一億総活躍社会の実現を目指し、企業が熱心に取り組んでいる「働き方改革」。労働人口の減少が続く昨今、社員の作業効率を上げるためにさまざまな施策を打っている企業は多いだろう。しかし、日本生産性本部の発表によると、日本の労働生産性はOECD加盟35カ国中20位と、加盟国平均を下回っている。

この現状を打破すべく、新たな取り組みに挑戦しているのが、オフィス関連事業を手掛けるイトーキだ。

  • イトーキがプレス向けに公開した新オフィス「ITOKI TOKYO XORK(イトーキ・トウキョウ・ゾーク)」

同社は12月、本社機能の集約・移転に伴い、プレス向けに新オフィスを公開した。そこからは、“オフィスのプロフェッショナル”ならではの、ワーカーの生産性を向上させるための工夫が見てとれた。このオフィスの特筆すべき点は、「空間の作り方」にある。

同社が新オフィスに仕掛けた工夫とはどういったものか。新オフィスの公開に先立って行った実験も踏まえて紹介する。

「活動に合わせた空間」こそ、生産性向上のカギ

杏林大学名誉教授の古賀良彦氏。著書に『いきいき脳のつくり方 臨床医が明かす"しなやかな脳"の科学』『睡眠と脳の科学』など

杏林大学名誉教授の古賀良彦氏。著書に『いきいき脳のつくり方 臨床医が明かす"しなやかな脳"の科学』『睡眠と脳の科学』など

同社の行った実証実験は、「活動空間と脳の働きの関係性」を調査するというもの。ここで得られた結果は、オフィスにおいて「複数の空間を準備すること」の有用性を示すものになった。

監修を務めた杏林大学 名誉教授の古賀良彦氏は「実験の結果、活動特性に適した空間の選択が、ワーカーの生産性の向上につながる可能性があるということがわかりました」と語る。

実験内容は、複数の異なる空間において、さまざまな活動を行った際の被験者の脳血流量を測定し、その変化量を比較するというもの。

実験の結果、活動する空間によって、脳血流量が変化することがわかったのだという。脳血流量の増加は、すなわち脳の活性時に必要になる酸素の量の増加を意味する。つまり、「活動内容に応じた適切な空間選択が、脳のパフォーマンス向上、ひいては生産性の向上につながる」というわけだ。

  • 実験を行った空間の例。視覚・聴覚環境の影響が少ない「クローズ空間」(左)、視覚・聴覚環境の影響が大きい「オープン空間」(右)。これに加えて、この中間にあたる「セミクローズ空間」でも脳血流量を測定した

「クローズ空間では、“判断力を必要とする作業”に必要な前頭葉が、そして、少し開けたセミクローズ空間では、“単純な繰り返し作業”に必要な左脳がもっとも活性化することがわかりました。前者は企画職やプランニング職、後者はデータの処理や整理を行うような仕事などが当てはまります」(古賀 名誉教授)

なお、オープン空間では、特徴的な脳血流量の変化は見られなかったとのこと。そういった空間は、頻繁なコミュニケーションを必要とする場合には向いている一方で、集中して作業する際には、セミクローズ・クローズ空間と比べると不利な可能性があるということだ。

ABWは、オフィスの在り方ではなく「働き方戦略」だ

しかし、「活動内容によって適した空間を選択するのが良い」ということがわかっていても、企業側にその機能が用意されていなければ意味がない。そこでイトーキは、新オフィスにワーカーの「10の活動」に適した空間を複数用意した。

  • イトーキが用意した、10の活動に合わせた空間。「高集中」「電話/WEB会議」「2人作業」など、さまざまな活動に適した複数の空間を用意している

    イトーキが用意した、10の活動に合わせた空間。「高集中」「電話/WEB会議」「2人作業」など、さまざまな活動に適した複数の空間を用意している

イトーキ 営業戦略統括部 営業企画部 マーケティング戦略企画室 チームリーダー 藤田浩彰氏

イトーキ 営業戦略統括部 営業企画部 マーケティング戦略企画室 チームリーダー 藤田浩彰氏

オフィス移転のプロジェクトリーダーを務めた、イトーキ 藤田浩彰氏は「新オフィスは、ABW(Activiti Based Working)の考え方を元に作ったものです」と説明する。

ABWとは、オランダのワークスタイルコンサルティング企業「Veldhoen+Company」が提案する新たな働き方戦略。「いつでも、どこでも、誰とでも働くことができる」環境を整えることによって、ワーカーの生産性の向上を実現するものであり、グローバルではすでにLEGOやIKEA、VOLVO、MSDなどがこのABWを導入している。

「昨今、『働き方改革』を実現するためのワークスタイルとして注目を集めているABWですが、日本では、まだまだ本来の考え方が普及しきれていないのが現状です」(藤田氏)

同氏によると、ABWは「テレワーク」「フリーアドレス」などと混合されがちであり、単に「ABW=働く場所を自由に選ぶことのできるオフィス」という誤った認識を持つ人が多いのだという。

「ABWは、『働き方の戦略』とも言えます。オフィス改革だけで実現できるものではなく、社員の意識や、社内の制度を変えることによって、形になっていくものなのです。今回の新オフィスは、あくまで当社の掲げる目標を実現するために作ったものですが、働き方改革に取り組む企業にとっては、1つの事例として参考になると考えています」(藤田氏)

  • イトーキ新オフィスに用意された空間の一例。こちらは「高集中スペース」。壁を用いて空間を作り出し、余計な音や視線を遮断することで生産性の向上に寄与する

    イトーキ新オフィスに用意された空間の一例。こちらは「高集中スペース」。壁を用いて空間を作り出し、余計な音や視線を遮断することで生産性の向上に寄与する

  • オフィスに用意された空間の図。複数の空間が用意されているため、ワーカーが分かりやすいように見取り図が壁に示されている

    オフィスに用意された空間の図。複数の空間が用意されているため、ワーカーが分かりやすいように見取り図が壁に示されている

仕事に必要なのは「心頭滅却」よりも「快適な空間」

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』という考え方は、必ずしもすべての人に当てはまるものではありません」とは、先に紹介した古賀 名誉教授の言葉だ。

「人は常にさまざまな環境要因の中で仕事をしています。そうした中で、誰もが常に夢中で仕事を続けるのは難しいでしょう。家でさえ、寝室・リビング・和室などのさまざまな空間が用意されています。それにも関わらず、営業・企画・事務など、単一の空間にさまざまな作業を行う人が混在するのはおかしな話ですよね」(古賀 名誉教授)

集中して仕事をしたいときに、周りから話し声が聞こえ、10分に一度は固定電話が鳴る、といった環境では、集中力が続かないのは当たり前だ。しかし、コミュニケーションも電話も仕事をするうえで欠かせない要素であり、なくすことはできない。そうした中で、それぞれの作業に適した空間を設けることは、ワーカーの作業効率の向上につながることだろう。

  • 電話/WEB会議用空間(左)、アイデア出し等に利用される空間(右)

「働き方改革」が叫ばれてしばらく経ち、テレワークの普及、コワーキングスペースの増加、フリーアドレスの導入など、現代の「働く」を取り巻く環境は変化してきている。労働生産性の低さが嘆かれる日本で、こういった取り組みはどのように花を咲かせるのだろうか。

イトーキの新オフィスはショールーム機能も有しており、社外の人であっても、希望すれば内覧することも可能だという。ここから見える新たな働き方は、日本で働き方改革に注力する企業が、新たな一手を考える上で参考になるものになりそうだ。

  • 上に挙げた空間のほかにも、知識共有のための空間、さらには、精神を落ち着けるためのマインドフィットネス、ヨガなどのプログラムを実践する空間も用意されている