなさんに知っていただくという楽しさがありますね。


―― 仕事で大変だと思うことは?

つらいことはあまりないのですが、他の仕事と違うのは休みが不定期ということでしょうか。例えば、2011年ドイツ女子ワールドカップで優勝したなでしこジャパンを担当していたときは、大会ともなると毎回、事前のキャンプを含めて長期間の帯同になりました。

また、試合の直後に飛行機で移動することもありますから体力は必要ですし、メディアあっての仕事なのでこちらのペースだけで仕事を進めることはできません。

■高校ではスポーツと関係ない生活を送っていた

―― どんな高校時代を過ごされていましたか?

父の仕事の関係で、高校3年間を海外で過ごしました。その頃は幼児教育や関連メディアの道に進みたいと思っていたものの、日々の学校生活で必死でした。アメリカの大学に行くつもりだったのですが、家族との話し合いで日本の大学に進学することになりました。


―― どうやってサッカー関連の広報になったのですか?

大学時代にサッカーを見るのが好きで、スポーツの裏方の仕事をしたいと思ったのがきっかけです。そこで卒業するときに広告代理店やテレビ局・スポーツ新聞などを受けました。また、Jリーグのクラブのスポンサーになっている企業も、もしかしたらサッカーの仕事ができるかもしれないと思ってアタックしました。

ですが……どれもうまくいきませんでした。そこでJリーグのクラブに北から順に電話をかけてアプローチしたのです。すると柏レイソルで偶然産休に入る方がいらっしゃったからか、履歴書を送っていいと話を取り次いでもらえて入ることができました。

その後、高校時代に得た英語力を生かそうといくつか転職して、2016年東京五輪招致の仕事や外資系の製薬会社で働き、現在は日本サッカー協会に在籍しています。

■英語を勉強していたことが今に役立っている

―― どういう人が広報の仕事に向いていると思いますか?

心身ともに健康である事が大事だと思います。体はもちろんのこと、勝負事の世界なので感情がぶつかることもあります。そんなときに落ち込んでしまうと仕事になりません。


―― 高校時代に学んだことで今に生きているのは何ですか?

なでしこジャパンを担当していたときは、海外メディアからの問合せが多かったので、高校時代に英語を懸命に勉強して良かったと思いました。また、海外生活のなかで自主性や臨機応変に対応する力は養うことができたのではないかと思います。


―― 高校生に向けてアドバイスをお願いいたします

高校生のときの目標が今の仕事に結びついたわけではありません。今、何もなりたい職業がない・道筋が見えないという人でも、何か興味があるものに飛び込んでみること。やり続け、アンテナを広げていくと、後から考えるとつながっていたということもあると思います。私もやり続けていたら、壁にぶち当たっても不思議と次の選択肢が見えてきました。幸せな仕事に巡り会えてきたので、将来のことはあまり心配しすぎなくてもいいと思います。


男性が多いサッカー業界の中で、メディア各社への窓口になって颯爽と取材や会見を仕切ったり、日本代表選手たちとやり取りをする、一見華やかな広報のお仕事。しかし即戦力が求められることもあり、なかなか新卒として入るのは難しいようです。それでもチャンスはあるようですし、また別の職業を経て広報になることもできると、人生のさまざまな可能性を教えてくれました。


【Profile】
公益財団法人 日本サッカー協会 広報部 種蔵里美

【取材】
森雅史/日本蹴球合同会社