真田山三光神社【大阪府】

真田丸は、豊臣方と徳川方が激突した大坂冬の陣で、豊臣方の武将真田幸村が大坂城の南側に築いた出城のこと。真田勢は優勢を誇る徳川方の猛攻を防いだばかりか、手痛い打撃を与え、家康を和睦へ追い込みました。三光神社を訪れると、真田丸に陣取る幸村の獅子奮迅の戦いぶりがよみがえってきます。

真田丸を築いて存分に戦った幸村から生き抜く知恵を学ぼう


三光神社は、大阪市中心部には珍しい小高い丘の上に建立されています。創建は第18代反正天皇の御宇(西暦400年頃)とのことで、かなり歴史の古い神社。しかし、真田幸村が周辺で徳川方と戦ったことから、すっかりそちらのほうで有名になってしまいました。 当時の大坂城は、現在神社が建つ丘の北側に広がっていました。慶長19年(1614)、豊臣方は徳川方との決戦に際し、籠城作戦を選択。幸村は、現在の三光神社の周辺に真田丸を築き、敵を引き付けては猛攻撃を仕掛けます。この幸村の作戦は的中し、大打撃を被った徳川方は和睦で戦いを中止せざるを得ませんでした。 翌年の夏の陣で幸村は戦死してしまいますが、幸村の獅子奮迅の戦いぶりは長く語り継がれました。戦局は厳しくとも、わずかな勝機を探って戦いを挑む幸村の姿に、現代人も生き抜く知恵を学ぶことができるでしょう。 大坂の陣で采配をふるう真田幸村の雄々しい銅像は、石段を上った境内で対面することができます。そばには「真田の抜け穴」と伝えられる遺構も残っていて、歴史好きにとっては興味をそそられます。また、この神社では季節の花もたくさん見ることができ、ほっと落ち着ける場所となっています。